第59話 人機と老エルフの賢者

 人型戦闘機は現人類が最初に乗りこなした古代兵器である。強力な兵器を搭載し、特殊セラミック装甲に覆われた機体は大半の生物では歯も立たない、無敵の巨人であった。特に1型は魔導機関が単純で整備性が良く低品質の魔石でも動かせるため、古代文明の本格的な研究が始まる以前から人々に利用されていた。

 時が流れ、古代文明の研究が進み、その利用が本格的に始まると人々の暮らしは劇的に向上する。やがて、生活に余裕ができた人々は古代文明の利器を自分達でも作れないかと考え始めた。多くの賢者や研究家が集まり魔術学会や魔術ギルドが誕生したが、高度な魔法技術の塊である古代文明の遺産解析は困難を極め、数世紀にわたって停滞していた。


 ターニングポイントとなったのは魔術学会から爪弾きにされていた老エルフが発表した論文と、公衆の面前で披露した光弾の再現実験であった。

 強力な光弾を形成する魔法は、どの魔法系統にも属さない未知の魔法と考えられ、多くの者が未知の魔法を解析するため、光弾射出機を分解して複雑な魔法回路を一つ一つ読み解こうとしていた。そんな中、ある老エルフの賢者が「光弾は基本魔法を組み合わせた複合魔法」との論文を学会に提出する。論文の発表が終わると学会の賢者達は老エルフを嘲笑った。

「飛竜や地竜、海のヌシすらも容易く屠る光弾が基本魔法のはずがない」と言うのが学会の見解であり、論文は否定され、これ以後老エルフは賢者と呼ばれなくなる。

 当時の魔術学会は古代文明が使用していた未知の魔法や究極魔法の研究が主であり、基礎魔法を研究する者は極僅かであった。ちょっとした火を起こしたり、水を出したり、静電気並みの雷を発生させることは誰もができる当たり前の事であり、基礎魔法研究は意味のないこととされていたのだ。


 老エルフは周囲の評判を気にすることもなく基礎研究に没頭していた。若かりし時から万物に疑問を持っていた彼は、基礎の基礎を知ることで全てを理解できるのではないかと考えていたのである。研究に行き詰まりを感じ始めた頃、知り合いの研究者から光弾射出機の魔法回路が送られてくる。

「息抜きに流行の回路解析をしてみないか?」というものだったが、古代文明は自分の研究分野とは全く異なる魔法文明とされていたため興味は無かった。しかし、回路を見て彼は驚愕する。属性の異なった単純な基本魔法回路がその大半を占めていたからである。回路を読み進めていった結果、一つの結論に達する。


「古代文明とは複合魔法と魔力増幅回路によって発展した文明である」と・・・


 学会では複合魔法は悪手とされていた。火と水、雷と土、属性によって反発、相殺し合うことは基本中の基本の知識である。そのため、異なる魔法属性の回路が様々な場所で使用されている古代文明の解析に大きな混乱が生じていた。


 老エルフの賢者は古代文明を築いた古代人同様に、途方もない基礎研究と実験の果てに、異なる属性同士の反発を無くして特性を増幅させる回路の開発に成功する。そして、公衆の面前で巨大な魔法回路を書き上げ、光弾の生成に成功するのであった。彼の研究によって古代文明の性質が判明し、解析が飛躍的に進んだことで大陸の文明レベルは大きく向上する。


 光弾射出機は以前、杖やタクトと呼ばれていたが、老エルフの賢者の名をとって「クリード」と呼ばれるようになり、現在はジアゾ合衆国の影響からクリードライフルやクリードマシンガンと呼ばれている。



ドックミート隊、人機格納庫

 格納庫には訓練を終えた人機が続々と戻ってきていた。


「ヴァイラス、ちょっと見てくれないか? 右足の動きが変なんだ。腰部の旋回も左右差がある。」


 シュバは戦闘訓練後に機体の操縦で違和感があった箇所を主整備員のヴァイラスに伝える。


「またか・・・スクリム手伝ってくれ。」


ヴァイラスは同じ機体の主整備員、スクリムを呼ぶ。


「負担の少ない動きが出来なきゃ、人機で長期戦は戦えないといっただろう。ベテランの動きをもっと研究しろ。」


 ヴァイラスは機体不具合を頻繁に起こすシュバに愚痴を言いながら、テキパキと機体を人機ステーションに設置して右足を外す。


「関節部分が摩耗しているな。これだったら修理できそうだ。予備と交換しておくから、シュバは他の整備をしていてくれ。」


 スクリムは足関節の修理に入る。

 基本的に人機1機に対して主パイロット1人、副パイロット1人、主整備員2人、副整備員2人が宛がわれている。機体や人員に穴が開かないように、パイロットは整備もでき、整備員はパイロットとして戦闘ができるよう訓練されていた。


「注意しているはずなんだけどな~、攻撃されると無駄な動きが多くなるんだよな・・・」


いつも機体を万全な状態にしてくれる2人にシュバは頭が上がらない。


「それとシュバ、お前は右の兵装ばかり使ってないか? 両腕の武器を使いこなせないと模擬戦で勝ちは無いぞ。」

「う、何故それを・・・」


図星のシュバはヴァイラスに問う。


「俺は整備士だ。機体を見れば分かるに決まってんだろ。模擬戦では無様な戦い方だけはするなよな。」


年に1度の模擬戦は整備員にとっても腕の見せ場であった。



ターレンから北東に約800㎞、ツインレイク陸軍基地

 猫系獣人が大半を占めるこの基地では、人機に新装備が搭載されようとしていた。この装備自体は2型から装備できるものだったが、1型にも装備できるように改造されている。


「まさか、企業が協力してくれるとは思いませんでした。これで模擬戦の勝利は約束されたも同然です。」

「昨今の不景気で我々としても新商品をアピールしたいのですよ。勿論、安全性は担保します。」


 基地と兵器企業は模擬戦での勝利と新しい市場の開拓で利害が一致する。南部模擬戦の形が変わろうとしていることを、シュバ達を含めた南部主要基地の人機部隊は気付かずに当日を迎えることとなる。

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