女神候補生とヤバい相棒2(KAC2024)

ファスナー

女神候補生とヤバい相棒2


『わた…私の…聞こえ…』


誰の声だろう?

どこからか分からないが女性の声が聞こえてきた。


気になった少年はフラフラと家の中を散策しだした。

ここフィルシード家は由緒正しい伯爵家。

館は古いものの10歳の少年にとってかなり広い。


『誰か…、私の声が聞こえますか?』

少年の耳に声がはっきりと聞こえてきた。どうやら近くなってきているみたいだ。


少年が声を頼りに歩き回っていると、古い納屋にたどりついた。

ここは骨董品を趣味にしていた曾祖父さんのモノが収められている。


「ここから聞こえてくる。」

少年は独り言ちると、閂を外して納屋の中にはいる。


『私の声が聞こえますか?』

その声は納屋の奥にある30cm四方の黒い箱からだった。


「なんだ、この箱は?」

そして少年は魅入られたように黒い箱を開けようとするも開かなかった。

鍵穴などは無いようで、中にある何かがつっかえているようだ。


「何か引っかかってる。

 いや、力を入れれば開けれそうだな。」

少年は目いっぱい力を込めた。


パキッ

すると、何かが折れる音が聞こえて黒い箱が開いた。

箱の中から黒い靄のようなものが出てくると、霧散して消えた。

少年は改めて箱の中を覗き込んでみるが、そこにあったのは折れた木の棒だけ。


『ありがとう。人の子よ。

 お蔭で私は自由になれました。

 お礼としてあなたに特別な力を授けましょう。』


その声に少年は何か薄気味悪さを覚えた。

だから、その申し出を断ろうとした瞬間、少年の意思とは関係なく眩い光に包まれた。


■■■


目を開けると、いつもの天井がそこにあった。


「はは、久しぶりに見たな。

 まさかまだ俺に未練が残っていたとはな。我ながら女々しいもんだ。」

ベッドから起き上がり独り言ちた。


俺の名はフィルシード=ストーム。

フィルシード伯爵家の現当主である父、フィルシード=アングラシスと元侯爵家令嬢の母ファリーナの間に生まれた長子で次期当主。

そんな母は数年前に病気でこの世を去り、父は新たに愛妾ベラと2人の息子を館に住まわせた。


そんなことを思い出していると、コンコンッとドアをノックする音が聞こえてきた。


「なんだ?」

冷たく鋭利な声が出た。


「ス、ストーム様。おはようございます。

 朝食のご準備が出来ていますが、お着替えはいかがいたしましょう。」


緊張した声が伝わってくる。

彼女はこのフィルシード家で働くメイドのマリで3年前に入ってきた。


【ああ、ドア越しでも慣れないわ。

 どうして旦那様はこの男を廃嫡して下さらないのでしょうか。】


マリの心の声が俺に伝わってきた。

俺の機嫌を損ねることを極端に恐れているからだ。


使用人たちの中で、俺は悪逆非道な伯爵家の暴君と呼ばれている。

そしてその評価は概ね正しい。


「ああ、着替えはいつも通り不要だ。自分でできる。

 朝食は10分後に向かうと伝えておけ。」


「か、かしこまりました。」

俺の素っ気ない言葉に、どこかホッとした声で返事をしたマリはさっさと去っていった。


俺は自室の鏡で母親譲りの金髪を整えながら、自分で服を着替えた。

本来、貴族というのは着替えをメイドに手伝わせるのが一般的となっている。

だが、俺は10歳の時からそれを拒否して一人で着替えるようになった。


その原因は、当時10歳だった俺が納屋で黒い箱を見つけ、そこで特殊能力を授かってしまったからだ。

この能力は人の心の声が聞こえるというもの。

誰が何を考えているか、それが俺には筒抜けになってしまう。


ニコニコと友好的な表情を浮かべながら腹の底の嫉妬や侮辱といったドロドロとした感情が聞こえてくるのだ。

まだ少年に過ぎなかった俺は大いに戸惑い、人間不信に陥った。


着替え終わった俺が食堂に向かうと既に4人の男女が座って朝食を取っていた。

当主である父アングラシス、父の愛妾ベラ、その息子であるアイザックとライアンだ。


「今日もまた寝坊とはいい身分だな、ストーム。」

カイゼル髭をいじりながらジロリと睨みつけてきたのは父アングラシス。


【いつ見ても忌々しい。だが、まあいい。それも今日までだ。

 侯爵家との繋がりが必要だったから今日まで我慢していたがやっとそれも終わる。

 母を亡くして自棄になったのか、素行不良になってくれて良かったわい。】


父の心の声を聞くに、どうやら俺を追い出す算段が付いたようだ。


「おはようございます、父上。

 大変申し訳ございません。夜遅くまで勉強していたものですから。」

俺は努めて感情を出さないように答えた。


「まぁいい。後で話がある。

 朝食が終わったら儂の書斎まで来るように。」

そう言い残して父はさっさと食堂から出て行ってしまった。


「おはようございます、ストーム様。

 あまり夜更かしはされませんよう。無理は大病の元ですから。」

さも心配そうに声を掛けてきたのは愛妾ベラ。

茶髪で内巻きボブの髪型をした彼女は2人の子どもを産んだとは思えないほど若く、男であれば庇護欲をそそるタイプなのだろう。


【まったく邪魔な男。忌々しいあの女の面影がムカつくわね。

 でもまあいいわ。旦那様もようやく目途がついたと言っていたし。】


俺は全く惹かれないがな。このとおり腹の内は真っ黒なのだから。


「おはよう、兄さん。母さんの言う通りです。無理はしないでください。」

愛妾ベラに賛同したのは次男のアイザック。

彼は俺の1つ下の17歳、凛々しい顔立ちで武力に秀でた男。槍術ではフィルシード領内で10本の指に入るほどの実力者だ。そんな彼は優しい一面もあり使用人たちの間でも評判が良い。


【正妻の血だけの無能が。次期当主候補の座から引きずり降ろしてやる。】


しかし、それは表向きの顔。裏では自己評価が高く他者を見下す傾向をもつ。

流石はあの女の息子、腹に一物もってやがる。


「兄様、おはようございます。」

そして、三男のライアンは今年で成人の15歳。母親ベラ譲りの庇護欲をそそる甘いマスクで、さらに学院で5指に入るほど賢い頭脳を持っている。

彼もまた館で働く者たちからの評判が高い。


【父さんが動くようだね。これは面白くなってきた。

 このカスが居なくなれば、あとは兄さんだけだよ。ふふふ。】


当然だがこの三男の猫を被っている。

腹に抱えるものはこいつが一番黒いんじゃないかとすら思っている。


「ふん、お前たちに気を使われるほど落ちぶれておらんわ。」

俺は激高しながら着席して朝食を食べ始めた。


【いつもの癇癪。

 あの暴君のせいで被害を被るベラ様たちが可哀想だわ。】


【さっさとあの暴君を廃嫡しろよ。】


使用人たちからの心の声が一斉に聞こえてくる。

彼らの俺に対する好感度はゼロどころかマイナスに振り切れている。


我儘で横柄、それでいて武に秀でているわけでも智に秀でている訳でもない。

伯爵家という肩書を笠に着た無能で、百害あって一利なしの存在だからだ。


俺という存在は彼らにとって迷惑でしかないだろう。

まぁ、俺もワザとそうしているからな。


何せ心が読めるようになった10歳の頃から、俺の生きる世界は地獄と化した。


【忌々しいガキめ。だが、今は何も出来ん。

 あの女が死んだ今でも侯爵家との繋がりが保てているのだからな。

 こやつが無能なら良し。だが、もし有能ならその時は―――。】


実の父親から憎まれていることを知った。

母親の死後、愛妾とその子どもがやってきた。

使用人たちは当初反感を持っていたものの、すぐに彼らの味方になり俺の敵になった。

愛妾ベラと彼女がつるんでいる輩たちが俺の出鱈目な悪行を流布して回ったからだ。


『ストーム、私の可愛い息子。よくお聞きなさい。

 正しい者が常に認められるとは限らないわ。特に私たち貴族はね。

 私はもう長く生きられないから、あなたを守ってあげることはできないわ。

 だから…、強く生きなさい。』

周りすべてが敵に回ったと理解した時、今際の際に母が言った言葉を思い出し、その意味を悟った。


清廉潔白で正しくあろうとしても悪意をもって俺を貶めてくる輩がいる。

そんなに俺を悪者にしたいのなら、いいだろう。とことん悪になってやるさ。


その日から俺は市井の商人を脅して金品を要求し、気に入らない子どもは理不尽に殴りつけるなど、愛妾とその一味あいつらが流布した悪行を本当にしてやった。

とはいえ、対象は暴利を貪る悪徳商人や、権力を笠に着て悪さをするクソガキとかだけどな。


その話を聞いた父は俺を廃嫡するいいネタができたと嬉々として笑っていた。

一方、愛妾のベラは顔を真っ青にしていた。

ストレス発散と自分の子を伯爵家の後継者にするために俺を印象操作で貶めてきたが、まさか事実になるなんて思ってもみなかっただろう。


それからというもの、ベラは俺を見るなり不安そうにしている。

はは、ざまあみろだ。しかし、それも今日で終わりだな。


■■■


朝食を終えた俺は今、父の書斎にきている。


「これは何だ?」

バサリと机の上に置かれた書類の束。

そこには、俺の悪行が事細かに記録されていた。


「さあ、身に覚えがありませんね。」

俺は肩を竦めてとぼけて見せた。


「ではこれは?」

次に出されたのは請求書の束。

衣類や宝石など、俺宛の請求書が積みあがっていた。


「さぁ、私には分かりかねます。」

そう答えたが、俺は心の中で思わず感心してしまった。

請求書の中には確かに俺がツケ払いで買ったものも含まれていたが、だ。

恐らく愛妾や兄弟たちが俺の名を使ってツケ払いしたのだろう。


「…そうか。今日という今日は堪忍袋の緒が切れた。

 ストーム、貴様を廃嫡する。

 これ以降、フィルシード家の名を出すことは許さん。」


「いいのですか?侯爵家が黙っていませんよ?」


「そちらは既に根回し済みだ。

 お前のような不出来な子は向こうもいらないそうだ。

 せめてもの情けだ。金貨10枚を餞別としてくれてやる。」


こうして、俺はシルフィード家から廃嫡されて追い出された。

しかしそれは俺も望むところだった。


俺が廃嫡されてしばらく経った後、冒険者になった俺は、シルフィード伯爵家は大飢饉に襲われ大変な目にあったと風の噂で聞いた。


「はっ、ざまぁみろだ。」

今朝の新聞を読みながら俺は独り笑っていた。


「大変だ。スタンピードだ。魔獣が出たぞー。」

街の門番が鐘楼を鳴らしながら大声で叫んでいた。


その直後、俺の目の前に大きな狼が現れた。

それは、災害級の魔獣と言われるブラックウルフ黒狼


「はっ?」

俺は成す術もなくひと噛みで食いちぎられた。


■■■


「なるほど、歪んでて面白そうじゃない。」

縦ロールにセットしたブロンドの髪の少女はそういって口角をあげた。

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