第58話 人型戦闘機
ターレン演習場
ターレンの町から東に30㎞離れた位置には広大な陸軍の演習場が広がっている。基地では威力の無い模擬光弾での射撃訓練しかできないが、ここでは実戦使用の兵装で射撃や部隊訓練ができ、新装備が配備される時もここで性能試験行われてから部隊へ配備されていた。
山に囲まれた市街地を模した訓練場では、人機部隊4機対4機による戦闘訓練が行われており、敵の情報が無く友軍の支援も無い状態を想定で、互いに相手がどこにいるかも分からない中で行われていた。
「サウ! 前に出すぎだ。下がれ。」
索敵のために前へ出ていた部下を、隊長役のシュバが止める。
「了解。そっちに合流す・・うわっ」
ガガガガガガっという鈍い音と共にサウの機体は光弾の集中攻撃を受ける。
「シュバ隊3番機コックピット被弾、サウ軍曹KIA」
訓練オペレーターがサウの戦死を告げる。
「どこだ!」
「そこか!」
シュバ隊2番機タリアンと4番機バタリンが敵の射撃位置へ向け弾幕を張る。しかし、弾幕を張って5秒としないうちに強烈な一撃が2番機のコクピットに撃ち込まれ、間髪入れずに4番機が敵の十字砲火を受けてしまう。
「シュバ隊タリアン、バタリンKIA」
「くそが! 」
シュバは4番機へ十字砲火を行う敵1機を集中攻撃して撃破し、直ぐに遮蔽物へ隠れる。建物と建物の狭い隙間から敵を確認すると、2機が二手に分かれてシュバを挟み撃ちにしようとしていた。挟み撃ちされてしまってはどうすることもできないのでシュバは捨て身の攻撃を行う。
シュバは敵が近づくまで待機し、建物を利用することで1対1の状況を作り出そうとする。敵の速度を予測し、意を決して建物の角から攻撃を行いながら出す。
敵は突発的な攻撃は予想していたものの、攻撃しながら回避行動をとるシュバ機を中々補足できずに命中弾が出せない。逆にシュバ機は回避行動をとりつつも攻撃を当て続けて敵を撃破することに成功する。
「よっし! 次はお前だ。」
シュバが遮蔽物に隠れようとした瞬間、コックピットに衝撃が走る。
「1番機コックピットに被弾、シュバKIA」
シュバ隊の敗北で戦闘訓練は終了した。
「近接戦で2機も撃破するのはすごいが、あれじゃいい的だぜ。」
敵部隊の隊長役、エリアンがシュバにフィードバックを行う。
「もっと慎重に行くべきだったな。人機対人機は相手より早く見つけてなんぼだ。」
人機は科学文明の戦車に相当する陸戦主力兵器である。対人機用兵器を装備していない歩兵や魔物相手であれば簡単に蹴散らせるが、同等の相手だった場合はいかに早く相手を見つけて先制攻撃できるかが勝敗を分けることになる。
シュバは勝利条件の敵殲滅を優先するあまり、気が付かないうちに部隊を前に出し過ぎてしまっていた。最初に前に出ていたサウが複数機から攻撃を受けて撃破され、タリアンとバタリンが攻撃方向へ弾幕を張ったおかげで2機の位置が相手にばれる形となり、タリアンが狙撃されてバタリンが2機同時攻撃を受けてしまう。そこからは詰将棋であった。
「・・・・・・」
シュバは負けるべくして負けた戦いに何も言えない。
「でも、シュバ軍曹はすごいよ。あの状況から2機も撃破するんだから。新兵の中じゃ一番練度が高いんじゃないかな。」
落ち込むシュバにエンティティがフォローする。
「隊長機を含めて2機を狙撃した奴が言ってもフォローにならんだろ。」
エリアンが空かさずツッコミを入れる。今回の戦闘でエリアン隊一の戦果をあげたのはエンティティであった。タリアン機とバタリン機、どちらを狙撃したら効率が良いかを判断し、狙撃後は挟み撃ちする2機を両方援護できる場所へ移動して、隊長機が出てくるのを待ち構えていたのである。
「今回の戦闘訓練は中々の出来だ。各隊員は引き続き基本動作を訓練し、人機を体の一部として乗りこなせ。」
最後に教育係のリロが締めくくり、解散となる。
「シュバ軍曹はこの場に残れ。」
次々に部隊の仲間が退室していく中、シュバはリロに引きとめられる。シュバは今回の戦闘訓練でも何かやらかしたのではないかと考え、前回の不安が頭をよぎった。
「えっと、自分の動きに何か問題点があったのでしょうか・・・」
シュバは直立した姿勢で恐る恐るリロに尋ねる。
「そんなに固くならなくてもいい。お前自身、問題箇所は把握できたはずだ。軍曹は自分の感情を制御する能力を身につけろ。今回の戦闘訓練は十分勝ててたぞ。」
いつも指摘しかしないリロが初めてシュバを褒めていた。
「自動照準補正装置が付いていない1型で、回避行動をとりつつ攻撃を敵に当てることは現役兵士でも中々できない応用動作だ。お前は既に新兵を卒業している。4カ月後の南部地区人機模擬戦のメンバーとして推薦しておくから、準備しておくように。」
「は、はいっ! 了解しました。」
アーノルド国軍は、大都市や工業都市が集中する北部が3ヶ所、南部1ヶ所の4軍区に分かれている。各軍区の陸軍は年に1回、主要基地の精鋭人機部隊を集めて大規模な模擬戦闘訓練を行っていた。人機部隊同士の模擬戦は基地に配置されている部隊が各1回のみ行い、ランダムで戦闘地域が選ばれ、8から16機の部隊で行われている。
シュバの配置先である南部軍区では、主に新兵が参加して日頃の成果を発揮する場所となっていた。北部では精鋭部隊が所属基地の威信をかけて参加するのだが、南部には北部と違って外国へ派遣される精鋭部隊や実戦参加経験のある部隊が極端に少なく、実戦的な技術の継承などが中々できない状態になっていた。南部では、なるべく所属基地外の部隊と戦闘訓練を経験させたいという思惑から新兵が選ばれていたのである。
ターレン陸軍基地、ドックミート隊新兵宿舎
訓練が終わったシュバ達は新兵宿舎に戻っていた。1日の業務が終われば夜の点呼まで自由時間となるので、宿舎は新兵達でにぎわっている。
「ふふふふっ。ここから俺の伝説が始まる。」
「あっ、シュバが世界に入った。」
「まーた始まったよ。」
自分の世界に入っているシュバを見てエリアン達は呆れる。
「お前たちは何を言っているのだね。カール司令だって模擬戦で名をあげて出世したんだぞ。4ヶ月後の模擬戦で名をあげれば、精鋭部隊からヘッドハンティングされるかもしれない。ケルベロス隊に入れれば一生安泰だ。」
「ケルベロスって、出世欲の塊が首都防衛隊なんかに入れるわけないだろ。妄想するにしてももっと現実的な妄想しろよ。」
「首都防衛隊はこんな辺境までスカウトを寄こさねぇよ。それに、あそこは軍管轄じゃないし・・・」
タリアンとサウもシュバの妄想にツッコミを入れる。
首都防衛隊は帝国時代に「ケルベロス」と呼ばれたロイヤルガード達が前身である。政変によって守るべき皇帝が倒された後、生き残りが集まって独自で国の治安維持活動を行っていたところを、当時の国王が召抱えたのが始まりだ。
元ロイヤルガードなだけあって現在でも隊員一人一人が貴族として扱われており、首都郊外には召使付の住宅が用意され、本人だけでなく配偶者と子供にも公共料金の無償化など、様々な優遇措置がとられていた。
「俺はいつも現実を見ているぞ。いきなりケルベロス隊は無い。まずは最強のウォードック隊に入って世界各地で活躍、そこからケルベロス隊に入るって寸法よ。」
「は、入れるといいね。」
夢を語るシュバを暖かく見守るのはエンティティだけであった。
人機(じんき)
人機は人型戦闘機の略である。この世界の陸戦主力兵器であり、大半の国で導入されている。
最初のころは機人兵と呼ばれ、古代文明のゴーレムではないかとされていたものの、ノルド人がコクピットの解析に成功したことで、人が乗って動かす乗り物であることが判明する。この出来事がノルド族の躍進と、人類文明の飛躍的な発展が起こるきっかけとなった。
人機は製造された期間で1型から4型に分類されている。
初期の1型は武骨な箱といった見た目で全高は5m程、腕はそのまま武装となっている。構造が簡単であり、屑魔石でも動かせるため貧国の軍や自警団、狩人や傭兵の個人装備として広く使われている。しかし、主力が2型や3型に移った現在は戦力として見られていない。
2型は1型から大きく形を変え、より人間に近い形となる。計測機器が搭載された頭部が付けられた関係で全高は6~7m程。1型では武装だった腕部分は2型では5本指が採用されており、より強力な装備をその場で持ち替えることが可能となった。また、高度な情報処理装置による戦闘補助機能、大地を滑るように移動できるランドスケーターなど、1型とは比べ物にならない発展を遂げている。
2型は1型から大きく形を変えているものの、パイロットがコクピットへ直に乗り込むのは変わらず、パイロット剥き出しの状態が続いている。だが、機体自体の魔法防御が高いため、ワイバーンの火炎、魔導士の爆裂魔法程度ではパイロットは大したダメージを受けない。
3型は2型のマイナーチェンジである。魔導機関の出力向上による全般的な性能向上、情報処理装置は地球の1980年代相当まで高度化し、戦闘補助装置の拡充、ランドスケーターに安全装置が付くなどしている。
3型は主に安全面に配慮がされており、全方位を映すモニターがコクピットに実装された関係で、パイロット剥き出し状態が解消された。しかし、この機体はベテラン兵からは敬遠される傾向にある。ベテランにとってはランドスケーターの安全機能が逆に邪魔になるほか、密閉された機体内での操縦は被弾時に外部カメラ、モニターなどの破損によって外の状況がわからなくなり、コクピットへ閉じ込められるなど、新たな危険性が指摘されている。
4型は新しいコンセプトで開発された型である。重要視されたのは格闘戦能力の獲得であり、これまでの人機が機体強度の不足から攻撃方法は射撃のみだったが、4型は魔導機関の出力向上による各部分の補強と自動修復機能を搭載することで、格闘戦が可能となっている。新機能も格闘戦向けの物となっており、機体の各部分にはブースターやスラスターが搭載され、機動性は「獣王」を超えるともいわれている。
この型は格闘戦重視で開発されたものだが、強力な魔導機関を活かした高度な遠距離兵器も運用でき、3型までは運用できなかったトールキャノンを運用可能である。なお、トールキャノンは地球でレールガンと呼ばれている。
現在、人機の解析作業が進んだことで、先進国は2型まで自力で製造できるまでになっているが、3型以降を入手するには遺跡頼りとなっている。また、遺跡の調査から5型ともいえる人機が月に配備されていることも判明している。
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