第15話 木人殲滅作戦 その2

 蜀は荒地と砂漠が国土の多くを占める島国である。しかし、島の西端には西部大森林と呼ばれる広大な森林が広がっており、北西部にも小さいながら森が存在していた。西部大森林は木人最大の拠点であり、人間と戦争をしている最後の精霊、西の精霊の根拠地である。


 大母樹と呼ばれる巨大な木の中で、西の精霊は各地に派遣した木人指揮官から送られて来る情報を整理しながら今後の戦略を練っていた。


「西城デノ敗北、新タナ敵ノ出現。」


 西の精霊は思考を巡らせる。今回の西城攻撃作戦は新しい魔法を使った攻略作戦になる予定であった。先行部隊6万が第一城壁を制圧し、内部に特殊加工を施した種をばら撒き、撤退。二ヵ月後に攻略部隊本隊20万と合流し西城に圧力をかけ、敵戦力を第一城壁に集中させる。敵が城壁に十分集まったところで植物の急速成長魔法をかけ、城壁内に撒いた種を急成長させることによって城壁を内部から破壊する予定であった。事前の実験では西城級の城壁を破壊できる十分な結果が得られていたため、今回の作戦を実行したわけだが、新たな敵が先行部隊を全滅に追い込んでしまったため、作戦は中止せざるをえなかった。


「北ノ精霊ヨ、我々ハ更ニ追イ詰メラレテシマッタ・・・」


 西の精霊は北の精霊が身につけていたアクセサリーに話しかける。

 ほんの数年前までは西部と北部の森林は繋がっており、北部には北の精霊が存在していた。西と北の精霊は連絡を取り合い、巧みな戦術を駆使して人間から森を守り続けていたのだ。長年戦い続けていた2体は互いに特別な感情を抱くようになっていくが、互いに戦争に追われて打ち明けられずにいた。

 日本国が転移してくる2年前、西の森に蜀軍の大攻勢が開始される。西の精霊は自身の木人を集結させて人間の攻勢に備えた。この時、西の森の軍勢38万に対して蜀軍は80万・・・このままだと西の森中枢まで被害が出るのは確実であった。

 西の森の危機に、北の精霊は自身の木人15万の内10万もの兵力を援軍として西の森に派遣した。80万の蜀軍は、援軍を得て48万にもなった木人を前に後退を開始、南部海岸沿いで80万対48万の大規模な戦闘が行われ、この戦闘で木人は12万の損害を出したものの、蜀軍に40万を越える損害を与えて戦闘は西の森の勝利に終わった。しかし、戦闘が終わった直後の西の精霊に、ある情報が届けられる。

 戦闘直後で体制が立て直せていない中、西の精霊は木人をかき集めて北部の森へ向かっていた。「北ノ森ニ敵ガ侵攻中」その一報を受けた西の精霊は確信する。今回の敵の標的は北の精霊であったと・・・西の精霊は北を目指して移動していたが、動きを止めることとなる。北部と西部を分断するように大規模な森林火災が発生し、行く手を阻んでいたのだ。

 蜀軍の北部森林攻撃隊は劉将軍率いる20万の大部隊であり、分断部隊が森に火を放っている間に、木人の攻撃を受けても侵攻速度を落とさない精鋭部隊が北部森林中枢へ侵攻し、劉将軍自ら北の精霊を討ち取る大戦果を挙げる。

 西の精霊が到着した時には全てが終わった後であり、北の精霊は炭となっていた。


「人間トノ戦ガ始マッタ時点デ我々ニ勝目ハ無カッタ。」


 森と精霊達が人間の排除を決断した時には、既に手遅れであった。森は人間を排除し、人間はそれに抗う。蜀の民は迷信深く、一度森にいだいてしまった偏見は消えることは無く、700年にわたる互いへの憎悪は専門家であるパラスであっても手の施しようが無かった。



西城の戦闘から1ヶ月後

 北西部の森林へ陸上自衛隊の攻撃が開始される。特科火力による面制圧射撃が行われ、上空からは輸送機がドラム缶をばら撒く。爆発により広範囲の木々が木端微塵となり、ドラム缶投下地点は炎に包まれ、木人達はどこから攻撃されているか分からないほどの大混乱となる。

 いたる所で爆発が起き、火の手が上がる。炎から逃げ出して来た木人達は森から追い出され、遥か彼方にいる自衛隊部隊へ無秩序に突撃を行うのであった。

 多くの木人が自衛隊部隊めがけて全力疾走する・・・敵まで500mほどの所まで来て、木人達へは苛烈な攻撃が開始される。木人達が向かっていった相手は陸上自衛隊第7師団であった。


「ツグミから各隊、西部大森林から敵増援出現。木人、推定10万以上。繰り返す・・・」


 西部大森林を偵察中のOH-1観測ヘリは増援の規模を反復して報告し、敵の位置情報を送り続ける。


「さて、新兵器の性能を確かめてみるとしよう。」


 隊員の前には多連装ロケットシステム、MLRSとよばれる兵器が並んでいた。この兵器は1990年代には日本も導入を開始しており、新しいものではないが、新兵器とはロケット弾のことである。

 クラスター弾に分類されるこの兵器は危険な欠陥が存在していた。ロケット弾内部に大量の子爆弾を搭載し、広範囲にばら撒く構造上、不発弾が大量に発生するのである。日本国は地球での国際条約で全廃していた兵器であったが、転移後に国内で怪物の大群との戦闘が常態化したため、新たに開発しなおしていた。試作品は北海道で魔物相手に試射を行っていた程度だが、本格的な実戦投入はこれが初である。


 人間達の強大な戦力を前にして森は抵抗する力を失っていたが、西の精霊は決死の覚悟で突き進んでゆく。


「コレガ最後ノ戦」


 西の精霊に率いられた木人本隊は、一人でも多くの人間を排除するため、榴弾とクラスター爆弾の豪雨に突入してゆく・・・

 多くの観測チームに見られながら、木人の本隊は消滅した。



「・・・・・・」


 西の精霊が目覚めると、彼は大母樹の中にいた。

 いつも人間に対抗するため思案していた場所なのだが、そこに広がっていた光景は見慣れたものではなかった。大母樹は大きく裂けて倒れていた・・・


10時間前

 木人の本隊を殲滅した自衛隊は、蜀の部隊と合流して西部大森林中枢を目指していた。森林中央部を飛行していた偵察ドローンが見えない壁にぶつかって墜落したことで、敵の中枢がある程度判明したのだ。


「あの壁は防御スクリーンという最上位魔法です。レベルによって強度が変わりますが、攻撃を当て続ければ破ることは可能です。防御スクリーンの中心で魔法を使用している存在が、この森の中枢となります。」


パラスが第7師団へ無線を入れ、壁の場所を確認した各特科大隊は砲撃を開始する。


 大母樹は西の精霊を保護していた。自らをここまで育てた存在を守りたかったのかもしれないが、もう確かめる術はない。

 大母樹は数千年かけて溜め込んだ魔力を使い、最上位魔法の防御スクリーンを展開する。敵対するあらゆるものを寄せ付けず、大規模な森林火災でさえ防ぐ強力な魔法だが、特科大隊の総攻撃を前に魔力は一瞬で底をついてしまう。大母樹は命を削って魔法を維持しようとし、耐え切れずに裂けてしまった。


 裂けた大母樹の中で、満身創痍の西の精霊は目の前を飛行するAH-64Dを見続ける。


「パラス殿、本当に攻撃してよろしいのですね? 」


 現地から送られてくる画像を見ながら、第7師団長がパラスに問う。


「攻撃を行って下さい。貴方達の武器レベルなら十分に精霊を消滅させられます。千年続く憎悪の応酬に終止符をうってください。」


 西の精霊は自身に向かって飛来するヘルファイアミサイルを最後まで見届け、永遠の眠りについた。


蜀における人間と精霊の憎悪の応酬は、ここに終止符がうたれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る