第61話 おっさんの婆ちゃん

 



 大学生の時以来、実に約10年ぶりとなる婆ちゃんの家。

 事前に連絡はして居たし、時間もほぼほぼ予定通り。メッセージの文面からも、歓迎ムードが漂っていたはずなのだけど……


「よぉ、丈。さてさて? 10年余も顔を見せないとはねぇ」


 玄関先に現れた婆ちゃんの様子は、ある意味予想外なモノだった。


「えっ、あぁ……婆ちゃん?」


 あれ? なんか物々しい雰囲気? 玄関で腕組んで仁王立ちって! そりゃ10年以上顔を見せなかったのは悪かったけど……

 正直、婆ちゃんの気持ちはよく分かる。電話やメッセージで何度かやり取りはしていたものの、顔を見せたのは母さん達の1周忌以来。色々とあったにせよ、孫がそこまで姿を見せないのは婆ちゃんとしても思う所があるに決まっていた。


 そしてその見た目は10年以上変わらずにいるけど、この雰囲気は……記憶に残る、明らかに怒りを露わにしている状態だ。

 やっ、やべぇ……


「ん? それで? そっちの女の子は?」


 げっ、さらにやべぇ……笑美ちゃんのことも事前に話はしてたけど、この流れでまさか怒りのボルテージが飛び火しないよな?


「あっ、はいっ! はっ、初めまして! 私、相島笑美と申します。あの……」

「相島ぁ~? もっと近くに来なさい?」

「はっ、はい……」


 おいおい……

 頭によぎる修羅場。ゆっくりと玄関の小上がり付近に足を運ぶ笑美ちゃんに、見下ろす婆ちゃん。流石に手は出さないとは思うけど、何か嫌な予感はしなくもない。


「相島笑美……」

「はっ、はい……」


 何やってんだよ俺。いくらなんでも守らなきゃダメだろ。


「ばっ、婆ちゃ……」

「よく……頑張ったね?」

「えっ……」


 それは唐突だった。

 何かをするのは分かっていたけど、目の前のそれは予想外な光景。婆ちゃんは背中を屈ませたかと思うと、笑美ちゃんを優しく抱き締めた。


 ばっ、婆ちゃん……?


「あっ、あの……」

「あの時の子だって最初聞いた時は、本当に驚いたよ。けど、目の前でこうして見ると……思わずこうしたくなってね? こんなに綺麗になって……良かった」


 もちろん、俺が笑美ちゃんを助けたことは婆ちゃんも知っていた。

 もちろん、ここへ来たいと連絡した時には笑美ちゃんのことも説明した。

 とはいえ、目の前の婆ちゃんの行動は……別の意味で想像をはるかに超えるものだった。そして、笑美ちゃんを認めてくれたという確証にも変わる。


「ふふっ。良く来てくれたね?」

「はっ、はい……」


 そんな婆ちゃんの気持ちをくみ取ったのか、笑美ちゃんは優しく笑みを浮かべる。そして安心したかのように……言葉を零した。

 そしてゆっくりと、体が離れて行く。


「さて! 小芝居はこれくらいにして……良く来たね? 丈? 笑美ちゃん」


 と同時に、見覚えのある笑顔を見せる婆ちゃん。

 ん? 小芝居?


「ん? 小芝居って……」

「ははっ。もちろん笑美ちゃんに対しての気持ちは本物だし、丈が来てくれて嬉しいよ? ただ、流石に来るのが遅かったからね。これくらい意地悪してもバチは当たらないだろ?」


 そう言って、年甲斐もなくウインクなんぞお見舞いしてくる辺り……目の前のその人は、正真正銘婆ちゃんなのだと実感する。


「びびった。でも、来れなかったのは素直にごめん」

「あっ、あの丈助さんにも事情が……」

「ははっ。大丈夫だよ笑美ちゃん? 何となく分かるからね。それにしても、すかさずのフォロー……全く、本当に良い子に育ったねぇ」


「そっ、そんな……恥ずかしいです」

「いちいち反応が可愛いんだから。ほら、入って入って?」

「はっ、はい! お邪魔します!」


 ……あれ? なんか俺置いてけぼりじゃね? 


「あの、えっと……丈助さんのお婆さん……?」

「ん~? お婆ちゃんで良いわよ?」


「えっ? じゃ、じゃあお婆ちゃん?」

「なぁに?」


「あの、先にお仏壇行っても良いですか?」

「仏壇?」


「はい! その、丈助さんのご両親に挨拶したくて」

「かぁ~本当に若いのにしっかりしてるねぇ。もちろん! こっちよ?」


 あの……俺まだ玄関なんですけど?


 そんな2人の後に続き、仏間へと急ぎ足で向かった俺。

 そこは昔と変わらない光景で、父さんと母さんが俺達を出迎えてくれた。


 久しぶりの再会と、今まで来られなかったことを謝り……俺は改めて2人に紹介をした。


 あの時、助けた子に……東京で助けられました。

 そして、これからも支えて、支えられて行きたいと思える子です……と。




 こうして挨拶を終えた俺達は、居間へと案内された。

 徐にテーブルを囲み座っていると、テーブルにあれよあれよと婆ちゃんがお菓子やらジュースやらを大量に置いて行く。


 そういえば、婆ちゃんの家に来るとこんな歓迎されてたな……

 そんな懐かしい記憶が蘇って来る。


「よいしょっと。さてさて……せっかく来てくれたんだし、今までのこととか色々聞きたいことは山積みなのよねぇ」

「もっ、もちろんです! 何でも聞いて下さい! お婆ちゃん!」


 ……にしても、この短時間で仲良くなり過ぎじゃないですかね?


「じゃあ、いつ結婚の予定だい?」

「ふぇ!?」


 ちょっ! 


「それとも子どもの方が先かね?」

「ここっ、子ども!?」


 ばっ、婆ちゃん!?


「どっちにしろ、楽しみなことには違いないねぇ」


 あの、婆ちゃん? 

 いや、やっぱり婆ちゃん……全然変わらないわぁ。



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