第63話 女子大生とお婆ちゃん

 



「ふぅ」


 湯船に浸かりながら零れる溜息。

 その意味は自分でも良く分かる。体に響く鼓動の大きさが、それを物語っていた


 ……良かった。受け入れられて。

 安心以外の何物でもない。純粋に丈助さんの家族……一番近しい家族に受け入れられたことが嬉しかった。その事実を噛み締めるたびに心がふっと軽くなり、知らず知らずの内に強張っていた体の力が抜けていく。


 それにしても、やっぱりお婆ちゃん料理上手だったな。包丁さばきは勿論、煮物の時間なんてストップウォッチも使わず、バッチリのタイミング。長年の感覚は……想像以上に凄い。

 隠し味なんかも予想外のものだったし……まだまだ経験不足だと痛感させられる。


 でも……本当に嬉しい。抱きしめて貰った時、丈助さんとは違う感覚に包まれた。温かくて懐かしい……そんな感覚。


 これがお婆ちゃんなんだ……




 ★




 そんな感じで、緊張も一気にほぐれたお風呂上り。私と交代で、今度は丈助さんがお風呂場に。本当は一緒に入りたかったけど、流石にお婆ちゃんの家でそんなことは出来ない。


 我慢我慢……

 居間に座り、必死に言い聞かせていると、


「喉乾いたでしょ? はいよ、ジュース」


 笑みを浮かべたお婆ちゃんが、そっとテーブルにジュースを置いてくれる。


「すいません! ありがとうございます!」

「気にしないの。私は……アルコール入りの麦茶いただくわね? 丈からお酒の話は聞いてるから、無理に進めたりしないわよ?」


 じょっ、丈助さん……一体どこからどこまで教えたのかな? 正直、そっち系で良い思い出の話はないよぉ。


「ははっ……すいません。こういう時はお酒で乾杯の方が空気読めるんでしょうけど……」

「何言ってんの? そんなの古い大人が言うもんよ。お酒飲めないのだって人それぞれ、それに……ほら?」


「えっ?」

「ジュースでも乾杯は出来るでしょ?」


 そう言いながら、ビール缶を上にあ上げるお婆ちゃん。

 その雰囲気は……やっぱり温かくて、嬉しかった。


「はいっ!」

「ははっ。じゃ……」


「「乾杯」」


 それからはなんとも楽しい時間だった。歳の差を感じないくらいに話が弾んで盛り上がり、笑いや恥ずかしさが交互する……まさに女子会。


 お婆ちゃんの話や、丈助さんの話。

 もちろん丈助さんのご両親の話。

 そして……私の話。


 私の知らない丈助さんの話は新鮮で……可愛くも思える。

 私の知らない丈助さんの家族の話は……驚きや、優しさを感じる。

 そして私の話は……お婆ちゃんが笑みを浮かべながらじっと聞いてくれた。


 全てを言い終えると、挨拶した時と同じようにギュッと抱きしめてくれて……その温かさが心地良くって、本当に今日この日に、お婆ちゃんに挨拶できたことが嬉しかった。とはいえ、ここまでの幸せに包まれていると……少し心に不安が宿る。

 嬉しいからこその不安。それは贅沢なのかもしれないけど……自分にとっては結構大きな問題だった。自分の影には、あの人の存在がちらつくから。


 あの人の娘という……今まで考えないようにしていた事実が、丈助さんのお婆ちゃんを目の前にすると、どこからともなく湧いてくる。


「あの……お婆ちゃん?」

「ん~? なんだい?」


「私で良いんですか?」

「えぇ? 良いに決まってるでしょ。むしろ丈にはお釣りが出るくらい勿体ない子。1日足らずで私にここまで言わせる子なんていないよ?」


「でも……私、親が……」

「親? ははっ、それがどうしたっての?」


「えっ?」

「親は親。笑美ちゃんは笑美ちゃんだろ? そして今、目の前に居るのは笑美ちゃん。そこのどこに親が出てくる必要があるんだい」


「私は……私……?」

「人の評価に親は関係ないよ。どんな親だろうとね? それにそんなこと言うなら、丈の父親の大助だいすけなんて、小さい頃から親が居ないんだよ?」


「そっ、そうなんですか?」

「あぁ。施設で育って、娘とは小学校からの仲。それでも……大助は良い男だった。優しくて、私みたいな性格の娘をいつも守ってくれてさ?」


「そうだったんですか。丈助さんのお父さんも……」

「だから、もっと胸張って! そんで……もっと丈助を頼って、私も頼りな? 結婚も視野に入れてるんだろ?」


「けけっ、結婚っ!?」

「ん~? どうなんだい?」


 うっ、うぅ……ドストレートすぎるよぉ。でも、私は……


「しっ、したいです!」

「ふふっ。その言葉を聞いて安心したよ。それに今の世の中、何も男からのプロポーズを待つ必要なんてないんだからさ」


「ププッ、プロポーズ!?」

「やだわぁ。恋する乙女の表情。このご老体もキュンキュンしちゃうよ。本当に可愛い。どれっ! ここはひとつ、年を召した女としてアドバイスをしようかね?」


 私は丈助さんと家族になりたいっ!


「はっ、はい! お願いします!」

「その意気だよ。まず手っ取り早いのは既成事実を作ることなんだけど、お仕事の関係もあるし、今すぐだと多方面に迷惑が掛かるだろうね」


 そしてお婆ちゃんとも……


「そうですね……」

「じゃあ、自分を磨きを忘れないことね? 色っぽい下着は必須。あとはご飯の時に精力が付く食材を……」


 家族になりたいですっ!



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