第4話 お風呂にする?ご飯にする?それとも、わ・た・し?

 アパートに着き、ドアを開くと「おかえりなさい」と優しい声でエプロンをつけた真昼が俺を迎えた。


 「……ただいま」


 小っ恥ずかしくなって俺は顔を逸らした。


 「恥ずかしくなっちゃったんですか?渚くんは初心ですねえ」


 真昼は手を後ろで組んで俺の顔を覗いている。俺は一度ふうっとゆっくり息を吐いて早くなる鼓動を落ち着けた。

 (こいつはまだ中学生だ)


 「あ」


 真昼はなにか思いついたようにぽんっと握った右手を左手の手のひらに向かって叩く。


 「お風呂にする?ご飯にする?それとも、わ・た・し?」

 「は?」


 何を言ったのか理解出来ず、反射でそう言ってしまう。

 何を言っていたのか気づくとぶわっと顔が熱くなるのを感じる。


 「……じゃあ、お風呂……」


 丁度風呂に入りたかったところだし、ここは正直になろうとそう思った。


 「……」


 真昼は何も言わない。

 俺は真昼の方を見る。真昼の顔は真っ赤になっていた。


 「真昼……顔」

 「……っ」


 真昼は自分で頬を触った。赤くなっていると感じたか真昼は俺に背を向けた。


 「だって、本当にどれかを選んでくれるなんて思わなかったんですっ!渚くんは勉強するとか言いそうだったし!」

 

 真昼は早口でそう言った。

 真昼は真昼の部屋、元は俺が物置として使っていた部屋を片付けて真昼の部屋にしたところに逃げ込んだ。


 「真昼、風呂は?」


 俺は真昼の部屋の前に立ってそう聞く。


 「洗ってあるので自分でお湯入れてください」


 ボフッという音がする。

 ごもごもとしているからあのままベッドにダイブしたんじゃないかと思いつつ俺は「分かった」と返事をしてその場を立ち去ろうとした。


 「反則です」

 「なにか言ったか?」

 「渚くんのバカっ!」


 理不尽だ。

 そういえば、昼食のお礼を言わなくては。忘れないうちに言っておこう。


 「弁当……美味かった」

 「……」


 返答は……ない。まあ、怒っているんだし当然といえば当然か。

 俺は風呂場に行き、スイッチを押す。

 リビングに戻るとソファに座り、テレビを見る。


 『同棲している彼女、彼氏に聞いてみた!』


 今の俺みたいな状況だなと思い、番組を変える手を止める。

 

 『彼氏の嫌なところとかありますか?』

 「洗濯かごにいれてある服が、ほとんどが裏返しなんですよ。それは、直してほしいですね」


 まさに俺だ。これからは直そう。


 『逆に好きなところはありますか?』

 「たまに、プレゼント買ってきてくれるところ……ですかね」

 『それは記念日の時とかですか?』

 「いえ、別にそういうのではなくて……なんというか、日頃の感謝みたいな」


 彼女の方は彼氏の方を見る。いちゃいちゃし始めた。俺は、そこで見るのをやめた。

 家事は真昼がしてくれているんだし、そのお礼としてなにか物でもプレゼントした方がいいだろう。

 

 『幼馴染になにかプレゼントしたんだけど女子高生になる女子中学生が喜ぶ物って何かある?』


 LINEで琉斗にそう聞く。すると、すぐに返事は来た。


 「その幼馴染に聞いたほうがいいんじゃね。女子って人によって欲しいものが違うし」

 「そっか。ありがと」


 スマホを閉じると、部屋に閉じこもっていた真昼が出てきた。


 「真昼、なにか欲しい物ってあるか?」

 「欲しい物……ですか」


 真昼はしばらく考え込んだ末の結果を俺に伝えた。


 「渚くんとお揃いの物が欲しいです」

 「例えば?」

 「婚約指輪……とか?」

 

 俺は思わずむせてしまう。


 「婚約……指輪!?」

 「はい」


 真昼は笑顔で俺にそう言う。


 「婚約指輪って……早くないか?」


 まだ付き合っても居ないんだし。


 「それに、婚約って何歳から出来るんだ?」

 「何歳からでも出来ますよ」


 何も見ずに言いやがった。なんで、知っているんだよ。


 「でも、私はお揃いの物ならなんでも嬉しいです」

 「分かった。サンキュ」

 「いえ」

 『お風呂が沸きました』


 アナウンスが鳴ると俺はソファから立って風呂場に向かって歩いて行く。


 「どのくらいの時間にご飯食べたいですか?」

 「八時くらい」

 「了解です」



 頭と体を洗い、湯船に浸かる。まだ肌寒いこの時期は風呂に入るのが楽しみになっている。夏は熱くてすぐに出てしまうが、冬から春は長風呂だ。だから、よく母さんにのぼせていないが心配されたっけ。

 ……眠くなってきた。

 

 「渚くん、起きてますか?」


 その瞬間、目が覚めた。風呂場と仕切りがない洗面所に真昼が居るのが樹脂パネルに映る真昼の姿で分かった。


 「なんで、人が入っているのに洗面所に入るんだよ!」

 「渚くんがもっと早くお風呂から出てくれば入りませんでしたよ。今、入り始めて何分か知ってますか?五十分です。流石に心配するじゃないですか」


 俺は給湯器リモコンの時計を見る。もう七時五十分だ。


 「……ご心配をおかけしました」

 「五分以内に出てきてくださいね」

 「……はい」


 風呂から出ると自分の手が思っていたよりしわくちゃになっていたことに気づいた。

 真昼に起こされなければここで寝ていたかもしれない。風呂に入っている時は時間を確認しないからこれからはちゃんと確認しよう。


 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る