第62話 女子大生と年の功
「ズズズ……はぁ~」
温かいお茶をすすりながら、思わず零れる溜め息。
久しぶりの婆ちゃんの手料理を堪能したからか。
笑美ちゃんを無事に紹介できた安心感か。
いや、その両方なのかもしれない。
「よっこいしょ」
そこに徐に婆ちゃんが登場。笑美ちゃんはお風呂に入浴中ということもあって、現在居間には俺と婆ちゃんの2人きりだ。
まぁ先にお風呂を進めても、後に入りますって言ってなかなか入ろうとしなかったりと……笑美ちゃんらしさ全開だったけど。
「婆ちゃん、晩ご飯ありがとう」
「何言ってんの? 気にしないの」
そう言いながら、お茶をすする婆ちゃんはやっぱり何も変わっていない。言うなれば母さんとそっくり……というより、母さんが婆ちゃんにそっくりなんだろうけど。
「それにしても、良い子だね?」
「……そうだよ。めちゃくちゃ良い子だ」
「晩ご飯の準備も、いいって言ってるのに手伝うって聞かなくてね?」
あっ、俺が部屋に布団敷きに行ってた時か? まぁ、笑美ちゃんなら何かしら手伝うって言いそうだ。
「布団敷きに行ってる間にそんなことが?」
「そうだよ? 丈の家の味を知りたい、参考にしたいって言ってね? 私もさ? 別に無理して家の味なんて覚えなくても……って言ったのよ。でも笑美ちゃん、丈助さんがどの料理なら私の味付けが好きで、どの料理ならお婆ちゃんの味が好きなのか知りたいんです。自分の料理にこだわりはないんですよ? なんて……」
「こだわりがない? 十分美味しいけど……」
「やっぱり? 手元見たら、結構料理してる感じだったものね? でも、笑美ちゃん言ってたわよ?」
「言ってた?」
「私の味付け、お婆ちゃんの味付け。どっちも大事ですし、丈助さんの好きな味を作ってあげたいんですってね?」
おっ、俺の好きな味!?
「ったく、自分の作って来た味なんかより、相手が好きな味を作りたい……その為に他人の料理を作るなんて……少しはプライドが邪魔するモノよ? それをあんなに真っすぐ言われたらね? 正直あんたにはもったいないよ。ははっ」
「お~い! 孫に向かって随分失礼では?」
「まぁまぁ。それだけ良い女の子ゲット出来たって思いな? 本当に……あの時のあの状況から、凄く良い子に育ったよ」
そう呟く婆ちゃん。何処か安心したような、そんな表情を浮かべている。
正直、そこまで認めてくれるとは思っていなかった。ただ、やっぱり婆ちゃんは婆ちゃんだ。あの時のことを知っているからこそ、今の笑美ちゃんの姿には感じるモノがあるんだろう。
「それにしても、まさか今をときめく女優さんになってるとはねぇ。顔立ちも良いし演技も上手い。料理は上手いわ、性格も良いわ……スタイルもボンキュッボンだし? あんたが夢中になるのも分かるよ」
「なっ! ……って、婆ちゃん? 演技が上手いって、もしかして?」
「ドラマバッチリ見たわよ? それに雑誌にも目を通したかしら?」
「マジかよ? てっきりそう言うのに興味ないかと……」
「あらやだ? 年金暮らしの情報源はテレビにラジオ、ネットが一番でしょ? 便利な世の中、文明の機器に頼らなきゃ損じゃない」
「たっ、確かに……スマホ使いこなしてるもんな」
「テレビ電話もパソコンも必需品でしょ? あっ、そう言えば最近オンライン会議もしたわ。アレ便利よねぇ?」
なっ! 昔から流行りの物には敏感で、いい意味使いこなす才能があった気がしたけど……このテクノロジー社会になっても乗り遅れていないだと?
「ばっ、婆ちゃんすげぇな……」
「そうかしら? 笑美ちゃんとIDも交換したし……いつでも連絡してだって?」
……ははっ。すげぇな。
「撮影中の場合もあるから、いきなり電話は止めてくれよ?」
「はいはい分かってますよ。まぁ、なにはともあれ、元気そうで安心した」
「えっと、婆ちゃん……俺……」
「大丈夫よ。何となく察しがつく。それに、笑美ちゃんのおかげだってのもね?」
「……ありがとう」
「ふふっ。まぁ、積もる話は笑美ちゃんが上がってきてからにしましょ? とりあえず……お帰りなさい? 丈?」
「ただいま……婆ちゃん」
★
「丈助さん……んっ」
真っ暗な部屋の中、まるで手探りの様に唇を探すと、ゆっくりと唇を重ねる。
そして暖かい布団の中で体を寄せ合うと……どちらからともなくもう一度キスをする。
昔から婆ちゃんの家に来ると、布団が敷かれていた部屋。
そんな場所に自分で布団を敷くとは……ましてや隣に笑美ちゃんが居るなんて、少し前の俺に言っても信じてはくれないだろう。
そんな違和感と、
「へへっ」
「どうしたんだ? 笑美ちゃん」
幸福感を、今まさに全身で感じている。
「うぅん。純粋に丈助さんのお婆ちゃんと会えて良かったなって。あと、一緒に寝れるのがやっぱり嬉しい」
「だな。今までは個室だったから尚更」
宮原旅館でいくら混浴が出来たからと言って、それからの距離感は結構くるものがあった。こうしてある意味いつも通りの状況になった途端、それをまじまじと感じる。
「それにしても、お婆ちゃん若いねぇ? それこそ、丈助さんのお母さんとそっくり」
「確かに、遺影の写真と比べると……マジで若いな。それこそまさに母娘だよ」
「だよね? それに生き生きしててエネルギッシュって感じ。スマホもパソコンも使いこなすってヤバいよね? しかも定年まで看護師さんだったんでしょ? 凄いなぁ」
「あぁ、今でも応援頼まれたら行ってるらしい。爺ちゃんが亡くなってから、更に拍車が掛ったみたいでさ? 町会役員やら民生委員やら、ゲートボールにグラウンドゴルフなんかのスポーツもお手の物だってさ」
「それが若さの秘訣なのかもねぇ」
「だな。色々やってないとボケるってのが口癖。ちなみに、俺が知る限り顔も全然変わってない気がするよ。まぁそれは母さんも一緒かもな? ははっ」
「だよね? 丈助さんのお母さん……美人さんだったな。お父さんも優しそうでイケメン。だったら、丈助さんが格好良いのも分かる」
「かっ、格好良いって……それは言い過ぎだろ?」
「全然……だよ?」
「えっ、笑……うっ」
そう呟き、優しく俺を見つめる笑美ちゃん。そんな顔に改めて可愛さを感じていた時だった……笑美ちゃんが顔を近づけたかと思うと、柔らかい感触に襲われる。
ただ、こんどのそれは先までのものとは違う。ある意味本気の……それだった。
なっ、笑美ちゃん? 流石にここじゃ……どうしたんだ? いつもより激しい?
「んはっ……えっ、笑美ちゃん? どうしたの?」
「んんっ。だって……久しぶりだもの。それに、お婆ちゃんにアドバイスされたから……丈助さんっ!」
「笑美……うおっ」
婆ちゃんに言われた? 一体何を? それに婆ちゃんから笑美ちゃんって……嫌な予感しかしないっ!
「まっ、待って笑美ちゃん! 今日はダメだって、ゴムも……」
「途中で買いましたよ? だから……だいじょう……ぶ……んんっ……」
「えっ、笑美ちゃん……」
なっ……えぇい。こうなりゃ我慢してた分、発散してやる!
「丈助さんっ……」
「笑美ちゃん……」
この夜、俺は婆ちゃんに対して複雑な感情を抱いた。それと同時に……
俺達は、いつもより濃厚な夜を過ごした。
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