第61話 南部軍区人機模擬戦 その2
リロとシュバは市街戦の観覧場所に到着する。
「今年の模擬戦は、企業がかなり出資しているようだな。」
「そうなのですか。そういえば、企業のロゴを良く見かけますね。」
シュバは初参加なので違和感はないが、これほどまで企業色の濃い模擬戦は今回が初である。観覧場所には大手企業によって設置された幾つものモニターが市街地が映し出されていて、準備が整ったグレイフォックス隊が見える。薄い茶褐色でカラーリングされた機体、両腕共にクリードライフルで統一された武装が彼等のこだわりである。
「全員ライフルで統一って凄い部隊ですね。まさか戦闘機動しながら当ててくるんですか? 」
「それが彼らの戦い方だ。新兵といっても高精度で当ててくるぞ。」
クリードライフルは毎秒3発の発射速度を誇るものの、射撃のブレで発射速度を毎秒2発に落とさなければ正確な射撃はできない。また、移動しながらの射撃は熟練の技が必要となることから、クリードライフルはベテラン向きの装備である。模擬戦に参加する新兵では狙撃兵以外あまり使われていない装備なので、グレイフォックス隊はとても新兵には見えない雰囲気を放っていた。
リロとシュバが話していると、突然会場がざわつきだす。対戦相手のツインレイク部隊がスタート位置に展開し始めたのだ。真新しい機体に武装、最大の特徴として背部にバックパックのようなものを全機が装備していた。
「ツインレイクの奴らバックパックをつけているぞ。弾幕を張り続けるつもりか? 」
「そんなの良い的だぜ、狙撃されるのがオチだ。今年もグレイフォックスの勝ちだな。」
モニターを見ている見学者からはいくつも否定的な意見が出る。通常、バックパックは予備装備や魔石燃料等を入れて長期戦を行う時に装備する物だ。機動性の乏しい1型では更に機動力を悪化させる装備であり、模擬戦で見かける事は無い装備であった。
「あれは、バックパックじゃない。あの動き、まさか、補助動力機関か。」
リロは支給されているバックパックと異なる形状、人機1型にしては滑らかな動きに新装備の正体を補助動力機関だと見抜く。
「はい? 先輩。補助動力機関は1型じゃ装備できないって、講義で言ってたじゃないですか。」
シュバは以前に受けた講義を思い出す。補助機関が開発されたのは2型からであり、1型にはそもそも補助機関の概念すらない。
「軍曹、よく見てみろ。あれは新造の機体だ。」
「・・・もしかして、1型を作り直したってことですか? 」
補助期間を搭載するために1型を再設計、これはあまりにも非生産的な事である。現在、古代兵器の解析が進んで2型を独自で生産できるまでになり、アーノルド軍では旧式の1型は急激に姿を消したのだが、南部は周辺国に配慮して1型を配備している関係で、国内の戦力バランスは歪なものとなっていた。
再三にわたる現場の兵器更新要求を政治判断で蹴っていたのだが、それも限界がきていたため考え出された苦肉の策が「改1型」の開発であった。
改1型は周辺国に脅威を与えない1型でありながら、その性能は2型に迫る代物となっている。多くの費用と時間をかけて開発され、製造コストは2型と同等、2型を配備した方が断然効率的なのだが、人機1型の最終型ともいえる機体である。
「どこまで性能を上げているのか分からないが、これは不味いな。」
リロはかつてのライバルを憂えるが、両部隊が準備を完了させたことで1回戦が始まってしまう。そして、始まった途端に会場は驚愕の声に包まれた。
「うぉっ! ウソだろ。」
「何だぁ、あの速さは。」
「本当に1型かよ。中身は2型なんじゃないか。」
ツインレイク部隊は1型ではあり得ない速度で戦場に展開する。観覧場ではグレイフォックス隊の動きもモニターで見ることができるため、その性能差がはっきり解るものとなっていた。
「新装備がこれほどまでとは、このままじゃ待ち伏せを受けて全滅だ」リロは心の中でこれからの展開を予想する。
人機同士の戦闘は場所取りから始まる。良い位置に部隊を展開できれば後が楽になるのは異世界と言え共通だ。
戦況はリロの予想通りとなる。展開中のグレイフォックス隊は待ち伏せを受けて前衛が崩壊、敵の圧倒的な機動力と射撃の命中精度を前に、体制を立て直そうとするも全滅してしまった。
「あ、あんなのとまともに戦えるわけないじゃないですか。」
「お前は何を見ていた、戦い方はある。」
一方的な戦いを見たシュバは取り乱すが、既に戦い方を見出したリロは冷静に答える。
「本番では俺達の指示に従っていればいい。それと軍曹、軍人は敵が強いからといって戦いを放棄することは許されない。俺達の後ろには非武装の市民がいることを忘れるな。」
2人は分かれてリロはライバルに、シュバは仲間の元へ向かった。
軍事企業の特設テント内
テントでは、開発主任の怒号が響いていた。
「どうして初戦で6機も撃破されるの! 」
絶対の自信を持って送り出した兵器が1回の戦闘で3分の1以上の損失を出し、開発主任は予想外の被害に怒りが収まらない。
「げ、現在調査中です。」
「落ち着いてください。数字で見れば圧倒的な戦果です。被害も防御スクリーンを搭載すれば減ります。」
「貴方達わかってるの? ここで成果を出さなければ、この部署自体消えるのよ。2回戦には間に合わないけど、3回戦の部隊には追尾光子弾を持たせなさい。」
「 !! それでは戦いになりません。軍からは戦闘データの収集も依頼されているのですよ。」
企業内でも新兵器開発から漏れてしまったこの部署には、人機1型の改良という名目で国から支援金が出されていたが、既に予算を大きくオーバーしていた。南部全域への発注を獲得するためにも、改1型は圧倒的な戦果を出すことが求められていたのである。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。相手は常勝チームで負けなしの部隊だったんですから。こちらとしては追尾光子弾有りで、相手がどれほどやれるのかも見てみたいので、その方向でお願いします。」
テントに入ってきた国防省の職員は一方的な戦いを見てみたいと言う。企業の社員たちは目を曇らせながらツインレイクの部隊へ装備の変更を要請するのであった。
シュバと別れたリロはグレイフォックス隊のカサラギと接触していた。
「いや~、負けた負けた。で、奴らの機動力はどんなものだった? 」
「1型の1.5~1.8倍といったところだ。安定性は2型並みだな。」
リロはモニターで見ていた感覚で改1型の性能を判断する。
「戦った新入りの話じゃ、自動照準装置もついているようだ。3回戦に活かしてくれよ、今度は俺達が見学させてもらうからな。」
「それだけ分かれば十分対処可能だ。見ていくがいい。」
1回戦が終わり、新装備の圧倒的な性能を前にしてドックミート隊の面々は士気が低下していた。
「ツインレイクの奴ら、反則だよな・・・」
「でも模擬戦の要綱は守ってるよ・・・」
「参加は1型のみっていっても、あれは1型には見えないよな。」
「3回戦は16機で対戦だって。」
「あんなのが16機も? うへぇ。」
「皆士気が低いよ。見送ってくれた基地の人達のためにも僕たちが頑張らなきゃ! 」
「グレイフォックス戦では6機の撃破が出ている。勝てない相手じゃないぞ、気合入れろって。」
士気の低下にエンティティとエリアンが部隊を鼓舞しているが、効果は薄い。
「おーい、皆! リロ先輩が対処法見つけたってよ。」
そこへ場違いに明るいシュバが登場する。1回戦を見て動揺していたものの、リロの言葉に初心を思い出して完全復活していた。
「あんなのと戦えるのか? どうやって。」
「細かいことは聞いてないけど、戦い方はあるって言ってたぞ。」
シュバの持ってきた話に部隊の士気は少しずつ回復する。そして、ブリーフィングでベテラン達から対ツインレイクの戦法を伝えられ、勝機が見えたことから部隊の士気は急速に回復したのであった。
南部地区人機模擬戦、3回戦
ドックミート隊はスタート地点に移動済みであり、シュバはブリーフィングを思い出す。
「撃ち合いは絶対にするな。必ず敵の横か背後から攻撃するように。止むを得ず射撃する場合は1秒以内に射撃し遮蔽物へ隠れろ。」
「敵の射線となる場所には機体を出さないこと。また、機体同士で背後を守って死角をなくすことを互いに心掛けるんだ。」
ブリーフィングでは敵の性能や装備が分かる範囲で伝えられ、ベテラン達は敵との戦い方を事細かに指示していく。
「つまりは、接近戦に持ち込め、か」シュバは目の前の市街地を見る。市街地の先には敵も準備万端でいるだろう。初めは絶対に勝てないと思っていたが、ベテラン達の説明で今は勝てるとすら思っている。シュバは組織におけるベテラン達の重要性をその身に感じていた。
そして、ホーンの合図で模擬戦が始まる。
模擬戦開始と同時にドックミート隊は急速に展開を始める。しかし、展開範囲は狭く、極小の範囲に16機もの人機を展開していた。
「防御陣展開完了」
「各隊、敵が来るまで待て、エンティティ何か見えるか。」
「敵先陣がサウ隊に接触します。こちらエンティティ、サウ、左から来るぞ。」
「こちらエリアン隊、接敵。」
1型ではあり得ない速度で敵は速攻を仕掛け、各隊が敵と接触し始める。間髪入れずに観測員のエンティティによって、同時多発的に接敵した状況が指揮車に報告されていく。
「敵4機撃破、損失2機」
「順調だ。後詰で開いた穴を埋めろ。」
ドックミート隊は最初の攻撃を防ぎきったように見えた。だが、
「敵部隊下がりました。って、飛翔体! 敵陣から光子弾4来ます。」
「全部隊後退。光子弾が来るぞ。」
模擬光子弾はドックミート隊の上空まで飛来し、直上に到達すると人機目がけて急降下した。大きな爆発音が響き、市街地は土煙に覆われる。
「10時から12時に展開していた部隊が全滅、損失8」
「おいおい、弾道が変化したぞ。追尾光子弾なんか使ってんじゃねぇよ! 」
「エンティティ、敵の情報を送れ。」
「敵部隊来ます、数10」
「各隊に敵位置を送れ。」
「各隊は独自の判断で迎撃せよ。」
ツインレイクの部隊は2機の人機に追尾光子弾ランチャーを装備していた。追尾光子弾を運用するには高度な情報処理と敵位置の把握が必要になるため、1型での運用は不可能とされていたが、増設された情報処理装置と独自のレーダーを搭載し、他の機体との情報共有ができる機能を有した改1型の支援攻撃仕様は、追尾光子弾の運用を可能にしていた。
模擬戦が始まり、ドックミート隊が守りに入ったことを確認した部隊は、敵の位置情報を調べるために強行偵察を行い、得られた敵位置へ向かって追尾光子弾を撃ち込んだのである。
ツインレイクの高性能機が残存部隊の包囲殲滅に入る。誰もがドックミート隊の敗北を確信したが、簡単には終わらないのがドックミート隊であった。
「後ろががら空きだぞ。」
「ヒャッハー食い放題だぜ。」
エリアンとシュバの2機が敵の背後を強襲したのだ。ツインレイクの部隊は光子弾による攻撃で敵の前衛が全滅したと思い込んで指揮車と護衛の3機に一斉攻撃を仕掛けたのだが、見落とした2機から背後を攻撃されて挟み撃ちの状態となってしまう。新兵ならではの凡ミスであった。
模擬戦は指揮車破壊によるドックミート隊の敗北だったが、結果は3機が生き残り、敵11機の撃破という高性能機体の最多撃破記録を出した。観覧場では模擬戦を見ていた関係者達がどよめき「ドックミート隊を侮るな」という言葉が各基地の部隊で囁かれることとなる。
南部地区模擬戦終了後、企業のテントでは開発主任が大いに荒れていた。
「主任、落ち着いてください。我々が開発した機体は6戦全勝したのですよ。」
「軍からは初期生産で300機の受注が来ています。部署の存続は確実です。」
「何で、何でなのよ。何でこんなにやられちゃうのよぉ~。」
模擬戦なので機体の損失はないものの、心血注いで開発した機体が多数の撃破判定を受け、主任は破壊された機体のイメージが頭から離れなかった。部下たちの言葉も虚しく、主任は泣き続ける。
「今回の模擬戦は良いものが見られました。ご協力感謝いたします。」
国防省の職員達は満面の笑みを浮かべながらテントを後にした。
「そうだ、各基地への通達は済ませたか? 」
「はい、通知済みです。」
「それなら良しだ。こんな性能差のある模擬戦で人事評価に影響が出ちゃ軍の士気にかかわる。」
今回の模擬戦は敗北という結果になったが、シュバ達は胸を張って基地に戻れる戦果を獲得していた。性能差の激しい模擬戦で、ここまで戦えたのはドックミート隊とグレイフォックス隊だけだったのだ。
この戦果は決して運が良かったからではない。光子弾が撃ち込まれる瞬間に指揮車の指示にいち早く反応できたからシュバは撃破されなかった。そして、シュバは自身は気づいていないが、戦場の空気を感じ取ることが出来るようになっていた。友軍や敵の動きを知り、次に何が起きるのか、ある程度予測できるようになったのである。これは訓練の賜物であり、シュバにはエースパイロットの特徴が少しずつ表れていた。
帰りの輸送艦内でシュバはリロと話しかける。
「今回の模擬戦の成果は先輩方のおかげです。自分達だけじゃ一方的にやられていました。」
「まるで勝ったような話し方だな。基地司令に負けを報告に行く身にもなって見ろ・・・だが、動きは悪くなかった。」
リロは模擬戦でのシュバの動きをフィードバックして良かった点と改善点を伝える。そして、模擬戦の成果から南部以外へ派遣される可能性が高くなったシュバに、外での注意点を話す。
「強い者には弱く、弱い者には強く出てしまうのが、獣人が持つ欠点の一つだ。外ではな、俺達犬系獣人の部隊は「強者の飼い犬」というレッテルを張られている。」
シュバは否定しようとしたがブリーフィング前の部隊の状況が頭に浮かんで言葉を飲み込む。
「外部の評価など気にするだけ無駄だ。弱き者のために戦い、任務を遂行して帰還する。どこへ行っても、それは忘れるな。」
今のシュバにはリロの言葉は理解できなかったが、海外での作戦を終えて故郷に帰った時、この言葉はシュバなりの解釈で理解することとなる。
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