第11話 きりさく

 肉の砲弾と化した蛇頭がシアと激突する直前、一筋の銀光が空間を切り裂いた。

 そしてその銀光が飛来した蛇頭を縦に両断する。


 左右に分断された肉塊が正面のシアを避けるようにして通り過ぎると、その先で熟れた果実のようにぐしゃりと地面で潰れた。


 いつの間にかシアの両手には反りのある片刃の剣が握られている。

 切り上げた刃の先端からは蛇頭の体液が滴り地面を焦がしていた。


「うーん、相変わらずこのニホントーって武器は切れ味が良すぎて気色悪いわね」


『おいおい、旧人類の英知の結晶である高周波振動剣〈風薙かざなぎ〉に向かってなんてことを言うんだ。その機能美だけでなく、日本刀の美しい造形を忠実に再現してるんだぞ。見てみろ、蛇頭の酸の体液にも溶かされていない美しい刃文を』


「はいはい。何言ってるか分からない話は後で聞くから」


 再び飛んできた蛇頭の死体を、今度は〈風薙〉を真っすぐ振り下ろして両断する。

 その際に僅かに飛び散る体液がシアの訓練服を焦がし穴を開けるが、下にある白い素肌が溶けることはない。


 何故かといえば、現在のシアの体はナノマシンによって体組織の構造を変化させて硬化、及び強化しているからだ。

 先程の深淵歩きの尻尾の一撃を受けても無傷だったのはこれのおかげである。


 そして突如掌の中に現れた〈風薙〉も、シアの体組織をナノマシンで培養して生成した武器であった。

 三体目の蛇頭は横に飛んで躱したが、着地の際にシアの体が傾く。


「あー、ちょっとふらつくかも」


『そりゃそうだ。他者への細胞の譲渡に比べれば消費は格段に少ないが、アンディ君の治療のための消費がでかすぎた。だから千切れた腕は傷を塞ぐだけでよかったのに、自業自得だぞ』


「わかってるわよっ」


 シアが咆えながら四体目の蛇頭を両断し前方へ駆け出す。


 蛇頭の死体を執拗に投擲しているのは深淵歩きだ。

 器用に尻尾の先端を蛇頭の胴体に突き刺すと、持ち上げて力任せにシアへと放ってくる。


 頭部を傷付けられた深淵歩きは慎重になっていて、シアを近づけさせない手段として蛇頭の死体を利用していた。

 幸か不幸かシアが倒した蛇頭の死体は沢山転がっている。


「仲間の死体なんだから、大切にしなさいよ」

『仲間といっても広義過ぎるんだよなあ。同じ哺乳類くらいのくくりだから、仲間意識はないと思うぞ』


 五体目の投擲を上に飛んで躱したシアが両手持ちの〈風薙〉を振り下ろす。

 深淵歩きが下がって避けようとするが間に合わず、胴体を袈裟懸けに切り裂かれた。


 頭部とは違い頑丈なはずの濃紫の皮膚が易々と破れ、浅くない切り口から体液が大量に噴き出しシアに襲い掛かる。


 ある意味捨て身の攻撃を回り込んで躱したシアを捉えたのは、深淵歩きの両手に生えた鋭い爪だ。

 一本一本がシアの持っていた短刀より長く鋭いが、〈風薙〉の敵ではなかった。


 シアが〈風薙〉で切り払うと、微細な振動を高速で繰り返している刃が、全ての爪を分子レベルで半ばから切断する。

 短くなった爪はシアに届くことなく空を切った。


 火花を散らせながら宙を舞う爪を見て、深淵歩きは何を思うのか。

 口しか器官の無いのっぺりとした頭部からは何も読み取れない。


 故にそれが誘いだということにシアは気が付かなかった。


 返す刃で深淵歩きの首を刎ねようとしたシアであったが、突如視界から濃紫の巨体が消える。

 いや、消えたのはシアのほうであった。


 死角から忍び寄っていた深淵歩きの尻尾が、シアの胴体に巻き付き小さな体を持ち上げたのだ。

 蛇頭を砲弾の如く放り投げる膂力でもって、深淵歩きがシアの体を何度も地面に打ち付ける。


「シア」

「だい、じょうぶ!」


 悲痛なステラの叫びにシアは心配かけまいと食い気味に返事をした。

 地面が陥没するほどに振り回され叩き付けられても、シアの闘志はひとつも衰えていない。

 爛々と目を輝かせながら叩き付けに耐えつつ反撃の隙を伺っている。


 根競べはシアの勝利か。


 深淵歩きはシアを地面に叩き付けるのをやめると、尻尾で掴んだまま自身の正面へと持ってきた。

 そしてシアに袈裟切りにされた傷口から、未だに噴出していた体液を浴びせ掛ける。

 通常の生物なら十分致命の一撃であったにも関わらず、深淵歩きはその強靭な生命力で活動を続けていた。


 酸性の体液を浴びせ掛けられ、訓練服が溶けて白煙を上げていてもシアは冷静だ。

 尻尾の動きがようやく止まったので、何度も叩き付けられても手放さなかった〈風薙〉が振るえるようになった。


 シアはくるりと掌で柄を回して逆手に持ち替え、切腹するような仕草で腹に巻き付いていた尻尾を斬り付ける。

 すると碌に力も込めずとも、あっさりと尻尾は切断されて拘束が解かれた。


『シア、上だ』

「ん」


 地面に着地したシアの頭上から、ひと飲みにしようと大口を開けた深淵歩きの顎が迫っていた。

 腰元で柄を掴み直したシアが、今度は居合切りの要領で〈風薙〉を振り抜く。


 銀光が煌めくと、きん、という空気を切り裂くような音が響いた。


 次の瞬間、シアの目前で深淵歩きが巨大な顎をがきんと噛み締める。

 本来ならシアを飲み込んでから行なわれるはずだったが、ため距離が狂ったのだ。


 首を刎ねられ事切れた深淵歩きが大地に沈む。

 巨体と首の下に紫の血溜まりが生まれ、白煙を漂わせていた。


『シア、ここで残念なお知らせだ。あちらを御覧ください』


 アキに言われてシアが空中に浮かぶ亀裂を見やると、今しがた倒したやつと同じものがぼとりと落下するところだった。


「ふっふっふ……おかわり上等!」


「シア!準備ができた。下がるんだ」


 やけくそ気味に新手の深淵歩きに突っ込もうとしたシアをステラが止める。

 ステラが短杖を掲げて詠唱を始めると、短杖の先端に付いている真っ赤な宝石が大きく輝いた。

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