第64話 おっさんと願望

 



「婆ちゃん、じゃあまた」

「お邪魔しました~」

「はいよ~また来てね?」


 晴れ渡る青空の下、外まで見送りに来てくれた婆ちゃんを背に、俺と笑美ちゃんはタクシーに乗り込んだ。

 車内からも、婆ちゃんに手を振る笑美ちゃん。その光景にどこか嬉しさを感じた。

 そしてゆっくりと動き出すタクシー。俺はもう1度、婆ちゃんへと視線を向ける。

 そこには、ある意味見慣れた……いつも通りの婆ちゃんの姿があった。


 大学へ行く時も、お葬式が終わった後も、一周忌の後も……こうして笑顔で手を振ってくれた。

 その心内に何を感じていたかは分からない。でも、今だけは……喜んでくれていると自信が持てる。


 久しぶりに来て、本当にどうなることかと思った。でも、婆ちゃんは婆ちゃんだったよ。

 ただ……ニヤニヤしながら色々というのは止めてもらえないかな? 笑美ちゃんが居ないとはいえ、


『おい丈……昨日は随分お盛んだったみたいだなぁ』

『はっ? てか、普通にそんな話題振るなっての!』


『何言ってんだい? 別に恥ずかしがることじゃないだろ? 若いうちはいっぱいヤるもんだよ。ティッシュは足りた?』

『若いうちって……婆ちゃん、頼むから一般的な孫との会話をしてくれよ』


『私的には、こういう話できる間柄は誇るべきだと思うけどねぇ』

『たはは。流石婆ちゃんだ』


 あのやりとりは驚いたよ。けど、思い起こせば昔から婆ちゃんは歯に衣着せないことを言ってた。それでも、ちゃんと時と場は選んでる。笑美ちゃんの前ではそういう話はしないし。


 ただ……やっぱり来てよかった。ありがとう、婆ちゃん。


 こうして、婆ちゃんも婆ちゃんの家も見えなくなると……笑美ちゃんがそっと手を重ねて来る。そして俺の方へと視線を向けると、優しく呟く。


「また……お婆ちゃんの家に来たいな?」


 その言葉は、俺にとって……とんでもなく嬉しいものだった。


「あぁ。もちろんだよ。絶対また来ような?」




 ★





「あぁ~」


 見慣れた浴室、見慣れた湯船。

 そこに浸かりながら、俺は心行くまでその温かさを堪能していた。


 確かに婆ちゃんの家の風呂も良いけど……やっぱり、足を目いっぱい伸ばせるのはデカいよな。

 あれから何事もなく、部屋まで戻ってきた俺達。

 もちろんその道中も、余すことなく青森を堪能してきた。お土産は勿論、空港内で名物も堪能し……危うくその目的を忘れる寸前だった。


 とはいえ、笑美ちゃんがずっと笑顔で居てくれたことは……安心する要因の一つだった。


 ……さて、そろそろ上がるか。

 こうして浴室から出ると、徐に体を拭き始める。すると、ふと目に入った洗濯カゴ。その中には、笑美ちゃんのパンツトブラジャーがチラリと顔をのぞかせている。


 うお、黒のレース……そういえば昨日付けてたよな? 場所が場所とはいえ、あの雰囲気にこのエロい下着。さらに笑美ちゃんのスタイルが目の前にあると……そりゃ反応もしちまうよ。


 うっすらと、浮かび上がる昨日の光景。時間にして1日も経っていないというのに……俺の息子は年甲斐もなく正直だった。


 ヤバいな……いくら何でも反応し過ぎじゃないか? それに昨日の笑美ちゃんも……なんかいつもとは違ってた気がする。

 久しぶりということもあってか、昨日は互いに濃厚な求め方だった。特に笑美ちゃんは、積極的というか……そんな雰囲気を醸し出し、その姿にいつも以上の色っぽさを感じるほど。

 それに、その影響なのかは知らないけど、帰ってる時も少し様子が変だった。変装をしているとはいえ、手を絡めたり腕にしがみついて歩いたり……常に体をくっつけている状態。もちろん、嬉しいに越したことはないし、青森で笑美ちゃんだとバレる可能性は低いとは思う。


 でもなぁ……それ以外に、話しかけててもなんかボーっとしてるような状態が多かった気がする。

 そんな笑美ちゃんの様子に、少し違和感を感じながら……着替え終えた俺はリビングへと足を運んだ。するとそこには、


「丈助さん」


 先にお風呂に入った、笑美ちゃんがソファに座って居た。

 ……見た目は大丈夫そうだけど、一応聞いてみるか?


「なぁ笑美ちゃ……」

「丈助さん? あの……私なんか変なんです」


 えっ? 変? やっぱり体に異変が?


「変っ?」

「うん。なんか、体がポカポカするっていうか……熱いというか……」

「熱い? まさか? 熱? 風邪か?」


 マジかよ? こっちでの映画撮影スタートは明後日。風邪だとしたら早急に早急に治さないと。それに、インフルエンザの可能性は? ボチボチ流行り始める時期じゃ? もしインフルだとしたら、撮影に結構穴開ける事態になる!


「風邪じゃ……ないと思う」

「いやいや。風邪の人は良くそう言うんだよ。とにかく体を……」

「違うの……」


 その瞬間、笑美ちゃんが立ち上がったと思うと……俺に体を預け、ゆっくりと手を回す。そして離さないと言わんばかりに抱き締められる。そんな行動に思わず驚いたものの、発熱による混乱状態だと思うとこの行動の意味も分かる気がした。それもかなりの重傷なのではと。


「笑美ちゃん? やっぱ今日1日、手とか……俺から離れないようにしてたのって風邪で辛かったからなのか? ごめん、俺そんな状態だって気が付か……」

「違うの……丈助さん……」


「違うって……」

「違う。風邪じゃない。自分でも分からなかったの……」


「分からなかったって……何が……」

「気が付いたら、丈助さんと触れ合っていたかった。最初は自分でも分からなくて……でも肌と肌が触れ合った瞬間。体が熱くなった。心地よくて……胸が温かくて……それがずっと続いてた」


「笑美ちゃん……」

「でもね? どの気持ち良さがどんどん強くなって……あのね? その……今はもう我慢できないの」


 我慢?


「がっ、我慢って……」

「自分でも変だって分かってる。でも、こんなこと初めてだから……丈助さん? あのね? 凄くお腹の部分がキュンキュンする。その部分を中心に……体全体が熱いの」


「お腹? 体全体? だったら尚更……」

「初めてだけど……今になってようやく分かった気がする。お婆ちゃんが言ってた意味が」


 婆ちゃん? いや、一体何を言ったって言うんだ……


「えっ、笑美ちゃん?」


 そんな疑問が頭を過り、しどろもどろに声を掛けた瞬間だった。笑美ちゃんが顔を見上げる。

 ただ、その表情は今まで見て来たどの表情より……甘く蕩けるような表情だった。


 そしてそのまま、笑美ちゃんの唇が……ゆっくり動く。


「ねぇ……丈助さん……」

「どうした?」

「私ね……」


「丈助さんの赤ちゃんが……欲しい……」



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