第56話 預言検討会議

 その星はどことなく地球に似ていた。陸地の大半を占めるパンガイア大陸はユーラシア、ヨーロッパ、アフリカ大陸が繋ぎ合わさったような形をしており、北アメリカ大陸に相当する場所には同規模のジアゾ大陸が存在している。

 太平洋に位置する広大な海域は、通行と通信の絶対不可領域「瘴気」に囲まれ、パンガイアとは隔絶された地域が広がっている。瘴気の内部は西側にオーストラリアより少し小さい島国「蜀」が、北東と東側には日本並みの大きさの島を2つ持つ「倭国」があり、南部には群島国家の「ヴィクターランド」がある。

 瘴気は超えることのできない絶対的な壁だが、300年周期で大幅に弱まるため、世界との交流がないわけではなく、これらの国家は瘴気内国家と呼ばれていた。


 アーノルド国はパンガイア大陸北西部に位置し、東には同じ民族であるスーノルド国と隣接しており、この2国でヨーロッパ全土とロシア半分の面積がある。

 その国力は遥か昔から世界のツートップであり続けていた。



 王族専用機は高度を下げていく。眼下には静海(せいかい)と呼ばれる広大な内海が広がっており、青い空と海は地球の地中海を思わせる。

 やがて、機体の進行方向に陸地と広大な都市が見えてきた。アーノルド国首都「オースガーデン」である。

 地球の大都市と比べてみても引けを取らない都市には巨大建築物や超高層建築群が整然と並び、そびえ立っている。白や灰色の建築物群は全て特殊セラミックでできており、コンクリートと異なる質感は、どちらかというと金属や陶器に近い。


 王族専用機は首都を守る軍事組織「首都防衛隊」の飛行場へ着地する。

 機体のタラップ前には王を出迎えるために漆黒の鎧を身にまとった兵士達と、その後ろに二足歩行ロボットが整然と列を形成していた。

 音楽隊が演奏する中、王はタラップを降りて専用の車両に乗り、王城へ向かっていく。



 王を迎える仕事を終えた首都防衛隊員達は、儀仗装備を外して通常業務に戻ろうとしていた。


「王の出迎えが年々質素になっていく・・・」


 装備を整えながら長寿種の隊員が寂しそうに呟く。


「どうしたリュクス、昔を思い出したのか? お前らしくない。」

「あぁ、帝国時代は国をあげて出迎えたものさ。」

「仕方のないことだ。国王陛下が権力を手放して、今や議会が政治を動かしているのだからな。」

「戦争が少なくなってからは、王族の権威が目に見えて落ちてきている。このままでは、俺達の存在意義も失われかねない・・・」


 ロイヤルガードが始まりである首都防衛隊は、王族と共に存在してきた。王の権威低下は首都防衛隊の存在意義を問われかねない。


「ケルベロス《首都防衛隊》が無くなるなどあり得ないことだ。俺達が消滅する時は、国が滅びる時だろうよ。」


 定命種の隊員達は組織の未来をあまり気にしていないようだが、戦エルフのリュクスは過去の経験から組織の危機に気づいていた。




王城、預言対策室

 王城には公にされていない部屋が幾つもある。その一つ、預言対策室は預言者の預言を読み解き、正確に認識するために設けられた極秘組織が置かれていた。


「預言研究所から女神の神託があったとの報告がきています。今回の預言も現実となる可能性が高くなりました。」

「アダムス殿、世界崩壊とは空から破壊の王が降臨し、世界を焼き尽くす。という内容でよろしいのですね。」


 預言研究の権威である学者が、預言者アダムスへ預言内容を確認して質問する。


「左様、破壊の王とは超常的存在ではなく、人工的に作り出されたものです。」

「これ程の破壊をもたらす攻撃、内容からして究極兵器メテオレインに相当する可能性があります。」


 魔法研究省古代兵器研究部門の職員は、攻撃方法が古代究極破壊魔法に酷似しているとの報告を行う。


「しかし、相手は魔法を知らぬ科学文明。これは魔法攻撃では無く、科学攻撃と考えるのが妥当です。」


 古代兵器研究部門の報告に、国防省科学兵器研究班の職員は科学攻撃の可能性が高いと判断する。


「では、お聞きします。これ程の攻撃を行う科学兵器とは何なのです? 」

「預言では魔族を配下にしている文明とのことではないですか。未知の魔法である可能性は否定できない! 」


 古代兵器研究部門の職員達は、自信を持って発言した国防省の職員に問う。


「実は我々も見当が付いていない。だが、これを見て頂きたい。」


 国防省の職員はジアゾ海軍の艦船写真を2枚取り出してプロジェクターで見せる。1つは100年前、もう1つは現在の船だが、会議に出席している者達は世界を崩壊させる兵器の話をしていたのに、船の写真が出てくる意味が分からなかった。


「これは100年前の船で、石炭を燃やすことで動力源の水蒸気を作り出しています。そして、現在の船は石油を燃焼させて水蒸気を作り出している。」

「この2つの船は、水蒸気を作ることでは同じですが、機関出力は桁違いです。300年前の転移時は風頼りの帆船だったことを考えても、異常ともいえる速度で科学というものは進歩しています。」

「彼らは100から200年に1つ、新たな燃料を実用化させている。兵器として利用されている火薬の性能も大幅に向上していることから・・・」


「世界を焼き尽くす未知の爆発物、ということですか・・・」

「えぇ、しかし、こればかりは相手が転移してこないと判断できません。」


 結局のところ、情報が限られる現状では、いくら予測しても想像の域を出なかった。


「古代遺跡管理局ですが、間もなくイビルアイが本格稼働します。」

「おぉ! 」

「そこまで来ていたのか。」


 古代遺跡管理局職員の発言に周囲はどよめく。


「ここにいる皆さんはご存じのとおり、イビルアイは高度500㎞上空に存在する遺跡で、星の地表面を撮影可能です。稼働の暁には、どの様な文明が現れても早期に発見可能となるでしょう。」

「並行して神竜の監視も行います。」

「それは心強い。」


 預言検討会議は預言の検討が主に行われるのだが、国の運営に関わる重要な事項が話し合われるため、組織の垣根を超えて情報を共有する場ともなっていた。


「軍としては相手の思想を少しでも知りたい。アダムス殿、事前資料以外に死者の国の情報はありますか? 」

「そこは我々も把握しておきたい情報です。事前情報だけ見ますと、話し合いが可能なのかすら怪しい。」

「戦後の統治も考えなければなりません。」


 各省庁の参加職員達は、各々の部署で対処しなければならない情報を求める。


「はい、神託を思い返してわかる範囲でお答えいたします。死者の国は凶暴な帝国でした。彼等には死を求める文化があり、戦死は美徳とされております。」


 アダムスの話に、参加者はどよめく。


「その性格から戦が絶えず、終いには世界を相手に戦争を始めて大敗北を喫しました。植民地全てと本国の一部を失うものの滅亡はせず、過酷な労働によって驚異的な復興をとげます。これは戦が無くなくなったため、戦死の代わりに過労死が美徳とされるようになったからであります。」


 預言者の話は、勇猛果敢なノルド人ですら聞いただけで強敵と判断できる内容であった。


「これは、厳しい戦になりますね。まだ、話の通じない蛮族の方がマシだった・・・」

「事前情報の、国土が瘴気内国家最小というのがせめてもの救いか・・・」

「戦に敗れても滅亡しなかったのは、その文化が理由としてあるのかもしれません。戦に勝てたとしても、我が国では死者の国を統治することはできないでしょう。」

「殲滅戦か・・・そうなると、遥か昔に滅ぼした魔族国家以来だ。」


 将来現れる敵性文明に、検討会議は澱んだ空気の中終了する。各々が各組織に戻って対応策を検討し、アーノルド国は世界秩序を根底から変える決断をすることとなる。

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