壊し愛（統合版）

5．☕💊❤️

入念に洗って、肌ケアもして、髪も乾かして、処理もして。

何ヶ月ぶりなのか、というくらいちゃんと整えた姿になった気がする。

寝る前だから化粧なんかはしないけれど、またそのうちお出かけできる時とかあったら、少しオシャレもしたいな。

部屋に戻ると、愛しい愛しい優藍がいて。

机の上には、マグカップが二つ置いてあった。

「……ココア？」

「正解」

「優藍もココア、飲めるの？」

珍しく、どちらにもその茶色が注がれていて、片方は色が薄く、もう片方は濃い。

薄い方にミルクが入っているだろうから、そちらは私のだろう。

「純粋なココアパウダーからミルクや砂糖を足してるから、調節が効くんだよ」

「ということは……優藍の方は苦め？」

「そういうこと」

優藍は、甘いものが苦手という訳ではないらしい。

けれど、私ほど甘みの強いものを好んでいるわけでもないらしい。

私はかなりの甘党だから。

「ココアは好きだけど……私、優藍のくれたココア飲むとすぐ眠くなっちゃうけどいいの？」

「うん、今日は疲れさせ過ぎたからゆっくり休もう。それに今日はまだ入れてないから」

「……入れてない？」

変な言い回しをする優藍に、小さな引っ掛かりを覚える。

なにを入れてないというのか、ココアはもう既に入っているし、ミルクも入ってるようだし……。

すると、机の上に錠剤を置いた優藍が、私を手招く。

「何これ」

「眠剤」

「みん………………え？」

みんざい、ミンザイ……眠剤……？

眠る時の薬……？

「え？」

「今日は入れてないから。もうそういう小細工いらないかなぁと思って」

「………………え？」

話の流れからして。

まるで今までずっと入れられていたかのような言い方に聴こえるのだけれど。

「……優藍？」

「うん？」

「……ずっと、これ入れて、眠らせてたの？」

「だってあかね、不眠なのに眠剤だけは頑なに拒否してたでしょう？」

…………そういわれてみれば。

薬を貰い始めた頃、この男のいる家で爆睡なんてしてられるか……って、拒否してた気がする。

彼に仕返しされたり殺されるくらいなら、深い睡眠とってなんかいられない、って。

「……それで、ココアに入れてたの……？」

嘘、全然気付かないくらい自然な眠りだった……。

「眠剤って、起きられなくなったり頭痛とか副作用とかあるんじゃないの……？味、とか」

そう、薬のような味なんて全く感じなかったから、気付かなかったのだ。

副作用だってなかった。

「種類によるかな。市販のものは、あれは別の薬の副作用を利用して眠気を誘う睡眠改善薬。次の日まで眠かったりするね」

「睡眠改善薬……お医者さんで貰うものと違うの？」

「医療用のは睡眠導入剤。効きも短時間のものから長時間のものまであるし、強めだったり弱めだったりも種類がたくさんある。依存性もあるものが多いけど、低いものも出てる。無味のものもあれば苦いものもある」

種類が、たくさんあるということは、わかった。

それに、もし依存性があったならきっと、このココアを求めて仕方がなくなってしまっていただろうから……きっと依存はしていない。

ココアは元々好きだったし、その域は越えていないから。

私はその、錠剤の入った銀色のシートに視線を向ける。

「……つまり、コレが無味、で、依存性……ないもの？」

「依存性の限りなく低いもの、かなぁ。完全に0とはいえない」

「……そう」

だから、ココアを出してくれるのが夜中のことが多かったんだろうか。

夜中や明け方、私が起きていた時……。

それは、本来寝る時間であるのに、寝ずに活発でいた時間。

そこで強制的に意識を落とされていた。

「良くはない方法だから、これからは自分のタイミングで飲んでくれると嬉しいんだけど」

「……優藍」

「ん？」

「……ありがと」

私が眠れないから、眠らないから、色々考えてくれてたんだと思う。

方法は酷いと思うけど。

でもそのおかげで、私の回復はきっと早かった。

「あかねに、これ以上苦しんで欲しくなかったからね」

そう言って彼がマグカップを持ち上げるから、私も薄い茶色の入ったマグカップを手に取る。

こんなカップ一杯分の中にまで彼の愛情が込められていたのに、どうして気付けなかったんだろう。

口に含めば、いつも通りの私の大好きなまろやかな甘みが広がる。

彼の愛を飲み込んでいるようで、少しだけ気恥ずかしくなった。

それから、彼と一緒に梨を食べた。

一欠片分を時間をかけて、ゆっくりゆっくり食べる私、向かい側でサクサクどんどん食べ進めてしまう優藍。

こうして向き合って食べていると、ふと考えてしまう。

もしこの先、デートとか、何かの会食とかで他の人の目がある所で食べるような事態が起きた時。

今の私のままだと、ほとんど食べられずに終えてしまうだろう。

一緒にいる優藍が、変な目で見られてしまうかもしれない。

気を使わせてしまうかもしれない。

そう思うと、この症状を早いところ改善して行かなければと思い、その勢いのまま次の梨に手を付ける。

正直、既にもうお腹いっぱいなのだけれど。

「……あかね？」

「………………ごめん、ムリだった」

それも、一口含んで気持ち悪さが広がった。無念。

ゲホゲホッと噎せる私の背中をさすってくれる優藍。

ごめん、気合いでどうにかなる気がしてた、一瞬だけ。

でも無理だった。

目の端に涙が浮かぶのは、苦しいからか、悔しいからなのか。

「ムリしないで、あかね。この前まで全然食べられなかったんだから」

「……でも、んむっ」

「吐く？」

首を横に振る。

これくらいならまだ大丈夫そうだ、しばらくキツいかもしれないけど戻さなくて済みそう。

なんて情けないんだろう、食べ物を満足に食べることすら出来ないなんて。

生き物なのに、こんなに生きているのに向いていないなんて。

というかよくこれで生きていけてるな、人体って不思議だ。

ユラがコップに入れてくれたお水を飲み、気持ち悪さを奥の方へと流し込む。

胃が重いけれど、まぁ大丈夫そうだ。

「ごめん」

「だから、悪くないのに謝らないでって言ったでしょう？」

「ご……うぅ、ありがと」

「俺のことは気にしないで、自分のことを労わって。ただでさえ今日はいろんなことがありすぎたんだから、体も疲れてるでしょう？」

「……うん」

少し体を横に倒して、優藍の膝に頭を乗せられる。

ひざ…………膝、枕……。

「優藍」

「ん？」

「……優藍と外、しばらく行けないかも」

不安になってくる私の目の端から、涙が落ちる。

あ、ダメだ、この感覚。

不安で、怖くて、優藍が離れて行っちゃいそうな気持ちになる。

「どうしてそう思うの？」

「……まともに、食べらんないから」

「それが気になるなら、外で食べなければいい。買ってお家で食べることも、一つ買ってあかねが一口食べるのでも、いくらでも楽しみ方はあるよ」

「……でも」

そんな不安になっている私をよそに、ゴソゴソと何かをいじっている優藍。

私は、こんな顔なんて優藍に見せられなくて、床の奥に視線を向ける。

パキッという音が聞こえると、見下ろしてくる優藍の声が落ちてきた。

「ちょっと、我慢して」

「？なに……んむっ！！！」

突然降りてきた優藍の唇に塞がれると、開かれる唇の隙間から流れ込んでくる、水。

ごくり、と喉を通る時、何か粒を飲み込んだ。

目を見開いて優藍を見上げる私、零れた水をペロリと舐める優藍。

「……なに」

「薬、まだ飲んでなかったでしょう？」

「…………あ」

今のタイミングで飲まされた薬に、私は優藍の気付いたことに気付く。

今の漠然とした恐怖が、薬を飲んでいなかったことで不安定になっていたのだと、優藍は気付いたんだ。

すっかり忘れていた、薬の存在。

「ね、疲れてると判断力も落ちるから。今日は休もうね」

こくり、彼の言葉に頷く。

優藍がいてくれると、自分が気付けなかったことでもフォローをしてくれる、とても有難い。

そして変にこちらの感情に引きずられない分、遠慮なく動きやすいし、話しやすい。

優藍が、優藍でよかった。

優藍に捕まって、よかった。

それからいつもより早い時間に寝た私と優藍は、私の部屋で、一緒に眠った。

たくさんのキスを浴びて、優しく甘やかされるような言葉の中、飲んだ睡眠薬が効いて緩やかに、気持ちよく、心地よく、意識を落とした。

それから首元に這うぞわぞわとした違和感で目を覚ます。

……ぞわぞわ？

腹部に回った腕が肌を直接撫でているのを感じると、耳たぶに暖かなものが纏わり付き、ちゅぷんと音を立てて離れる。

「……なに、して」

「起きた？」

なんだ、この体勢は。

脚を上から挟まれるように巻き付けられ、身動きが取れない。

首元にまたぞわぞわと、暖かいものが這うと、ちゅっと強く吸い付いた。

私、襲われてない？

上に乗り上げて来た優藍が私の顔を覗き込むと、とてもいい笑顔を向ける。

「おはよう、あかね」

「おはよ……って、手」

「うん、すべすべで気持ちいいね」

そうじゃない、どこ触ってんだ。

すっかり優藍の表情もはっきりと見えるくらいに明るい部屋。

朝日……にしては高い位置にある、太陽。

「まって今、何……ひゃ」

「あかね12時間も寝てたよ。そろそろ起きてもいいんじゃない？」

「嘘っ……！？」

妙にスッキリとした頭の中、優藍の触れる指先に翻弄されつつ状況を飲み込む。

いや、状況を飲み込むも何も、私は今起こされながら襲われている、それ以外に説明のしようがない。

「ばっ、ばか、明るいのにっ」

服を捲られ、腹部は既に出ている。

布団なんて床に落とされて、隠せるものを既に排除されている。

「俺に、夜まで待てって？昨日我慢したでしょう？」

「……っ」

確かに、体のことを優先して、休ませてくれた。

当たり前のように私の気持ちも体も優先してくれる優藍、でも我慢してないはずがない。

お風呂でだって今思えば、よくあれで我慢出来たものだと思う。

今だって、12時間も寝ていた私と同じ時間、優藍が寝ていたはずがない。

何時間も待っていてくれたと思うのが自然だ。

「ゆっくり、たくさん眠れたでしょう？やっぱり疲れてたんだね。無理させちゃってたね」

労るような言葉とは裏腹に、服を捲られナイトブラの横からゆるゆるともみ込まれていく。

ちょ、アンタ言ってることとやってることが全然合わないんだけど！！

「無理、させないんじゃ」

「うん。たっぷり休めたから、今度はちょっと運動も必要だね」

「運動、って……」

爽やかな日差しの中、その瞳は獲物を捕らえて逃がさないような目付きを向けていた。

……あ、これガチなやつだ。

これはもう、逃げられない、やつだ。

鎖骨を撫でられ、下に降りてくる指先が、ふと止まる。

ふふっと息を吹くように笑った優藍に目を向ければ、優しい瞳がそこを見つめていた。

「昨日付けた跡、やっと確認出来た」

「……付いてる？」

「うん、俺の印」

その上から柔らかいキスを落とした彼は、その隣をまた強く吸い上げる。

まって、さっき首も吸ってなかった？

「跡、付けすぎ」

「足りない」

ちゅ、ちゅ、とキスを降らせながら上ってくる優藍と共に、ルームウェアまでいつの間にか首から抜かれていた。

ようやく唇に降ってきた彼の温もりを感じながら、この心地良さがやっぱり好きだと強く感じる。

もう、優藍しか見えない。

他に不安を占める要素も、壊したい衝動も、他の誰かを気にする必要も、私からはなくなった。

意識をかつて占めていたことはすべて、過去になり、彼しか見えないように、洗脳されてしまった。

暖かで、心地の良い、洗脳だ。

膨らみの先端を遊ぶようにして弄る彼に翻弄される私。

もう恥ずかしさとか、全部見られてしまう自分の姿のこととか、考えられなくなるくらいに触れられて。

舐められて、撫でられて、包み込まれて、彼の余裕のない香りにとろけて、落ちていく。

いつの間にか脱ぎ去っていた彼の胸板の先に指先で触れると、ピクリと彼も反応した。

「……男も、感じるの？」

「らしいね」

また少し知れた優藍に、嬉しくなってそこへ口付ける。

らしい、ということは、どちらだったのか。

知っていたのだろうか、知らなかったんだろうか。

ううん、どっちでもいい。

私がこのことを知ったこと、その事実だけが嬉しい。

夢中で食んでいると、自分の同じ所もいじられ、背が反る。

気持ちよくさせたい、気持ちよくされたい、集中したい、出来ない、余裕を奪われていく。

結局私の収穫は、耳と、首周りと、胸元、それしかわからないうちに彼のペースへと呑まれていった。

余裕もないくせに、私の体も心も隅々まで愛してくる。

数え切れないほどのキスを落として、指の先から、関節から、付け根まで。

刺激をされて、口付けられて、またやさしく、包むように撫で回される。

愛しいが溢れて止まらないような愛撫に、私も彼の肩や指先を甘噛みする。

とろける蜜に触れられれば、そこから先は、まだ彼を感じたことの無い場所。

そして、小さな不安が差し込む。

その『痛み』にはどうしても、慣れる事が出来ていなかったから。

顔を上げた優藍が、固まっている私に気付く。

「怖い？」

優藍は、きっと痛くしないでくれる。

きっと無理やりにはしない、そういう人だとわかっている。

それでも、過去に与えられた傷や屈辱、恐怖心は、どうしても拭えなくて。

「怖くないって言えば、嘘になる」

「……そう」

「それでも、私は優藍が欲しい」

この恐怖心を越えない限り、いつまでも私は、優藍を受け入れられないままになってしまう。

そんなのはもちろん、嫌だ。

最後に入れられた記憶があのクズ野郎ってことにも、耐えられない。

「優藍が、上書きして」

「……いいの？しばらくしてなかったなら、痛いかもしれない、けど」

「……優藍は、無理やりは、しないでしょ」

少しずつ、少しずつなら、優藍にならきっと任せられるから。

優藍が私のこの苦しかった記憶を、書き換えて。

潤む視界の奥で、優藍が膝にキスを落とす。

私が最後に越えるべき壁。

トラウマである、行為。

ゆっくりと顔に近付いた優藍がまた、私にキスを落とす。

不安を取り除くように、大丈夫だと安心させるように。

「こんなに溢れているんだから、きっと大丈夫。あかねはそのまま、俺を感じてて」

「……うん。もっとちょうだい、優藍」

「ほんと、可愛すぎる」

キスを繰り返すと同時に触れられたそこを、ヌルヌルとマッサージするように摩られていく。

心地の良い、優しい刺激が、緩やかに広がっていく。

深くなっていたキスもそこそこに顔を上げた優藍が、どんどん下へと降りて行き、ももの内側へとキスを重ねる。

恥ずかしさで見ていられない私は、枕をギュッと掴んで、ただ優藍からの刺激を感じることだけに徹していた。

突然ぬるりと感じた下の感触に、体が大きく跳ね上がる。

なに！？と言葉にする余裕もなく、柔らかでザラザラとした感触が絶え間なくそこを撫で続け、かと思えば食まれ、吸われ、また撫でられる。

頭を振り乱す程に余裕を無くしているうちに、その下を指先が一本、二本と飲み込んでいく。

痛くない、確かに痛くないけどこれは頭がおかしくなるくらい刺激が、気持ち良すぎて。

だめ、おかしくなる。

また「ダメダメダメダメ」と繰り返す唇に、反応するように手に指先が絡みつく。

その口と、入れている指は、ゆるりゆるりと動かしたまま、重ねるように絡められる指先。

あぁ、優藍だ。

私のことを一番に考えてくれている、優藍の指先だ。

手の甲を優しく撫でられれば、不安になっていた気持ちが彼からの刺激を求める。

目の端から流れ落ちた雫の意味は、わからない。

震える指先と腰がもっと先を求めれば、少しずつ大きくなっていく刺激。

求めて、震えて、ギュッと握りしめて爪を立てて。

そして、弾けた快感に、また意識が──。

「今日は落とさせない」

胸に歯を立てられた刺激に、急激に覚醒した。

沈み込みそうになっていた意識が覚醒し、噛み付いたそこをさらにグリグリと押し込む舌先の刺激に、視線を落とす。

彼と重なった視線、その先でニヤリとした意地悪い笑みが、楽しそうに歪む。

「痛かった？」

「……いや、びっくり……んっ」

「よかった。じゃあまだ頑張ってね」

そんな、気持ちのこもっていない応援をされると、まだ中に入っていた指先が動き出し、とろみの絡みついた突起も撫でられる。

再び襲いかかる強い刺激に脚が暴れようとするも、彼の膝に抑え込まれていて動けなかった。

なぶり、散々そこを遊んでいた唇が、今度はその柔らかい肌に吸い付く。

いくつ、付けられたのか。

気付くと吸われている気がする。

舌先で撫でながら腹部まで降りてきた唇がまた、そこに何度も口付けて、吸い付き、跡を付けていく。

いくつ、付ける気でいるのか。

「なんで、そんなに……」

「……12回って言ったの、忘れた？ほら、思い出して」

そんな余裕なんて全部全部削り取っている張本人が、なんてことを私に要求しているのか。

奥まで入った指先に揺らされながら、考える。

……いや、何も考えられなかった。

中は思っていたほど敏感ではないようだけれど、その外側にある突起の刺激が尋常じゃない。

前も思っていたけれど、なんでこの撫でるような弱さで暴力的な快感が引き出されてくるのか、意味がわからない。

そのくせ、止められると物足りなくなる。

いつの間にか欲に溺れている。

これまで経験してきたクズ行為は、強引に押し広げられていて痛かったし、その突起だって早く擦られてばかりでただ痛かった。

爪の先で弄られるなんて言語道断、なぜ指先、爪の先ばかりしつこく使って来たがるのか、それをまず知りたかった。

どっから仕入れてきてる間違いテクだ、痛いって訴えてたじゃないか。

指の先でも痛いんだよ、側面や指の腹を使えっての。

奥なんて吐きそうになるくらい痛かった、内臓を攻撃されていた。

奥の痛みと胃腸を潰されてんじゃないかってくらいの圧迫感に、まじで口から出そうになってた。

地獄でしかなかった。

まず性器は内臓だという、よくよく考えれば当たり前のことが忘れられていないだろうか？

そんな酷い経験しか無かった私は今、中がこんなに鈍くじわりとほのかに刺激を感じるものなのだと、初めての体験をしている。

指だろうが、入れられているのに痛みを感じないなんて、初めてだった。

痛くない、ただ、そこに入っている違和感があるだけ。

そんな、とろけそうなのに呼吸を整わせてはくれないような絶妙な刺激に溺れている私は、考える機能が停止してしまっている。

『12回』

けれど、なんか、どこかでその数字は聞いたような気がしていた。

再びゾクゾクと腰から背筋にかけて走る感覚に溺れていると、膝裏を持ち上げてまた吸い付いていた彼が舐（ねぶ）るような視線を向けてくる。

快感の波が大きくなり、もう少しでまたいきそ……と思っていたのに、その指先はピタリと中で止まった。

大きく息切れを起こしながら、彼を見上げる。

なんで、今、そこで、止めたの……？

達しそうな波がゆるゆると小さくなってくるけれど、もの足りずにムズムズと、その先を欲しているのがわかる。

「ほら、今だよ。ちゃんと思い出して」

今？なに、思い出す……？

思い出す……？

さっき口に出していた優藍の言葉を思い返す。

『12回』

その中途半端な数字を、どこかで確かに聞いた。

最近聞いた……あれ。

思い返すのは、薄暗い地下。

あのビルの廊下をお姫様抱っこで歩かれて、帰ろうとしていた時のこと。

『あかね、12回目』

『なに、その数字』

『あかねが今日佐渡を呼んだ回数』

「──あ」

完全に忘れていた、そんな話。

ていうか覚えていたのか、この男。

「思い出した？」

むにっと下の突起を親指で押されると、ビクッと腰が揺れる。

答えろと急かされているようだ。

「さわ……あの人、の、呼んだ数」

「よかった、思い出せたね」

またゆるりゆるりと再開された指の動きが、焦らすように入口をいじる。

私、今絶対、弄ばれてる。

「そんな、嫌？」

「嫌は嫌なんだけど、いつまでもこんなこと言ってられないよなぁとは思ってるよ」

「なら、焦らさないでよ」

「あかねが可愛すぎて、やめたくないなぁ」

入口から内側に入ってくると、指を折って手前を探るように刺激される。

なんか、ムズムズする。

「痛い？」

「……痛くない」

「じゃあ気持ちいい？」

「……っ」

中を摩る指先が、だんだんと強くなってくる。

また突起をグリッと押し込まれると、大きく艶やかな声が出てしまって、思わず口を塞ぐ。

もう、遅いけれど。

「なに？その声」

「……っ別に」

今度は円を描かれるように柔らかにさすられると、さっきみたいな強さはないのにどんどん余裕が削られていく。

優藍と眼が、怪しく私を見つめる。

体を起こして私のすぐ目の前まで顔を寄せると、視線を逸らすことが許されない距離で囁かれる。

「顔、真っ赤」

「……は」

「体も熱くて、目も潤んでて、俺の動きにいちいち反応してくれて、ずっと眺めていたいくらい可愛い」

指先に絡んでいた彼の指が、胸に触れる。

下も胸も絶え間ない刺激を与えられ、その視線で脳の奥まで犯される。

その声で耳の奥まで嬲（なぶ）られる。

「ほら、どう？気持ちいい？」

もはや声が勝手に出てしまって答える余裕もなくて、何度も何度も頷いていた。

心臓が壊れてしまいそう。

ドクドクドクドク、大きな音が全身を巡らせている。

ちょっと意地悪な優藍。

それにちょっと恥ずかしくもドキドキしてしまっている私。

おかしい、別に私、虐められるのが好きなわけじゃないのに。

満足そうにふわりと微笑む優藍に見惚れてしまう。

こんなキレイな笑い方しておいて。

「気持ちいいの？そっか。じゃあどうしてほしい？」

またそう、私の口から言わせたがる。

タップするような刺激に変わると共に、彼の唇が頬へ、額へ、唇へと柔らかく落ちてきて、目眩がしそうなくらい彼に囚われる。

「どう、って聞かれても……」

「俺は別に、このまま何時間も楽しめるけどね」

それは私が耐えられない気がする。

どう、と聞かれても、困ってしまう。

優藍がほしい、けれど、それはこのタイミングで言っていいの？

でもゆるゆると弄られているのも気持ち良くて、もっと優藍からの愛情を受け取っていたくて。

私の愛情も、受け取って貰いたくて。

「──あ」

微かな声に気付いた優藍が、首を傾げる。

ちくしょう、そんな姿もかわいい。

「優藍」

「ん？」

「脱いで」

現状、私だけ脱がされていて優藍は半裸、上だけ脱いでいる。

下が部屋着のままだ、なんかフェアじゃない。

「……これ脱いだら、本当に抑えられる自信なくなるんだ、けど」

「抑えなくていい」

「……あかね」

「優藍が欲しい。優藍の愛がもっとほしい。でも私だって優藍に気持ちよくなって欲しい」

すっかり昼間、明るい時間帯で。

私だって隠すところがなにもなくて、もう見られてしまっているのだから、今更仕方のないことで。

「優藍は……愛させてくれないの？」

抑えてくれている、そんなのわかってる。

優藍だってずっと余裕でいられるわけではない。

優しく、痛くないようにしてくれようと、気遣ってくれている。

でも、もう十分わかってるの、伝わってるの。

私は少し痛いくらい、優藍になら我慢するから。

優藍だって、我慢して苦しいはずなのに、私だけ気持ちよくさせようだなんて……私だけ気持ちよくなったって、そんなの私が喜べない。

「優藍の……さ、わる」

涙が出そうなほど、恥ずかしいけれど。

「無理しないで、あかね」

「触られるの、嫌？」

「それはそれで興ふ……っんん"、いや、魅力的、ではあるけど」

「今本音がチラ見えしたけど」

なんだか、珍しく動揺しているようにも見える、優藍。

私がそんなことを言うなんて少しも思っていなかったようで。

あれ、もしかして優藍って、想定外のことに弱い……？

それに気付いた私は、彼の首の裏に手を回す。

そしてグイッと引き寄せてキスをした。

目を見開いて、私の行動に驚いている優藍に、にやりと笑う。

私だって、やられっぱなしは合わないのだ。

「今度は私の番」

引き寄せた彼の首筋に唇を付け、思いっきり吸い付く。

どれくらいの強さで跡がつくのか分からない。

わからないからめいいっぱい、必死に吸い付く。

私のものという証。

彼は私の、私だけの優藍。

そんな独占欲が頭をいっぱいに占める。

「まって、あかね」

「散々意地悪してきたんだから、仕返しくらいさせなさいよ」

ゆるりゆるりとした優藍の感覚を思い返しながら、その首筋を舐め上げる。

小さく息を吐く優藍に、気分がどんどん上がっていく。

はぁ、色っぽい、優藍。

何度その色気に当てられてきたのか、それを気付かれないように隠してきたのか、知らないでしょう？

空いていた手で胸も弄る。

一緒に別々の動きをするのは、私には難しいけれど、それでも、下手でもいいと思った。

もっと優藍に触れたくて。

この手でその余裕な面を崩したくて。

私だけに見せる優藍を、みせてほしい。

腰に回した親指を、部屋着の内側に入れると、分かりやすく彼が動揺してその手を止める。

「まって、だから剥かれる気はないんだって」

「私は全部剥かれた」

「それはそれも俺の楽しみだから」

「私だって優藍で楽しみたい。優藍だけずるい。フェアじゃない」

「えぇ……」

困ったような優藍もかわいい、かわいいかわいいかわいい。

もっと困らせたくなってしまう。

いつも余裕ばかり浮かべる優藍だからこそ、私の一挙手一投足にドギマギする姿がたまらない。

……私も十分変態になってしまったのかもしれない。

「優藍」

手を下側に回して彼の下腹部に触れると、そこにはすっかり主張しているものが当たる。

隠せないくらい、彼の興奮がわかる。

「あ」

「優藍だけ私を愛でてばかりいるのはずるい」

私がそこを下から上へ、つーっとなぞると、優藍の額が私の肩を擦って悶える。

あ、だめこれ、ハマりそう。

ゆるゆると撫でる指先に優藍が手首を掴むけれど、もう片手が空いているのでするりと彼の部屋着をずり下ろした。

ビクンと大きく跳ねた身体にまた、思わず笑みが浮かぶ。

起き上がれないようにまた首元に腕を回した。

「落ち着こう、あかね。少し話そう？」

「そんな余裕ない」

「俺今すごい格好になってるから、ちょっと離して」

「私は布ひとつすら纏ってないんだけど」

余裕そうにはしていたけれど、本当に経験が沢山あるわけではないのか、それとも受け身の経験が無いだけなのか、困惑する彼。

といっても、私だって彼の気持ちいい所なんてちゃんとはわからないから、教えてもらわないと弄れない。

「優藍の気持ちいい所、教えて」

「もう十分気持ちいいから……」

「優藍」

「……」

「ゆーらっ」

彼の頭の中で、譲らない私との葛藤が起こっているようで。

視線をあちこち揺らして、答えを導き出そうとしている。

しばらくすると、大きなため息と共に、優藍が体を起こした。

その格好に耐えられなかったのか、剥かれるのがそんなに嫌だったのか、自ら下の服を全てベッドの下に落とす。

頭を抱えてあぐらをかく優藍の瞳が私を捉えると、カーテンの隙間から差し込む光が彼の藍色の髪を優しく照らした。

指先を髪に通すだけの仕草に、息を奪われる。

美術品のような美しさに、状況も忘れて見惚れてしまう。

「おいで」

困ったような笑みを浮かべ、ため息を吐いた優藍が、私を優しく求める。

その『おいで』が、私はとても好き。

起き上がって彼の前に座ると、ゆっくりと抱きしめられ、その指先をまた私の指に絡める。

「……そうだね。こういうのも、コミュニケーションだからね」

彼の手が誘導するように、主張するそこへと導かれる。

微かに触れると、ぴくんと跳ねた。

撫でると、少し反れた。

その手に導かれるように握らせてもらうと、彼の熱を感じた。

「……いいの？」

「フェアじゃない、その通りだと思った。情けない姿を見せることに少し抵抗があっただけ」

握られた手が、ゆっくりと上下に動く。

皮膚で、皮膚の下を撫でているような感覚が、指先を伝う。

抱きしめられていて、直接は見えないけれど、彼を感じる。

「このまま入れても、あかねを痛くさせちゃいそうだから、１回出させて」

「……え、このまま？」

「嫌？」

「全然、その……見たい」

ぶふっと吹き出す優藍に、珍しすぎてギュインと視線を向けるけれど、抱き締められているからその顔が見えない。

もったいない、この体勢は近すぎて彼が全然見えない。

ただ、笑うのと連動して下も跳ねたことはわかった。

なんだかそれ自体が生き物のようだ。

「大胆になってきたね」

「優藍のせい」

「俺？」

「私だって優藍の色んな姿、みたい」

上下する腕が少し、疲れてくる。

筋力ないな、もう少し付けないともたない。

私の言葉に反応したかのように、下だけぴくんと跳ねるけれど、彼の本体に変化はない。

…………これ、実は下の方が嘘つけないんじゃないだろうか。

「優藍、気持ちいい？」

「……う、ん」

「反応してるの、優藍はわかるの？」

「え、あ……いいから、動かしてて」

「恥ずかしいんじゃん」

「……もう」

体を少し起こした優藍と視線が絡み合う。

「おしゃべりな口は塞いじゃうよ」

返事なんか聞かないで、もう、塞いでるじゃん。

愛おしむような口付けに溺れていくけれど、手は動かしたまま。

固くなったそこがさらに熱を持って、重ねられている手を動かすスピードが上げられる。

「汚したらごめん」

微かに空いた隙間からこぼれ落ちた言葉を拾うと、深く深く口付けられながら、彼の様子がさっきと変わり、液体が通るような感覚を手のひらで感じ取った。

強く口付けて余裕の無さそうな彼が離れると、息切れして恍惚とした表情で私を眺め、また軽く口付ける。

熱い液体を指先に感じていた。

優藍を深いところで感じられた気がした。

呼吸の荒れる彼が、また私の心を満たしていく。

口付けが情熱的で、激しいのに優しくて、とろけてしまいそう。

愛のある行為。

愛を確認し合う行為。

最上級の愛で満たし、満たされる行為。

ただ重なるだけとは全く違う意味を持つ、優しくて暴力的な、理性の壊し愛。

「あかね、痛かったら噛んでもいいから」

「大丈夫、初めてじゃないもの」

「……チッ」

「そこで嫉妬しないでよ」

むっとする優藍がまた、愛しい。

薄い膜を付けたそこは、すっかりまた硬さを取り戻していて。

その座っている上から、ゆっくりと腰を落としていく。

私のペースで入れられた方が痛みは少ないだろうって言う、優藍の配慮。

どこまでも私の気持ちを優先してくれる。

彼の底なしの深い愛情にまた、愛しさが募っていく。

「……っ」

「痛い？」

「ちょっと止まる」

呼吸を整えて、力を抜いて、またそこを沈める。

数度、それを繰り返すと、ようやく深く深く繋がれた。

目の端に生理的な涙が溜まる。

やっと、やっと彼と繋がることができた。

トラウマになんて、もう怯える必要もない。

こんなに、心の満たされる行為だなんて、知らなかった。

感極まって、鼻の奥や目の奥がツンと痛み、目が潤んでくる。

「痛い？大丈夫？」

「ちがう」

「ちがう？」

「……嬉しい」

一度は離れる決意をした彼と、こうして愛し合えることが。

彼の隣に置いてもらえることが。

彼に愛してもらえて、私も彼を素直に愛せることが。

もう、殺そうなんて殺気立たなくてもいい。

もう離れようなんて、引き裂かれるような思いはしなくていい。

もう、我慢しなくていい。

もう、全部全部、彼に心を預けていい。

「ゆらっ」

繋がったままギュッと抱きつけば、彼も背中に手を回して頭を撫でてくれる。

そのまま愛でるように頬擦りをする彼にまた、笑みが止められない。

そう、猫みたいな彼の、変わらない甘え方。

すっかり痛みも引いた頃、どちらともなくお互いを求めた。

痛いと思っていた奥は、慣れるまでトントン、トントン、優しくタッチして。

ここが痛くなくなって、気持ちよく感じるまでには、時間をかける必要があるらしい。

痛くしないように、慣らすように動いてくれて、私はたくさんたくさん、彼を全身で感じた。