第16話 木人殲滅作戦の後始末と裏話

 西の精霊が消滅して数週間が経過し、蜀は西部大森林を広範囲で切り開いていた。当初から予想されていた事だが、精霊を滅ぼしたと言っても、森は相変わらず人間に抵抗を続けている。草木のツタやツル、根が人間達を襲い、締め上げようとしていたのだ。西の精霊は消滅したものの、その憎悪は西部の森全体に広がっており、森は人間に牙を剥いていた。


「やはり、精霊を消滅させても森は動き続けていますか・・・西部の森は全て除去しなければなりませんね。」


 これは想定されていたことの一つである。人間の排除は精霊と森が決断したことであり、精霊を倒したからといって森が大人しくなることはなかった。このような状態の森は除去以外に方法はない。時間が経過すれば森は拡大し、人間に憎悪を持った精霊が生まれる可能性すらあるのだ。専門家として森の除去を進言するのはパラスにとって辛い判断であるが、彼は最後まで責任を持って職務を遂行しようとしていた。


 森の除去は大幅に遅れていた。今や蜀軍兵士の武器は斧や鋸、スコップやツルハシであり、兵士たちは森に火をつけ、大木を切り倒していたが、植物にからめ捕られる者が続出し、その度に周囲の兵士が斧や鋸で救出していたため、なかなか前へ進まない。森の表面は排除できても、地中に張り巡らされた根の除去も思うように進まず、予定の遅れに拍車をかけている状態となっていた。

 蜀の兵が森と格闘して一ヶ月が経過したある日、待望の援軍が現れる。東の彼方から現れた援軍は日本の企業連合が派遣した重機の群れであった。ショベルカーが特殊な装備で木々を瞬く間に切り倒し、切り株をいとも簡単に排除していく、そして、ブルドーザーが地中に張った植物の根を土ごと掘り起こしながら進んでいった。時折、根やツタが絡み付いてきたが、重機はその圧倒的な馬力で引き裂いて進み、蜀の兵士が一日かけて切り開く面積を、日本の作業員達は数分で切り開いていく。その速度に蜀の兵士達は驚愕し、一部は恐怖すら抱くのであった。

 日本の重機の中には民間企業が重機を改造して開発した地雷源処理車両がある。この車両はクラスター兵器の使用場所に投入され、不発弾を処理しながら森を切り開いていった。時折不発弾が爆発し、車体に衝撃が走る。作業員は車両を止め、地図に爆発箇所を記入していく。この作業で得られた情報は本国へ送られ、新兵器の改良に使用されることになる。


蜀、東部森林地帯

 この地は熊科の亜人の管理地域である。森林の中にはひっそりと佇む大きな屋敷があり、庭園を見下ろせる一室では二人の男が会話していた。


「貴方が軍を去ったと聞いて驚きましたよ。まだ、仕事が残っているのではないですか? 」


 パラスが大柄な男に尋ねる。


「木人との戦は終わった。俺の戦う理由はもうない。」


 大柄の男は劉将軍だった。今は元将軍だが・・・ここは劉の屋敷であり、この地は彼の生まれ育った故郷でもある。劉は立ち上がり、窓から庭園を覗く。庭園には一人の人影があり、東の森の精霊と呼ばれる人影は庭園の植物に話しかけていた。


 蜀の東側では森が人間に対して攻撃してくることはない。これは、東の精霊が人間との戦争に反対していたからである。「人間も自然の一部、人間活動も自然の摂理」と考えていた東の精霊だけは、人間との戦争に参加せず、東の森も人間を攻撃することは無かった。

 熊科の亜人は体躯に恵まれており、林業に携わる者が多い。劉の一族も古くから林業を生業としていた。劉は幼少期から父の手伝いで森に入ることが多く、森の精霊と出会う機会が何度かあった。話は一切したことはないが、劉にとって森の精霊が身近にいることは当たり前のことだったのだ。

 しかし、変化が訪れる。木人との戦争が激化し、大量の木材が必要になった蜀は劉一族の森まで無計画に伐採し始めた。森は日に日に減っていき、森の精霊は姿を消してしまう。故郷の森が失われていく中、劉は軍に入る決断をする。

 軍に入った劉はすぐに頭角を現す。種族と一族の特性と、幼少期の森の精霊との出会いが、木人に対して有利なスキルを劉に身につけさせていたのだ。劉は戦場で功績をあげ続け、若くして将軍の地位に上り詰め、皇帝からは故郷に広大な土地を領地として与えられたのだった。

 劉は同族に森の手入れを行わせ、森林の状態を保ち、計画的な伐採と植林によって自然のサイクルを維持するように心がけた。劉は故郷の森を、精霊が当たり前にいる森に戻そうとしていたのだ。数年後、その瞬間は意外な形で訪れることになる。森の精霊がパラスを連れて劉の前に現れたのだ。

 それはパラスにとっても想定外の出来事であった。蜀に来てから東の精霊の存在は把握していたが、ながく接触できずにいた。やっと精霊を見つけ出し、話しかけようとしたら劉の屋敷に案内されたのである。最前線で木人と戦っている将軍が森の精霊を「保護」していたのは驚愕のできごとであった。


 亜人とエルフと精霊は互いに情報と知識と知恵を出し合い、戦争を終結させるために密かに活動していたのだ。


「戦争を終わらせるのは貴方だと思っていましたが、世の中なにが起こるか分かりませんね。」


「木人は後5年で滅ぼせる予定であったが、日本国に先を越されてしまった。我らが5年かかるところを、日本軍は3ヶ月で成し遂げた。かの国は転移国家と聞くが、先生はなにか知っておられるか? 」


 パラスと劉の会話内容は日本国に移る。


「私はその道の専門家ではないので良く分かりませんが、我々とは異なる理の世界から来た文明、とだけはわかります。恐らく、300年前に転移してきたジアゾ国と同じ科学文明でしょうね。ただ、日本国はジアゾ国とは違い魔法自体が存在しない世界から来たようです。」


「信じられない話だが、彼らは魔力を持たないし、乗り物からも魔力を感じなかった。木人殲滅の偉業で、広大な土地の使用権を得たようだが、魔石鉱床には目もくれず燃える水の噴出地ばかりを取得している。魔法の無い世界とやらは事実であろう。それに、彼らは西部を広大な農地に変える気らしい。」


 パラスと劉は自身が持つ情報を述べてゆく。


「西部の農地改良の件は私にも相談がきましたよ。日本国は西部に大規模な植樹をして、農地に適した環境を整えたいと言っていました。蜀の木だと魔物化する可能性があるので、日本国の木を植樹する方向で話が進んでいます。このまま計画が進めば、魔力を持たない森が生まれることになる。この森は今後、私の研究対象になるでしょう。」


「日本人は森の重要性を知っているようだな。隣人が野蛮な蛮族でなくて良かった。戦は俺の代だけでいい。」


「確かに、野蛮な蛮族ではないですね。以前、日本人に蜀と木人の歴史を話したことがあります。話が終わると、彼らは木人を救えないか私に尋ねてきました。そんな人間がいてくれて、私は嬉しかった。」


 劉とパラスの話は続く。いつの間にか東の精霊は部屋の中でくつろいでいた。


「先生は、日本軍の兵器をどう見る? 俺は前にジアゾ製の大砲を見たことがある。あれは凄まじい威力があったが、日本の砲はその比ではなかった。歩兵の持つ銃もだ。」


「日本軍が使用する大砲も銃も、原理はジアゾの物と同じと考えています。しかし、日本軍の砲は格段に高度な技術が使用されている。大砲ではないですが、日本軍が使用する兵器の中には古代兵器に匹敵するものもありました。」


 瘴気の内部に存在する3ヶ国には古代遺跡は存在していない。そのため、瘴気の外と比べて大幅に文明レベルが低いのが現状である。古代遺跡や古代兵器は、劉もおとぎ話か、長寿種の口伝でしか聞いたことは無かった。


「先生が言うように日本国が高度な文明だったら、友好国となった我が国は大いに発展しそうですな。」


「ええ、日本人が友好的で良かった。もし、野蛮な蛮族だったら、今頃滅びていたのは蜀の方でしたからね・・・」


 劉の発言にパラスは釘をうつ。





日本国東京、総理大臣官邸


「この報告はどう言うことですか! 」


 普段は感情を表に出さない総理が声を荒げる。

「倭国で行方不明になった調査団の続報」と書かれた書類が総理の机にあり、その書類には「全員の死亡を確認」と記入されていた。

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