第67話 おっさんの覚悟

 



「ん。ん~」


 寝ぼけ眼に、薄っすらと明るい光が飛び込んでくる。

 そんな眩しさに何度か目をこすると、ぼんやりとした視界が次第に晴れて来た。


 目の前に広がるのは紛れもなく見慣れた光景。

 そして腕に感じる髪の毛と優しい吐息に温かい人肌。

 それもまた、慣れ親しんだ朝の光景だった。


 視線を移すと、そこには気持ち良さそうに寝ている笑美ちゃん。そのあどけない顔は、やはりどこか若さを感じる。そして心底可愛かった。

 まだ目覚ましは鳴っていない。俺は暫く、その寝顔を堪能することにした。


 ……ったく、やっぱり可愛いな。昨日とは全然違うよ。いや? 違うのは俺も一緒か。

 その寝顔を眺める内に、昨日の出来事を思い出す。それは笑美ちゃんの一言から始まったこと。


 赤ちゃんが欲しい。

 言わばプロポーズの様な言葉に、最初はどうしていいか分からなかった。

 ただ、当の笑美ちゃんが望んでいるという事実と、そのねだる様な雰囲気に……理性は何処かへ行ってしまった。


 いつも以上に激しいキスを何度もして、体を触り合い……ベッドへ。

 それからは、まるで互いをむさぼり合うかのような光景だった。

 たった0.01ミリの隔たりがないだけで、いつもとは違う雰囲気だってだけで……体を覆う、想像を絶する経験したことのない感覚。


 今まで笑美ちゃんとは何度も繋がって来たけど。、比べものにならなかった。


 ……それにしても昨日は何回したんだ? 途中から記憶がないぞ。

 慌てて顔を少し起き上らせ、ベッドの周辺を見て見ると……やはりティッシュの残骸はあった。ただ、その記憶とは裏腹に今までのピークの時よりは少ない気がした。


 あれ?

 なんて考えていると、


「んっ、ん~。あっ……おはよっ。丈助さん」


 隣から寝起きの声が聞こえて来た。


「おはよう笑美ちゃん」

「…………」


「ん? どうかしたのか?」

「うぅん。その……改めて私凄いこと言っちゃったなって」


 ……やっぱり昨日のあれは、本当に反射的というか……無意識だったんだろうな。


「俺も驚いたよ。でもさ? 本当に俺で良いのか?」

「うん」


 そう言うと、優しく俺の胸に顔を埋める笑美ちゃん。その姿は昨日のギャップもあって、結構クルものがある。

 ……ったく。やっぱ可愛いな。そんな子が……って、やば。


 その瞬間、無意識の内に反応する息子。昨日の連戦の疲れはどこに行ったんだろうか。年甲斐もない反応に、自分でも少し恥ずかしくなる。


「ふふっ。朝から元気だねぇ……」

「えっ?」


「だって、固いのが当たってますよぉ」

「そっ、そりゃ仕方ないだろ? それだけ魅力があるんだって」


「ほんと……あっ」

「ん? どうした?」


「丈助さんのが……私から溢れて出てきちゃった」

「溢れってって……はっ!」


「不思議な感覚。でも、嬉しいなぁ」

「えっ? けど、出てきたって……大丈夫か?」

「うん。でも……まずはお風呂かな? 一緒に入ろう? 丈助さんっ!」




 ★




「ふぅ~」


 なんて息を吐くと、バスタオルで髪を乾かしながら、俺はリビングへと足を運んでいた。


 けっ、結局お風呂場でもしてしまった……

 朝だというのに、昨日の余韻が残っていたんだろう。お風呂に入り、いざ互いの体を見た瞬間……そういう雰囲気になってしまった。


 結局笑美ちゃんは念入りに体を洗うことになり……先に俺が上がることになった。


 ……もう、なんの迷いもなくなったよ。

 笑美ちゃんの気持ちを受け取って、俺も答えた。その結果の行動に悔いなんてあるはずがない。ただ、プロポーズだけはきちんとした場で必ず俺からしないと。

 あとは……そうだ。烏真社長に、ちゃんと言わないと。なんて言われるか分からない。笑美ちゃんだって同じだけど……もしものことがあれば、俺は笑美ちゃんを守る。


 離れないって、決めたから。


「今日は勝負所だな……」


 なんて、改めて決意をした時だった。


 ヴーヴー


 テーブルに置いていたスマホが震え出す。

 ん? 誰だ?


 バイブの長さ的に、誰かからの電話なのは分かった。問題はその相手。ゆっくりと画面に目を向けるとそこに表示されたのは……雛森の名前だった。


「雛森? なんだ? もしかして映画の撮影絡みか?」


 今撮影をしている映画も、原作は小説。そしてその出版社は青空出版ということもあって、ちょいちょい撮影の打ち合わせには参加していた。

 それに青森での撮影には同行してはいないけど、こちらでの撮影には顔を出すとの話も聞いた。


 となれば……


「とりあえず出るか」


 ピッ


「もしもし」

 ≪もしもし? 君島君? ごめんね、急に電話なんかして≫


「気にするな。もしかして映画の絡みか?」

 ≪えっと、間接的に当てはまるかもしれない≫


 ん? 当てはまる?


「ん? どういうことだ?」

 ≪あのね? どうしても早く教えたくて連絡したの≫


「なんだ?」

 ≪あのね? 私、前に大衆社に居たじゃない? その同期で、どうもうざったい奴がいるんだけど……そいつからライン来たの。この記事出るんだって~青空さんも打撃があるんじゃない? 小さいしヤバいかもねって≫

「記事? 青空出版も打撃?」


 その言葉に……一瞬で頭を過る嫌な予感。ましてや、雛森が俺にわざわざ連絡するということは……ほぼ間違いない気がする。


 ≪うん。あのね? その記事の内容はこう。今をトキメク女優相島笑美。私生活でも順調? お相手はマネージャーか?≫


 ……まじか。


「そうか」

 ≪私はね? 記事の内容はどうでもいい。君島君が笑美ちゃんと結ばれてるんだったら、素直に祝福したい。でも、ファンや事務所……そういう人達の反応は凄いと思う。だから、記事に出る前に……たぶん事務所にも連絡は来てないはずだから、その前に教えたくて≫


 ……なるほど、時間稼ぎか。てか、俺達の為に……ここまでしてくれるのか雛森。


「なるほど。けど、俺達にそんなこと言っても大丈夫なのか?」

 ≪記事については、ムカつく同期が勝手に送ってきたことだし大丈夫! 私と君島君や笑美さんが知り合いだって分からなかったんだろうね? だから、私のこれも……そうっ! 独り言だから。それに、私は君島君にも笑美さんにも救われたんだよ。これくらい、なんてことないよ≫


「……ありがとうな。雛森」

 ≪うんっ! それに、笑美ちゃんの映画……見たいからさ? 私が関わった映画でもあるしね≫


 そりゃそうだよな。自分の関わった映画に、自分の知り合いが出ている。見たいに決まってるよ。

 でも、本当にありがとう雛森。事務所に連絡が来てからだったら、焦りに焦っていたに違いない。でも……そうと分かれば対策は出来る。


「だな。なぁ雛森? ちなみに、その記事が出るのは何日後のなんて雑誌だ?」

 ≪えっと……大衆浪漫って主力雑誌だったはず≫


 大衆浪漫? マジで大衆社の看板雑誌じゃないか。


 ≪なんかその同期曰く写真もあるみたいなんだよ……≫


 写真? 


「写真だって?」

 ≪それに関しても、興味あるふりして同期を煽ててなんとかゲットしてみるね≫


「悪い。雛森」

 ≪全然っ! ちなみに、今週の金曜発売のやつみたいだからね? とにかく、何か進展あったら連絡する≫


「あぁ。ありがとう」

 ≪まかせて? 2人は絶対守るから。それじゃあね≫


 ピッ


 守る……か。本当に変わったな雛森。


「ふぅ~」


 だったら俺も……


 一皮むけてやる。



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