第2話 まなぶ
「お前がシアルファーネか!」
『シアルフィーネな』
「僕はアンドレイ・レヴェンシアニス。トーブス・レヴェンシアニスの嫡男だ」
翌日の昼、シアの部屋を訪れて正面で仁王立ちする少年が高らかに宣言した。
歳はシアと同じくらいだろうか、貴族らしい上品なシャツとズボン姿で、茶髪を短く刈り上げている。
焦げ茶の瞳は挑戦的にシアを少し高い位置から見下ろしていた。
「皆は親しみを込めてアンディと呼ぶが、お前は孤児上がりの養子だから駄目だ。聖女候補だから知らないけど調子に乗るなよ。シアルファーネ……は長いからお前のことはファーネと呼ぶ」
『間違った方で略すなよ』
「ぶっ」
「な、何がおかしい!」
アキの細かいツッコミに思わずシアが噴き出してしまう。
それを見たアンドレイは顔を真っ赤にして怒り出す。
十歳そこらの少年が怒り睨んできたところで、シアにとっては年下の幼児が喚いているくらいにしか感じられなかった。
孤児時代の命に直結する危機と比べれば屁でもない。
「失礼しました、アンドレイ様。私のことはもっと短い名前で呼んで頂いて構いません。どうかシアとお呼びください」
「シアか……まあいいだろう」
なかなか堂に入ったカーテシーを決めながらシアが提案すると、少したじろぎつつアンドレイが頷いた。
『孤児上がりのシアの貴族令嬢ムーブにビビってるみたいだな』
「いいか、ここでは僕が父さんの次に偉いんだ。シアは僕の言う事をちゃんと聞くんだぞ」
「承知しました。アンドレイ様」
従順な態度を見て満足したのか、側仕えのメイドを引き連れてアンドレイは大股で去って行った。
『あんなのと三日後から一緒に勉強するのか。大変だなあシアは』
「何他人事みたいに言ってるのよ、あんたも強制参加なんだからね」
『また俺をカンニングの道具に使うつもりだろ?楽ばっかりしてると、いつか一人になった時に苦労するぞ』
「今後一人になることなんてあるの?トイレもお風呂も一緒なのに。そういう時だけなんか急に無言になるのが逆に怪しいのよね」
『おおっと、人をロリコン呼ばわりするのはやめてもらおうか。プライバシーを考慮して最中は知覚をシャットダウンしてるんだから返事が出来ないのは当たり前だろう』
本当に見たり聞いたりしていないの?と若干疑っているものの、それを口にすると喧嘩になるので言わない。
シアとしては見られたり聞かれたりしても別に気にしないのだが……と言ってもやっぱり喧嘩になるので言わなかった。
三日間の絶対安静期があっという間に終わると、アンドレイと共通の家庭教師の元で勉強が始まった。
ぽっちゃりした中年女性の家庭教師はアンドレイが授業中に居眠りしたり、側仕えのメイドにちょっかいをかけていても「あらあら、まあまあ」で済ませて叱る事は一切無かった。
『これは酷い。貴族の一人っ子でしかも嫡男だから甘やかし放題じゃないか』
一方でシアは真面目に大陸共通語の文字を書き取りしている。
驚いた事にシアとアンドレイの学力に大差は無かった。
『孤児から貴族の養女になってまだ半年のシアと、生まれながらに貴族のアンドレイが同じ学力って控えめに言って終わってるだろ。しかもメイドの尻ばっかり撫で回してエロガキときたもんだ。シアもセクハラには気をつけろよ』
「先生」
「はいなんですか?シアルフィーネ様」
「うるさいって単語を教えてください」
『あ、それ俺に向けて言ってるね』
シアの唯一の側仕えであるマリスにもエロガキことアンドレイの魔の手は伸びたが、彼女は常にシアを盾にする位置取りで巧みに躱し続けていた。
『主を盾にするってどうなの』
「別にいいわ。マリスには恩がたくさんあるから、返せて嬉しい」
与えられている自室に戻ってきて、シアがベッドに寝転がりぐったりしながらアキの問いに答える。
貴族らしい振る舞いをしつつの勉強で流石に疲れたようだ。
『それにしてもシアにはちょっかいをかけないんだな。大人の女の体にしか興味が無いのか、それともシアが怖いのか。シアは目が笑ってないからなあ』
「私なんかに怖がってたら、師匠と会ったらどうなるかな?死ぬかな?……え、師匠来るの?私死ぬの?」
『自分で名前出しておいて混乱しないでくれよ。お義父さんが落ち着いたら呼ぶって言ってただろ』
シアには専属の家庭教師がいる。
師匠と呼ばれているその人物は冒険者を生業にしていて、依頼としてシアに魔術を教えていた。
魔法の使いすぎで未だに血色の悪いシアの顔色が更に真っ青になる。
『流石に養生中は手加減してくれるだろ……多分』
「それだ。弱ってるのを全面に出していこう」
『見破られたら限界までしごかれるやつだな、それ』
「よし、普通にしてよう」
師匠が到着するまでの間は平穏な日々が続く。
直接手は出してこないが、アンドレイは事あるごとにシアからマウントを取ろうとした。
最初はお前は養女だからと身分をかさに着て、ドレスは勿体ないからメイド服に着替えろだとか、自分の残した朝食の野菜を代わりに食べろだとか嫌がらせをしてくる。
アンドレイを叱れるのは両親だけなのだが、二人の目の届かない所でしか悪さはしないずる賢さは持ち合わせていた。
まあ貴族の子女としてアンドレイとは対等だと、大人たちの言質を取ってあるシアにはきっぱり断られて通用しなかったが。
「お前にこの問題は解けないだろう、シア」
「昨日アンドレイ様が居眠りしている間に習ったので解けますよ」
「なん…だと…」
『カンニング無しでも余裕で追い抜かしそうだなあ』
ならばと学力でマウントを取りに来たアンドレイだが、あっさりカウンターを喰らう。
元々地頭の良いシアは、スポンジが水を吸うかの如く知識を取り込んでいた。
孤児時代の貪欲さを捨てていないシアである。
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