第60話 2人と約束の場所

 



 見上げれば青空が広がり、余すことなく降り注ぐ日差し。

 そんな温かさを浴びながら……俺と笑美ちゃんは、


「お世話になりました」

「ありがとうございましたぁ~」


 今までの感謝を伝えるように、深々とお辞儀をする。勿論その相手が誰なのかは……知っての通りだ。


「また来てくれよ? 丈助」


 透也さん。


「絶対にまた来てね? 笑美ちゃん!」


 千那さん。


「是非、2人……いえ、それ以上でお待ちしてますね?」


 真白さん。

 この数週間、お世話になった3人。


 ……いやぁ、まさか3人共お見送りしてくれるとは思わなかった。

 無事撮影が終わり、監督やスタッフ、出演者の皆さんは別々に宮原旅館を後にしていた。そんな中、俺と笑美ちゃんは、あの予定もあるということでゆっくりと帰る準備をし……気が付けば関係者で最後にここを後にすることになった訳だ。


「千那ちゃ~ん」

「笑美ちゃ~ん」


 って、今生の別れみたいな光景だな。

 挨拶を終えると、早々に始まった女子達のお別れの儀式。正直、そこまでの抱擁はある意味凄い。それに、笑美ちゃんには及ばないにしても千那ちゃんも相当可愛い顔をしている。そんな2人の抱擁は、別な何かに目覚めてしまいそうで怖い。


「若いっていいなぁ」

「ふふっ。そうですね?」


 まっ、まぁそういうもんだろう。ということで、こっちはこっちで大人のお別れでもしますか。


「ははっ。それにしても、透也さん、真白さん。本当にお世話になりました」

「全然だって。監督さん達も良い人だったし、これで宮原旅館の評判が上がれば願ったり叶ったりだっての」

「そうですね。まぁ、気の合う君島さんと出会えたことが一番なんでしょうけど?」


「えっ? それって……」

「ちょっ、真白!?」

「こういう縁の巡り会わせも……この仕事の楽しみですよ?」


 いやはや……大人としてのレベルが一段と違う気がするよ真白さんは。


「ごっ、ごほん。まぁなんだ……今度は新婚旅行で待ってるからな?」

「透也さん? ……ありがとうございます。絶対来ますね?」


 そりゃ、透也さん達にあそこまでアシストしてもらったんだ。勿論……絶対に来させていただきますっ!


「あら? じゃあ、私も……2人以上……それも、とびっきり可愛い子達を引き連れていらっしゃるのをお待ちしてますね?」

「まっ、真白!?」


 ん? 2人以上? 可愛い子? それって…………あぁ! サンセットプロダクションの人達連れてってことか? そりゃ皆好きそうな雰囲気だし、自信持ってお勧めできる。烏真社長に慰安旅行の候補として挙げてみようかな。


「もちろんです! ご期待に応えますから!」

「なっ、丈助!?」

「まぁ……やっぱり……ふふっ。そんなに自信もって言われると……なぜかこっちが恥ずかしくなりますね? 透也さん?」


 ん? 恥ずかしいって……集客のお願いが恥ずかしいってことか? んなこと全然気にすることないのに。えっと、とりあえず俺と笑美ちゃん、社長に井上さん姉妹。佐藤さんに紋別さんならすぐにでも来てくれそうだな。


「そっ、そりゃ真白……かなり強気な発言だし……」

「任せて下さい。とりあえず最低でも5人は連れてきますからっ!」


「ごっ、5人!? じょっ、丈助お前……」

「うふっ。物凄い自信ですねぇ……これは笑美ちゃんも頑張らないと」


 笑美ちゃん? 確かにこの旅館の良さを知ってる笑美ちゃんにも頑張ってもらわないといけないか。


「あっ、あぁ! もちろんですよ? 2人で協力して……滅茶苦茶頑張りますからっ!」

「ぐはっ……丈助。そっ、そこまで言わなくても」

「ごっ、ごめんなさい。そこまで言われると……だめ、鼻血が出てきそう……」


「何言ってるんですか。任せて下さいよ!」

「うおっ。なんて自信……そこまでの気概を見せられたら凄いとしか言えないな。だったら……頼んだ丈助」

「久しぶりにこんなにも熱いものを見せられちゃった。ふふっ……お願いしますね?」


 なんて、そんなやり取りをしていると……旅館の前に1台のタクシーが到着する。もちろん宮原旅館で手配してくれたタクシーで、ここに来たということは本当にお別れが近づいている証拠だった。


 俺と笑美ちゃんはもう一度感謝を告げる。

 そして名残惜しさを感じつつ、数週間お世話になった宮原旅館を……後にした。




 ★




 宮原旅館を後にして数時間。

 タクシーは俺達の故郷でもある青林市へと着実に近づいていた。その道中、結構な時間が掛かるとは思っていたけど……さすが宮原旅館お勧めのタクシー会社。山道とはいえ、この辺じゃ有名だろうスポットの紹介や言葉巧みな会話術で、俺と笑美ちゃんを笑わせてくれた。


 そんな時間を過ごしていると、辺りにはどこか見覚えのある市街地が見え始め……ついにタクシーはある家の前で停車した。


「ありがとうございまーす。またこっちに来たらうちのタクシー使ってね?」

「もちろんです。ありがとうございました」

「お話し楽しかったです! ありがとうございましたぁ」


 そんな感謝の言葉を放つと、颯爽と居なくなるタクシー。そんな姿が見えなくなると……俺はゆっくりと視線を上げた。


 ……久しぶりだな、婆ちゃんの家。

 懐かしくもあり……悲しくもある婆ちゃんの家。それを目の前に、俺は帰って来たのだとしみじみ感じた。


「えっと、じゃあ入ろうか笑美ちゃん」

「うんっ。あぁ~緊張するぅ」


「ははっ。大丈夫、いつもの笑顔でいてくれたらいいよ」

「丈助さん……うんっ」


 帰ってきたぞ? ちゃんと自分にケリをつけて帰ってきた。それに、会って欲しい人が隣に居る。


 だから……一歩踏み出せ!



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