第14話 木人について
西城での戦闘から数日
西城の戦闘で大きな損害を受けた木人は戦闘を控えて戦力の回復につとめており、城の周辺は比較的安定している。そんな西城には国からの依頼で木人調査に派遣された研究者の一団が滞在していた。
「なぜだ、なぜ動けるんだ? 」
木人指揮官とよばれていた黒焦げの植物片を前に、植物学者である草薙茂樹は嘆く。彼は日本国が蜀に接触した際、木人と呼ばれる動く植物が存在することに驚愕し、当初から木人研究に参加していたのだが、最新の機器を使用した検査や、別分野の研究員の協力を得ても木人が動くメカニズムを解明できずにいた。
「遺伝子は蜀に広く分布している植物そのものだ。それがこうも形を変え、動き出すとは・・・」
研究が進まず、科学では解明できない謎が増えていく現状に、草薙は閉塞感が溜まっていく。しかし、それとは別に未知への挑戦を行うことへのやりがいを感じていた。これほど探究心をくすぐられたのは久しくなかったことである。
「何か解りましたか? 」
唐突に話しかけられた草薙は驚いて声の方を向く。そこにいたのは、蜀の軍事顧問パラス・サイドだった。
「あぁ、驚かせてすみません。」
事前に現地の重要人物の顔写真を見ていた草薙は、その顔に見覚えがあった。
「あなたは確か、パラスさんでしたか・・・どうしてこんなところに? 」
うろ覚えながら草薙はパラスに尋ねる。影の薄いパラスは、初対面にも関わらず自分の名を知っている草薙に上機嫌だ。
「初めまして、私はパラス・サイドと申します。スーノルド国、帝国大学教授を務めております。精霊と自然魔法を研究していて、蜀には300年前に派遣されました。」
パラスの自己紹介に草薙は一部理解ができなかったが、パラスをよく見たところ、エルフと呼ばれる長寿種の特徴を持っていたため、無理やり理解した。そして草薙も自己紹介を行う。
「草薙教授も木人研究に来たのですか? 」
「はい、国からの要請があり、私は二つ返事で了承しました。ところで、スーノルド国とはパンガイアのスーノルド帝国のことで宜しいでしょうか? 」
パラスの問いに草薙は答え、自身が持つ情報と会わない箇所を尋ねる。
「えぇ、そうですよ。ただ、帝国と呼ばれていたのは500年も前です。アーノルド帝国と共に自国を帝国と呼ばなくなりました。今でも辺境では帝国と呼ばれていますけどね。」
パラスがスーノルド国出身者という情報は今判明し、日本国関係者の中では草薙だけが知っていた。「外務省が興味を持ちそうな情報だな、後で伝えておこう。」そう思う草薙だったが、研究以外の情報なのでうっかり忘れてしまい、草薙がこの情報を外務省に伝えたのは、かなり後のことになる。
「いやぁ~、大変でしたよ。未知の国、日本国の研究者に会おうとしたら、「不気味な輩には会わせられない」って私の護衛に何度も止められてしまって、日本の方々の活躍があってようやくお会いできたわけです。」
パラスは何度か日本の研究者に接触を試みたようだった。とても良い機会なので草薙はパラスへ木人について尋ねてみる。
「このような時にパラス教授に出会えたのは幸いです。我々は木人の研究をしているのですが不明な点が多く、専門家であるパラス教授には伺いたいことが山ほどあります。我々の研究で今判明していることは、木人が蜀に広く自生しているこの植物と同一ということだけなのです。」
草薙の言葉にパラスは一瞬目をとがらせる。
「この短期間でそこまで調査が進んだのですか・・・日本国は想像以上に高度な文明なのですね。」
この世界の文明はほぼ魔法文明であり、未知の魔物の調査も魔法技術と魔法学に沿った思想で行われていた。木人の場合、生息地や発生地を調べ、その場所の地形や魔素の状態を定期的に観測しつつ、検体を捕獲してどのような魔法特性を持つのかを調査し、意思疎通が可能であれば意識内の調査も行われる。その結果、木人は森の精霊であることが判明し、更なる精密な調査によってどの植物が木人となったのかが分かるのである。日本国はそれらの過程を飛ばし、遺伝子検査によって木人が蜀に自生する植物であると特定していた。パラスは日本国がこの世界とはまったく違った理の世界から来たのだと実感する。
「隠し事をしても意味はありませんし、私の研究成果も教えますね。ちょっとした歴史の授業にもなりますよ。」
気を取り直してパラスは話し始める。
「木人の正体は森の精霊が魔物化したものです。この島は人間が移住するまで、広大な森に覆われていました。島の所々には高濃度の魔石鉱床があり、その魔力で精霊達が生まれたと考えています。精霊は東西南北と中央部に生まれ、その5体の精霊が協力し合って島をさらに豊かにしていきました。」
「しかし、6千年前に人間がこの島に上陸してから状況が変わります。最初は人間も他の動物と同じく森を利用しながらも共存していました。ただ、時が経つにつれて人間はその数を増やしていき、やがて森を広範囲で切り開くようになりました。当時、精霊達は人間の行動を静観していたようです。人間をただの動物と見ていたのかもしれませんね。」
草薙はパラスの話に静かに聞き入り、いつの間にか二人の周囲には日本の研究者や作業員、自衛隊員達が集まってきていた。
「人間は更に数を増し、人間同士で戦争が始まりました。人間の支配地域にはその戦跡がいくつか確認されています。戦跡や遺跡を調べてみると、森を守る人間と森を切り開いて勢力を拡大する人間との戦いだとわかりました。結果がどうなったか、草薙教授はわかりますか? 」
唐突な質問に草薙は驚きつつも答える。
「森を守る側に勝ち目はないでしょうね。」
「その通り、勢力を拡大している側は当時の最新鋭兵器である、鉄製の武具と魔石で武装していました。一方、森と共生している勢力は木製の武具と精霊の加護しか武器はなかったようです。結局、森ごと燃やされて滅亡してしまいました。」
パラスは話を続ける。
「人間は凄まじい勢いで増加し、森を脅かす存在となっていきました。森の精霊達は危機感を覚えて人間と敵対し、森から排除するようになったのですが時既に遅く、人間を止めることはできなかったようです。そして、追い詰められた精霊は魔物化していった・・・」
「木人と交渉はできないのですか? 」
話を聞いて、いたたまれない気持ちになった草薙はパラスへ質問するが、その質問にパラスは即答する。
「交渉は不可能です。私がこの地へ派遣された時に交渉を試みたのですが、空飛ぶ絨毯で空から木人本体に話しかけても木人の中には人間への憎悪しかありませんでした。とても話が通じる存在ではありません。人間とのいざこざが始まった当初だったら和睦もできたでしょうが・・・」
辺りは人が多くいるにもかかわらず静まり返っていたが、パラスは気を取り直して話を続ける。
「歴史の授業みたいになってしまいましたが、最後に一つ。彼等が木人となる以前は只の動く植物で、人間に対抗して自身を様々な形に変化させつつ、木人となったことが判明しています。最初は動きが遅く力も人並みでしたが、現在は人間を凌駕する力と体力を持ち、戦術も駆使するようになりました。300年前の私が観察を始める以前から、森の精霊は人間に対抗して相応の強化を行っています。先の戦闘で彼らは日本国という新しい敵を認識しました。時間をかければ木人は日本国に対応した変化を遂げるはずです。彼等と戦うなら早期に決着をつけることが、互いにとって最善の手段となるでしょう。」
パラスの研究成果は専門家による確度の高い情報として日本国へ送られ、日本国は木人の早期殲滅作戦を実施するのであった。
この大規模作戦を行うにあたり、防衛省は地球で日本国が批准している国際条約で禁止された兵器を投入することとなる。地球での国際的な枠組みは、この星では何の役にもたたなくなっている事を、多くの日本国民は気付いていなかった。
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