養女になった幼女、養生先で養生する

忌野希和

第1話 ようじょうする

「いいかいシア、メイド長の言う事を聞いて静かにしているんだよ。決して魔法を使ってはいけないよ」

「はい、お義父さま。おとなしく養生します」


 豪奢な部屋のベッドに寝かしつけられた幼女が、か細い声で傍らに立つ義父へ返事をする。

 歳の頃は十歳くらいだろうか、透き通るような白い肌と銀髪が特徴的な幼女だ。

 幼女シアの言葉を聞いて年老いた義父エルドが相好を崩す。


「おや、随分難しい言葉を覚えたんだね。えらいえらい。そうだなあ、安静にしているだけだとシアも暇だろう。容態が落ち着いたらすぐにでも家庭教師も呼ぼうか」


 うんうんと頷きながらシアの頭を撫でるエルド。

 結構強めに、首が回るくらいぐりぐりと撫でたため、シアが家庭教師と聞いて引き攣った笑みを浮かべていたことにエルドは気付かなかった。


「それじゃあ私は領都に戻るとしよう。寂しい思いをさせてすまないが、ここには弟家族が住んでいるから心配はいらない。何かあれば彼らを頼るんだよ」

「はい、わかりました。お義父さま」


 にこにこと好々爺の顔つきをしたエルドとその護衛たちが部屋から出ていくと、シアはひとりきりになる。

 彼女はそのまま目を閉じて眠……らずに、くわっと目を見開いて勢いよく上半身を起こした。


「ふう、やっと帰ったわね。さあ私を治してよ、アキ」

『いやいや、今お義父さんに安静にしてろって言われたばかりじゃないか』


 不思議なことに、どこからともなく若い男の声が聞こえてきた。


「もちろん静かに寝てるわ。でもそれは体が治っていてもできるじゃない」

『君、まともに動けるようになったら絶対じっとしていないだろ?』

「……ちっ」


 不思議な声と当たり前のように会話しているシアが舌打ちをする。

 やれやれと言わんばかりに不思議な声の主であるアキが溜息を吐くと、こんこんとシアに説教を始めた。


『だいたい毎回君が無理をするからこうやって養生するはめになったんだ。何度も言っているじゃないか、その力は君の寿命を減らすから使い過ぎには注意しろって』

「それじゃあ折角来てくれた患者の人たちを見捨てろっていうの?」


『加減をしろって言ってるんだ。どうして肺の病で訪れたお婆さんの足腰まで治してしまうんだよ』

「よかったじゃない。曲がった腰が真っすぐになって。もう車椅子もいらないどころか、その場で走って帰れるわよ」


『その余分な力を温存すれば、他の人を治せるとは思わないのか?』

「他の人も余分に治すからいいの。孤児は貰った恩は倍返ししておかないとすぐに舐められるのよ」


『そんな銀行マンじゃないんだからさあ。というか君はもう孤児じゃないだろう』

「ぎんこうま?ちょっと何言ってるか分からない」


 二人で言い合っているとドアがノックされた。

 シアが慌ててベッドに横になるのと同時に一人のメイドが入ってきた。

 クラシカルなメイド服に身を包んだ、金髪碧眼で凛とした雰囲気がある妙齢の女性だ。


「シアルフィーネ様、お加減はいかがですか?」

「……」


「寝たふりをしても駄目ですよ。いつもの独り言が部屋の外にまで聞こえていましたから」

「……ちっ」


 渋々上体を起こそうとしたシアの両肩に手を置いて阻止すると、メイドは上半身の毛布だけ捲ってシアの触診を始めた。


「舌打ちも独り言も領都のお屋敷ではしても良いですが、ここでは気を付けてくださいね。シアルフィーネ様はレヴェンシアニス侯爵家の養女なのですから、相応の品位を保たねばなりません」

『そうだそうだ、もっと言ってくれロッテンマイヤーさん』


 ことをいいことに野次を飛ばしてくるアキに、彼女はそんな変な名前じゃないとツッコミたかったシアだが我慢する。


「ぐぬぬ……マリスまで説教するのね」


「侯爵家令嬢としての立場だけではありません。今はまだ候補ですが将来的には地神教の聖女様となられるのですから、神学校へ入学するまでに最低限の常識を覚えて頂かないと」


「だから独り言じゃないんだってば。って言っても信じてもらえないのね」


「いいえ信じていますよ。シアルフィーネ様は聖霊様とお話できるのだと。ただ事情を知らなければ独り言に見えてしまい、中には不信の目を向ける者も出てくるでしょう。不要な隙を晒さないようにするのも、ひいてはご自身の身を守ることに繋がるのですよ。……顔色はよくありませんが、熱もありませんし大丈夫そうですね」


 マリスのひんやりとした手の平で額を撫でられて、シアが気持ちよさそうに目を細める。


「食欲はありますか?」

「あるわ」

「度重なる魔法の使用で消耗しているのですから、食欲があるのは何よりです。それでは夕食の時間になったら起こしますから、それまでは大人しく寝ていてくださいね」


 食い気味に返事をしたシアの頬を愛おしそうに撫でると、毛布を元に戻してマリスは部屋から出て行った。


「何よ?食い意地が張ってるとでも言いたいの?」


 マリスが去ってからもアキが無言なことに含みを感じたのか、シアが問い詰める。


『いいや、ナノマシンの過剰使用……この世界の人間の言うところの魔法で消耗した君の体組織の修復には、食事と睡眠が一番効果的だ。つまり食っちゃ寝を推奨する身としては、孤児時代のように食い意地が汚いほうが理に適っている。精々健康的に太ってくれよ。改めて説明するけど君くらいの年齢の子が一日に必要とするエネルギーは千五百キロカロリー程度だ。これはあくまで成長期の体の維持に必要なカロリーで、ナノマシンで消耗した体組織の回復に栄養を回すにはこの倍は摂取して欲しいな。あとナノマシンの使用で消耗する体組織の量を考慮すると、安全に他者を治療できるのは症状にもよるがおおよそ一週間に一人までで……』


「あーーーうるさいっ。私はマリスに言われた通り夕飯まで寝るの。意味不明なことを早口で言わないで。あんたの声は耳を塞いでても勝手に聞こえてくるんだからやめてよね」


 シアがうんざりといった顔をして頭から毛布をかぶった。

 休息を欲している体は正直なもので、その数秒後には早くも寝息が聞こえてくる。

 シアには養生が必要だという紛れもない証拠であった。


 小言を聞かせれば嫌がって不貞寝するだろう、というアキの作戦が功を奏したわけだが、こういう気遣いを常々されていたことにシアが気付くのはだいぶ先の話である。

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