第59話 おっさんと伝説と若女将

 



「……うっ」


 少し火照る体に、纏わりつく様な柔らかさ。それを全身に感じながら、俺はされるがままだった。

 まるで離してくれない予想外の動きに、思わず声が漏れる。


「うぉ……」


 その流動的な動きは、止まることを知らない。休むことなく感じる締め付けと……程良い刺激。

 額からは汗が零れ、次第に覆われる気持ち良さ。


 まっ、まさかこれ程とは……

 俺は見誤っていた。そう、


「ふふっ。気持ち良さそうですね? 君島さん?」


 マッサージ機の魅力とやらを!


「あっ……真白さん……」


 ロビーから少し離れた場所にある一角。そこに置かれたマッサージ機に乗りながら、俺は至福のひと時を過ごしていた。普通なら、無意識に出ていた気持ち悪い声を聞かれていたかという恥ずかしさを感じるのだろうけど、今だけはどうでも良い。


 ましてや若女将さんであり、透也さんの奥さんである真白さんに見られていたとなると、一目散に逃げてしまいそうなシチュエーション。だけど、マジで今はどうでも良い。

 それほどまでに、マッサージ機の力が偉大すぎた。


「撮影も無事に終わりましたし、一気に気が抜けたんですね?」

「そう……かも……しれません……」


 気が抜けた。その真白さんの言葉は正直合っているかもしれない。撮影の途中で、この人をダメにする文明の器具に身を委ねていたとしても、ここまで手篭めにされたかどうかは今となっては分からない。

 ただ、真白さんの言う通り……無事にここでの撮影を終えられて安心しきっているのは本当だ。


 笑美ちゃんとの混浴から、約1週間。撮影のスケジュールは順調に進み、何1つ滞りはなかった。慣れない場所と、普段とは違って俺と気軽に会えない笑美ちゃんが心配だったけど、あの混浴を経て俺達の繋がりはより一層強くなったようだ。

 数日に1回、打ち合わせと称して部屋に来る数十分間だけで互いに満足できていた。それは笑美ちゃんも同じ様で……これまで同様NGを出すこと無く、無事本日ここでの撮影を終えた訳だ。


 もちろん、夜にはとりあえずの撮影祝賀会が開かれ、関係者各位は今も大広間でどんちゃん騒ぎしていることだろう。

 そんな中、貸し切り状態のお風呂にゆったりと浸かった俺は……今に至る。


 ……それにしても、本当なら若女将を前にちゃんとしないといけないんだろうけど、果たしてあと何分残っているんだ?


「すいません。せっかく声掛けてもらったのにこんな状態で」

「全然ですよ? むしろ、ここまで至福そうな顔をしてらっしゃるなんて、こちらとしては願ったりかなったりです」


 それはこっちのセリフですよ。最高の温泉に、最高のご飯。そして最高のマッサージ機に、優しい従業員の皆さん。撮影が滞りなく進んだのは、宮原旅館のお蔭でもあるんですから。


「そうですか? 俺としては宮原旅館の皆さんが良くしてくれたからこそ、ここまで気を緩められてる気がしますよ。ありがとうございます」

「いえいえ。それが私達の仕事ですから」


「本当に尊敬します」

「ありがとうございます。あっ、そういえば君島さん?」


「はい?」

「あの、うちの主人が余計なお節介を焼いたみたいですね? それも千那ちゃんを巻き込んで……ホントごめんなさいね?」


 っ! まさか透也さん、あの混浴のことを真白さんに!? いや、流石に透也さんと千那さんだけじゃ実現は出来ないとは思うけど、まさか真白さんにまで知られているとは。まさか宮原家全員が知ってるのか!?


「えっ……」

「ふふっ。大丈夫です。今、周りには誰も居ないですから」


 そっ、それも大事だけど、そういうことじゃないんだよなぁ。


「あっ、そうですか?」

「はい。本当にあの人ったら……」


 そう言いながら、少し呆れたような表情を見せる真白さん。ただ、自分としてはかけがえのない時間を作ってもらえて、感謝しか浮かばなかった。


「いや正直、透也さんと千那ちゃんには感謝してもしきれません。それに真白さんを始め、ああいう場を許してくれた宮原旅館の皆さんに対しても同じです」

「まぁ……」


「ああいう時間があったからこそ、互いを知れましたし……その……」

「余計に燃え上っちゃったかしら?」


 くっ。その大人の余裕たっぷりな笑顔は、笑美ちゃんとは違った色気を感じるな。


「その通りです」

「あらっ、ズバリ言ってくれるわね? でも、そうなってくれたのなら、それこそ私達も働き甲斐があるわ」


「ははっ、良い歳こいたおっさんが言うと気持ち悪いですけどね」

「君島さん? 君島さんがおっさんなら、年上の私はおばあちゃんになりますけど?」


 なんて思ってたら、今度は子どもの様な膨れ顔。なんていうか……自然と引き込まれる雰囲気と性格だよな。だからこそ、こんな良い旅館の若女将が務まるのかもしれない。


「すっ、すいません! そういうつもりで言ったんじゃ……」

「ふふっ。知ってますよ? 本当に君島さんは真面目ですね?」


「真面目……ですかね?」

「そりゃもう……2人の様子見てるだけで分かりますよ? 勝手な勘ですけど、若さゆえの……勢いに任せてしまいそうなシチュエーションでも、君島さんがひと踏ん張りしてそうな気がしますよ」


 ……確かに、思い起こせばお風呂場での笑美ちゃんの言葉はヤバかったな。流石に場所的なこともあったし、あの状態でしてたら万が一がある可能性もあった。そりゃ頭の中は抱きたいって、いっぱいだったけど……なんとか踏みとどまれたんだよ。


「まぁ……マネージャーとしての自覚が勝った場面は多いかもしれませんね」

「そういう人って、本当に重要だと思う。相手は君島さんが思っている以上に、君島さんを頼りにしてるかもしれませんね?」


 相手って……笑美ちゃん? ははっ……


「そうだといいですけどね?」

「謙虚なところも重要ね。まぁ、2人なら大丈夫。ずっと幸せが続く気がする」


「えっ? 本当ですか?」

「えぇ。自信がある訳じゃないけど、私って、そういう雰囲気が見えちゃうのよね?」


 見えるって……おいおい、宮原家の皆は全員エスパーか何かか?


「マジですか?」

「でも、そう言われても実感湧かないでしょ? あくまで、私独自の考えだって思ってくれたらいいわ」


「いや……だとしても、そう言ってもらえると素直に嬉しいです」

「……ねぇ、君島さん? あなた女の子からズルいって言われない?」


「えっ? 特には……」

「そう? なんとなく、結ばれた理由が分かるかもしれないわ」


 ん? 理由? 一体何を……


「あっ、そういえば……そんな君島さんにもう1つ朗報があるかな?」

「ん? 朗報ですか?」

「これも噂半分で聞いて欲しいんだけど……ここに混浴で入った人達は、私の知る限り全員が結ばれて、今も幸せを噛み締めてるわ」


 こっ、混浴って……しかも知る限り全員が結ばれてる?


「えっ? 真白さん、それって……」

「それにもれなく、子宝にも恵まれてるのよねぇ……」


「こっ、子宝って!」

「ふふっ」


 ちょいちょい、それが本当ならマジで嬉しい話なんだけど……流石に偶然じゃ……


「いやぁ、それが本当なら嬉しい限りなんですけど……」

「まぁそうよね? でも……その経験者が語るんだから信憑性が湧かないかしら?」


 そう言うと真白さんは優しく微笑む。その表情に一瞬頭がフリーズしかけたものの、直ぐさまその言葉の意味を理解した。

 待てよ? 経験者? 語る? 


「えっ? 経験者って、ことはもしかして……」

「ふふっ」


 マジかよ!? まさに目の前に経験者が居るとは……それに確か、透也さんと真白さんには子どもが3人。本当にそんなことが?


「いや……その……滅茶苦茶信憑性が増しました。それに余計に嬉しくもなります」

「良かった。私も2人には幸せになってもらいたいもの」


 そんな伝説じみたことを、透也さんと千那さんも知っていたかはさておき……その話を聞くだけで、笑美ちゃんとの繋がりが強くなった気がした。

 それに素直に……嬉しい。


 ……マジで宮原旅館の人達には感謝しないとな。


「ちなみに私の見立てだと、2人のこ……」


 ん? またジッと俺の方見てますけど、まだ何か見えるんです?」


「…………わぁお」

「えっ?」


 ちょっと、真白さん? なんで顔赤くなってるんですか?


「笑美ちゃん……凄く頑張るわねぇ」

「ん?」


「私も、まだまだ頑張らないとね。それじゃあ君島さん、心行くまでマッサージ器堪能してね?」

「あれ? 真白さん? あの……」

「ふふっ。ごゆっくり~」


 って、行かないでくださいよ! なんですか? ちょっと真白さん?


 滅茶苦茶気になるじゃないですか~!!



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