第57話 第101人機大隊

王国歴505年、アーノルド国南西部、犬系獣人の街「ターレン」

 アーノルド国南部は乾燥した平地と丘陵が広がり、保水力のない土と瘦せた土地によって、本来は農業には向かない地域である。世界に名を轟かすアーノルド国内にあって、開発に取り残されてきた南部は、他種の獣人達によって少しずつ開拓が行われ、現在では広大な穀倉地帯に生まれ変わっていた。

 ターレンは基地の町であり、付近には陸軍と空軍の基地が置かれている。人口は35万人で犬系の獣人が人口の多数を占め、多くの軍人とその家族が暮らしていた。


 ターレン陸軍基地、第101人機大隊、第4部隊格納庫で、シュバは愛機を見上げる。


「今日は訓練日和だ、頼むぜ相棒。」


 シュバは愛機の装甲板を叩く。格納庫には人型戦闘機、通称「人機」が置かれていた。人機は古代兵器だが、シュバの愛機は1型と呼ばれる初期の機体である。1型は胴体と腕と足で構成されており、パイロットは胴体のコクピットに乗り込んで操縦する。

 人機は自分の体のように操縦できることが特徴であり、地球におけるロボットの操縦とは考え方が異なる。「人機一体」の二足歩行で移動し、その速度は最大時速40㎞に達する。武装は両腕に内蔵された光弾射出装置で、換装により短射程連射型、長射程単発型を装備可能である。他にもオプションでロケットランチャーに酷似した武器や盾などを追加装備でき、ある程度の発展性もある。

 様々な環境、目的に対応できるものの、南部に配備されている1型の性能は2型に遠く及ばず、ジアゾの戦車にはどんなに改造しても勝てないとまで評されていた。


「さて、前回からどれだけ成長したか見せてもらおう。」


 後ろから声をかけられたシュバは振り返る。白と赤褐色の美しい毛並と程よく引き締まった体格をした人物は、教官のリロである。シュバがこの部隊に入った時から部隊の教育係を務めていた。


「あれから訓練を重ねました。前回のようなミスはしません。」

「転倒から起き上がる動作は基本中の基本だ。人機乗りはどのような状態から転倒しても、すぐ起き上がれることが求められる。俺に成果を見せてくれ。」


 初の戦闘訓練で転倒し、なかなか起き上がれなかったシュバは、基本動作の再教育が言い渡されていた。

 今日の試験であらゆる地形、角度での転倒復帰訓練が行われ、シュバはヘトヘトになりながらも試験をこなしていき、再教育訓練は無事終了する。


 第101人機大隊の司令部で、リロは部隊司令のカールに報告を行っていた。


「シュバ軍曹の再教育は滞りなく終了しました。」

「そうか、他の新人どもの練度はどうだ? 」


 カールは筋骨隆々なドーベルマン系の獣人である。訓練中に負傷して片目を失っているものの、優れた戦闘感覚によって数々の人機模擬戦で好成績を収めた兵士であり、その功績によってシュバ達が所属する第101人機大隊、通称「ドックミート隊」の司令官に任命されていた。


「平年通りです。ジアゾ戦には間に合いますが、最前線では使い物にならないでしょう。」

「だろうな、そもそも1型じゃ戦いにならん。うちの隊でもできる任務は、後方での荷物運び程度だ。ちくしょうが・・・」

「司令、もうすぐ2型が配備されるのでは? 我が隊は来月の予定ですが・・・」


 カール司令の態度に違和感を覚えたリロは確認を行う。リロの耳にはある噂が入っていた。


「その話は無しだ。ジアゾ戦で最前線に投入される部隊の更新が優先だとよ。」


 噂話は事実だった。国は辺境防衛よりもジアゾ戦に傾いており、現在は軍の大幅な再編が行われている。ジアゾ大陸侵攻用に新たな部隊が創設され、その部隊に優先して強力な兵器が配備さるのは当たり前だ。しかし・・・

 辺境を防衛する部隊の兵器更新問題は今に始まったものではなく、以前から国は様々な理由をつけて先延ばしにしていた。国としては平和になったパンガイアで周辺国への威圧にならないように配慮し、あえて強力な兵器を国境に配備していなかったのだ。


「新規部隊など、新兵の寄せ集めではないですか、練度でも我が隊に劣りますよ。」

「仕方ないのさ。奴らはジアゾで戦う部隊、こっちは国の南西部を守る部隊だ。」

「しかし、周辺国で何かあったら、我々は旧式兵器で戦わなければなりません。」

「それは上の連中に言った。回答は「周辺の同盟国が問題を起こすはずがない」だとよ。危機感の危の字もなかったな。」


カールは苦笑しながら喋る。


「確かに、火山の国「ラッド王国」と砂漠の国「キレナ国」が問題を起こすとは考えにくいですが・・・」

「お前の心配は分かる。だが、来ない物は来ないんだ。俺達にできることは、新兵の練度を向上させることだけだ。」


カールは国の方針に不安を持つリロをたしなめる。



ターレン陸軍基地、ドックミート隊新兵宿舎

 半日以上の特別訓練を終えたシュバは、二段ベットに倒れこんでいた。訓練が終わるまで起き上がる度に何度も倒されていたシュバの世界は、今も回っている。


「う~、気持ち悪っ」

「特別訓練の味はどうだったか~って、相当やられてるな。大丈夫か? 」


 部隊の仲間、エリアンが様子を見に来たが、その惨状を見てシュバの身を案じる。エリアンはシュバと同じ柴犬系の獣人である。


「エンティティ、シュバはずっとこの調子か? どんだけ吐いたんだ? 」


エリアンはシュバを介護しているエンティティに様子を聞く。


「機体を下りてからずっとだよ。これは何日か続くね。」


 漆黒で艶のある毛並、美しい体のラインが特徴のエンティティは黒猫の獣人である。犬系獣人が大半を占めるこの基地では珍しい存在だ。


「俺は~、こんなところで~、終わる男じゃねー、うぷっ」

「シュバ、動いちゃだめだ。回復するまで寝ててくれ。」


 エンティティの制止を無視してシュバはもがきだす。シュバには軍で成功しなければならない理由があった。

 シュバは辺境の地方都市生まれである。シュバの父親は地方議会の議員をしており、地元では明主と呼ばれている。その家の三男であるシュバは将来を有望視されていたのだが、他の兄弟と違って頭が足りずに希望する職業に落ちていた。上の二人の兄は公務員になり、弟は銀行員となっていたので家族を含めた周囲の目は厳しく、実家に居づらくなったシュバは「外で大物になる」と言い残して家を飛び出して軍に入隊したのだった。


 シュバには大きな目標と勝算があった。自国とジアゾ合衆国の関係が悪化して戦争になると予想したシュバは、戦争で名を上げることで伸し上がろうと考えたのである。シュバは猛勉強し、陸戦の花形である人機部隊へ入ることに成功する。人機部隊は戦場の花であり、戦死率も少ないことを知っての入隊先であった。


 シュバの思惑は当り、ここまでは順調に見えた。しかし、軍への入隊が早すぎたシュバはジアゾ攻略部隊ではなく、辺境に配置されてしまった。配置先はドックミート隊という、ふざけた名前の部隊で隊旗にはまさかの漫画肉が描かれていた。

 初めてこの部隊を見た者の多くが誤解を抱くことだろう。ドックミート隊隊旗の初期案は肉を噛み千切る犬の絵だった。しかし、構図が複雑になったためデフォルメと最適化が行われた結果、噛みつく犬が省略され、残ったデフォルメされた肉が隊旗となってしまった。

 入隊初日、普通の部隊であることがわかったため、妙に安心した自分がいたことは、この先ずっとシュバの心に残ることだろう。


 戦争で名を上げられないのであれば、それ以外で名を上げなければならず、名をあげて故郷に凱旋したいシュバは、ちょっとの事では倒れるわけにはいかなかった。

 翌日、訓練は予定通り行われ、シュバは嘔気に耐えながらも教官をうならせる動きを見せ、部隊の仲間を驚かせるのであった。

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