第8話 センジュウロウの考察

 大海原の上空を畳のような飛行物体が東に進んでゆく。その畳の上では一人の精悍な顔つきの男が彼方を見つめている。頭にはターバン、青を基調とした民族衣装を纏ったセンジュウロウは帰国の途に就いていた。


「まさか妖術も魔法も存在しない世界があったとはな。」


 センジュウロウは、自分たちが旅立った時のことを思い出す。

 3ヶ月前、西で何かあったことは薄々感じていたが、センジュウロウは大して気にしていなかった。そういった調査は神官や占い師、軍が担当していたからだ。

 政府から外務局を通じて自分に調査依頼が来た時は寝耳に水であり、すぐに小龍のチビと出発の準備を済ませて外務局が所有する航空機で西方へ飛び立った。


 センジュウロウが政府に選ばれた理由は、以前から彼が世界各国を旅していたからである。センジュウロウはその土地の自然と文化に触れ合い、そこでしか味わえない酒や料理、人々との交流をとても楽しみにしており、瘴気が晴れると小龍を連れて世界各地に旅をしていたのだ。

 約300年前、瘴気が晴れて北東にジアゾ国が転移してきた時代。当時、まともな政府が存在しなかった倭国は大きな転換を迫られ、ジアゾ国を模倣して議会と政府がつくられる。放浪人であるセンジュウロウも時代の流れには逆らえず、今までの経緯から外務局に配属され、日雇いの外交官となっていた。


「そう落ち込むでない。日本本土へ行けなかったのは、おぬしのせいではなかろう。」


 センジュウロウは畳の隅で小さくなっているチビに語りかける。

 日本国の外交官は最初、日本本土へセンジュウロウを招待しようとしていたが、そこで問題が判明する。空飛ぶ畳の航続距離が足らなかったのだ。直線距離で日本国と倭国を移動できれば問題にはならなかったが、現在は黒霧を避けて飛行しなければならないため、行きも帰りも遥かに長距離移動となっていた。また、空飛ぶ畳の燃料は高濃度の魔石だったため、日本では補給もできなかった。

 更に食糧の問題まで出てしまう。センジュウロウ達は地球外生物であるため、地球の食物が害にならないか判明していなかったのだ。センジュウロウが持ち込んだ食糧は何日も日本に滞在できる量ではなく、本土行きは見送られてしまう。

 自衛隊の輸送機で本土へ送る案も出たが、チビが飛行機を嫌がったため実現しなかった。


 センジュウロウは隅で小さくなっているチビから視線を進行方向に戻して真顔になり、初めて日本国と接触した時のことを頭に浮かべる。


「あの時、ワシ等の目の前に現れた日本国の航空機、大国が保有する「鳥機」に酷似していた・・・」


 以前、センジュウロウが西の大陸を旅していた時、小国同士の戦争に巻き込まれた事があった。


パンガイア大陸、アーノルド帝国保護領エベッサ

 現地で「ドラゴンライダー」と呼ばれる竜騎士達が空を縦横無尽に飛び回り、激しい戦闘を繰り広げていた。物量で勝る侵略軍を前にエベッサ防衛隊は壊滅、竜騎士達はエベッサを無差別に攻撃し、至る所から黒煙が立ち上る。ある者は燃やされ、ある者は爪で引き裂かれ、街は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。その攻撃は郊外を避難中のセンジュウロウにも向けられ、その都度妖術で障壁を張って凌いでいた。

 センジュウロウが自身を執拗に狙う竜騎士をなんとか倒した頃、空に異常が起こる。上空には100を超える竜騎士が舞っていたが、次々に爆発を起こしたのだ。状況の掴めないセンジュウロウだったが、共に避難をしていたエベッサの民が声を上げる。


「帝国の援軍だ! 俺たちは助かったんだ! 」


「北の空を見ろ! 「鳥機」がくるぞ。」


 その声にセンジュウロウは北の空を見る。そして、信じられない光景を目撃することになる。超高速の飛行物体が飛来し、竜騎士を次々に撃墜していった。その飛行物体が光を射出すると、その光はまるで意思を持つかのように竜騎士を追尾し、突入して爆発を起こす。竜騎士はファイアボールやサンダーアローなどの遠距離攻撃魔法で反撃を行うが、超高速飛行物体に当たる気配はない。「鳥機」はお返しとばかりに無数の光弾を射出し、竜騎士達を文字通り蜂の巣にしていった。短時間で100を超える竜騎士は、たった8機の鳥機に全滅させられてしまった。


「日本国とは良い雰囲気で接触できた。このまま対立することなく、互いに付き合えれば良いのだが・・・」


センジュウロウは一抹の不安を抱く。


「我が国の外務局長は、一癖も二癖もあるからな。」


 この後、日本国と倭国は良好な関係を築き上げ、同盟を結ぶまで進展するのだが、彼の不安は最悪の形で実現することとなる。

 世界は、既に動き始めていた・・・

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