第66話 おっさんの答え

 



 その上目遣いに甘い声。

 背中に回された腕の感触と優しく包み込まれる感覚。

 熱でもあるかのような笑美ちゃんの体温が自分にも移り……あっという間に火照るほどの熱を感じる。


 そしてまるでさっきの言葉をもう1度俺に示すかのように、顔を俺に埋める笑美ちゃん。

 その行動に、さっきの言葉が自分の聞き間違いではないと理解する。


 赤ちゃんが……欲しい?

 それは余りにも突然の言葉だった。自分でも将来的にそういう立場になりたいと思っていたし、もちろん笑美ちゃんとそういう関係になりたいと考えていた。

 ただ、それはあくまで将来の話で……具体的にいつなんて想像もできてない。


 それに1番の問題は笑美ちゃんのことだ。

 今をトキメク女優として成長した笑美ちゃんに対して、恋愛なんて事柄は良い意味でも悪い意味でも盛り上がるだろう。


 俺と付き合っていることさえ公表していない。

 この絶頂期にそんな発表は笑美ちゃんのキャリアに傷を付けるかもしれない。そんな不安もあったし、順調な笑美ちゃんの芸能生活を邪魔はしたくはなかった。


 いずれは発表しなければいけない。

 でも今じゃない。

 笑美ちゃんとの甘いひと時を過ごしながら、俺は来るべき日を模索していた。


 だからこそ、今笑美ちゃんの口にした言葉は……めちゃくちゃ嬉しい。

 ただ、素直に即答できない自分が居る。


 赤ちゃんが欲しい。

 その言葉の意味。それが俺の理解しているものだとするなら……言い換えるなら結婚したいということだと思う。


 結婚。

 それは俺にとって願ってもいないこと。でも、今の笑美ちゃんにとって今がそのタイミングかと言われると即答できない。


 女優として、ターニングポイントである恋愛。

 それを公表するのが今なのか……分からない。むしろ自分のせいで笑美ちゃんに迷惑を掛けるんじゃないかという不安さえ感じる。


 だからこそ、俺は笑美ちゃんの言葉に返事が出来なかった。

 嬉しい。

 不安。


 笑美ちゃんが大事だから。好きだから。

 だからこそ、考えに考えが絡まり合って……言葉が出ない。


 静まり返る部屋。

 俺を抱きしめる笑美ちゃん。

 自分の心臓の鼓動が……やたらと大きく体に走る。

 どうすれば良いのか分からず、ただ呆然とする俺。


 俺は……俺は……


 その時だった。

 顔を埋めていた笑美ちゃんが、もう1度顔を見上げ……零れるような声で呟いた。


「私じゃ……ダメですか? 仗助さんの赤ちゃんを……産むの……」


 それは……ある意味決定的な一言だった。

 振るえるような声は、笑美ちゃんにとっても勇気を必要としただろう。そして切に俺を求める最高の言葉だった。


 それを全身で感じた瞬間。ある意味頭の中はすっきりとした。

 そして1つの答えを……導き出す。


 なんで俺が笑美ちゃんの心配してるんだよ。

 笑美ちゃんが望んでるんだ。当の本人を差し置いて、何勝手に今後の活動の心配なんてしてるんだよ。


 笑美ちゃんの……

 可愛い彼女の……

 絞りだした勇気を無駄にするな。


「笑美ちゃん?」

「はい……」


「俺で良いのか?」

「丈助さんじゃなきゃ……いや……」


 そしてその言葉に、紙一重で繋がっていた理性は吹き飛んだ。

 ゆっくり笑美ちゃんを抱き締め……耳元で無意識のまま言葉を零す。


「俺も笑美ちゃんじゃなきゃダメだ……」

「嬉しい……」


 顔を見合わせ、少し笑みを浮かべる俺達。

 そして唇を重ねると……どちらかともなく、その行為は徐々に激しさを増す。


 何度も何度も何度も絡め合い。

 互いに体を触れ合わせる。


「丈助さん……来て……」

「あぁ……」


 甘い吐息と体の高揚。

 それらを感じた俺達はそう呟くと……寝室へと歩みを進めた。



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