第17話 伏魔殿

日本国転移から6ヶ月

 日本国と倭国の間にあった黒霧は消滅し、小龍なしでも行き来できるようになり、二国は互いに外交団と調査団を派遣して活発な交流が始まっていた。

 倭国は日本の東に位置している。国土は日本の二倍程で、主に南北の二つの島で構成されており、それぞれの島は面積が日本とほぼ同じで、北の島は気候、文化も大昔の日本に似ている。この島は本島と呼ばれ、中央部には首都「静京」があり、政治、経済、文化の中心となっていることから、この島を倭国と言う者も多い。黒霧に囲まれる地域であるため、永い歴史の中で人間と妖怪の共存という独特な文化が生まれていた。また、最高品質の魔石鉱床があり、霧が晴れれば海外への主力輸出商品となっている。

 南の島は南海大島と呼ばれ、本島とは異なる気候で一部には熱帯雨林が広がっており、植生が全く異なる。この島には妖怪は殆ど暮らしておらず「鼠人」と呼ばれる亜人が人口構成をほぼ独占している。そして、南海大島の鼠人達は倭国に対して度重なるテロを起こしていた・・・



倭国首都「静京」外務局

 外務局の一室で、南海大島にて発生した襲撃事案を各部局の幹部が集まって協議していた。


「南の鼠人共め、よりにもよって日本の調査団を狙うとは・・・護衛は何をやっていた! 」


 外務局の幹部が吠える。


「軍務局です。今回の襲撃は用意周到に計画されており、護衛は奮戦するも、このような事態となりました。」


 倭国は調査団の安全を考慮し、南海大島の調査は軍支配地域でのみ、軍の護衛をつけるという条件で許可していた。しかし、襲撃により調査団は護衛ごと全滅してしまったのである。


「・・・日本国は何と言っている? 」


「再発防止と襲撃の詳細情報を求めていますが、この件は既に日本側へ連絡済です。」


 外務局の職員が回答する。


「外務局は、我が国の醜態をわざわざ他国に話したと言うのか! 」


 軍務局幹部が顔を赤くして怒鳴る。


「警護に不備があったのでは? そもそも、近年の破壊活動を事前に察知できない諜報部の責任も大きい。」


 すかさず外務局幹部は反論し、矛先を他の組織にも向ける。


 各部局が非難の応酬を行い、会場内は収拾がつかなくなりそうであった。その会場に一人の人物が入室してきたことで雰囲気は一変する。

 その圧倒的な妖気に会場内は一瞬で静まり返る。


「コ、コクコ局長・・・」


 外務局職員が小さく声を出す。コクコ外務局長は会場の中心へ歩いて行き、落ち着いた口調で話し始める。


「皆さん、起きてしまったことはどうにもなりません。今回は日本国に被害が出ています、我々が把握している情報を出さないというのは礼を失する行為です。」


 コクコ局長は8尾の妖狐である。年齢は不明。瘴気が消えると海外へ行き、瘴気の発生前に戻ってくるという生活を繰り返していたが、300年前にジアゾ国が転移して来た際は外交研修として派遣され、そのまま外務局長となっていた。

 コクコには不明な点が多い。現在は男性の格好であるが、日本国の外交官の前では女性の姿をしていて、コクコの性別を知る者は倭国でも極僅かである。あまりにも不明な点が多い存在のため、大妖怪以外の職員からは妖狐ではなく「得体の知れない何か」と恐れられていた。


「ここは日本国と協力し、鼠人に対処することが最善であると私は考えます。」


 コクコの提案に誰も反論する者はおらず、倭国は日本国へ鼠人問題に共同で対処することを持ちかけるのであった。



日本国霞ヶ関

 とある建物の一室で非公式の会議が開かれていた。各テーブルには倭国の資料が置かれている。


「倭国本島には大した資源はありませんね。魔石の世界的産地と言っていましたが、現在の我々には不要の資源です。土地開発も進んでいるため、発展性は限られます。しかし、南海大島は未開の地であり、かなりの潜在能力があります。」


 職員は南海大島のサンプル資料を出す。ゴムの木やパームヤシに相当する植物、バナナやパイナップル、バニラ、コーヒー等、今の日本国が欲する資源の多くが、この島で生産できることが記載されていた。


「しかし、現地では民族問題が起きている。現に調査団が一隊やられた。問題を解決できない限り開発はできんぞ。」


 幹部の一人が発言するが、別の部署の幹部が発言する。


「我が国はこの問題を倭国の民族問題と見なしません。倭国は南海大島の鼠人を「害獣」と定義しています。我が国は今後、倭国と共に害獣駆除に乗り出すでしょう。現在、防衛省が準備を進めています。」


 一瞬時が止まり、会場にいる職員達は耳を疑う。鼠人は鼠の亜人である。見た目もヒトに似ていて、意思疎通も可能であった。


「何を、言っているのですか。それでは害獣駆除名目の虐殺・・・」


「駆除です。」


「鼠人との交渉が先だろうが! 平和国家はどこにいった! 」


 室内では多数の反対意見があがる。その意見に対して、先ほど発言した幹部達が口を開く。


「外交に携わる身にもかかわらず、貴方方は日本国が置かれている立場を理解していない。我が国はこの世界で未だに国として認められていません。この世界で日本人はまだ人間としての権利を持たないのです。」


「資料の通り、南海大島の鼠人は度重なる襲撃事件を起こし、黒霧内部の国家において根絶されるべき存在として共通の認識となっています。南海大島の鼠人もまた、世界に人間として認められていない存在です。そのような存在と交渉するという行為が、周辺国にどのように受け止められるか考えた上で発言しているのですか? 」


 正式に国として認められていない、この世界で人間としての権利も持たない者が、世界共通の敵と交渉する。その意味が分からない者はこの場にはいない……はずである。


「周辺国と協力しテロリストを排除するか、テロリストと交渉するために周辺国全てと敵対するか、考えるまでもないことです。この件は総理の判断待ちでしたが、間もなく承認が下りるでしょう。」


 地球にいた頃よりも物事が早く進んでいく状況に、職員達は困惑する。転移後、日本国は周辺国との軋轢から解放され、米国も中国も存在せず、国内は慢性的な食糧と資源問題をかかえ、常態的に怪物の襲撃を受け、国民負担は重くのしかかっている。その状況が日本国の決断を早めていた。

 日本国が海外でテロリストと戦うなど、ほとんど想定されていなかった。そして、南海大島の鼠人全てがテロリストではない。このままでは多くの非戦闘員に被害が出るのは確実なため、この場にいた職員の多くは会議終了後、自らのコネを使い独自に行動を起こすのであった。

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