第58話 おっさんと熱い露天風呂

 



 そこは、ここ数日何度も足を運んだ場所。

 木の良い匂いが立ち込め、溢れんばかりの湯気に包まれる。ただ、一つ違うのは……その雰囲気。

 日差しに照らされたお湯が輝き、外に見える緑の木々がより一層映えた。そして貸し切り状態となると、その広さも大きく見える。

 それに……


「ふふっ。じゃあ、先に体洗おっ? 丈助さん」


 普通ならあり得ない、笑美ちゃんが隣に居るのは……なんとも変な感覚だった。


「あぁ」


 けど……正直、ハッキリとバッチリと見えるそのお尻を見るだけで、嬉しくなるのは歳のせいだろうか。


 ……やばいな。もう何度も見てるはずなのに、このシチュエーションのせいか、より一層色っぽく見える。大体、いくら貸し切りとはいえバスタオルとかしなくても良いのか?


「丈助さん? 早く流しましょ?」

「おっ、おう……」


 って、バカか。純粋に混浴を楽しめっての。

 こうして、2人で並び洗い場に座ると……サッと体を洗い流す。ただ、隣に笑美ちゃんが居る状況はやはり違和感しか感じない。


 いや……まじで一緒に温泉入ってるんだな……って!

 そんな感情のまま、何度も笑美ちゃんの方へ視線を向けると……視線の先にはたわわなモノ。バスタオルをしていないとあれば、横からは丸見え。正直、色々と堪える。


 やばい……見ちゃいけな……


「じゃあ丈助さん? 背中洗ってあげますね」

「えっ?」


 それは一瞬の出来事だった。こちらの気持ちを知ってか知らずか、笑美ちゃんはそう言い放つと、徐に立ち上がる。俺は思わず、視線を向けようとしたけど、さっきのこともあって、直視が出来ずにいた。そして声を出す間もなく、笑美ちゃんは俺の背後へ……


「ボディーソープは……っと」

「ちょ、笑美ちゃん?」


 待て、色々ヤバい。そもそも背中にむっ、胸がっ!


「ふふっ。丈助さん……そんなの見せられたら、どうにか治してあげたいって思っちゃいますよ?」

「そっ、そんなのって……」


 えっ……まさか……


「丈助さん……」

「うっ……」




 ★




 朝に眺める露天風呂からの景色は、いつもとはまた違った姿を俺達に見せてくれる。

 夜が幻想的なら、朝のそれは広大な自然の美しさ。正直甲乙は付けられないけど……


「ふぅ……やっぱり露天風呂気持ち良いなぁ」


 今だけは、朝風呂が一歩リードしている。


「だな」


 作り的に、客室から露天風呂は見えない。それに千那ちゃん情報だと、よほど大きな声を出さない限り、会話なんかも聞こえない距離らしい。


 まぁ、客室からそんなのが見えたり聞こえたりすればプライバシーもへったくれもない。その辺り、評価が著しく高い宮原旅館は抜かりがないんだろう。


「それにしても……丈助さん? さっきのは調子乗り過ぎですよ?」


 ……やば。大分落ち着いたから露天風呂来たけど、やっぱ根に持ってる? でもな、最初に始めたのは笑美ちゃんだからな?


 あの後、俺はここ数日間してなかったということもあって、攻め気の笑美ちゃんにあっと言う間に陥落させられた。

 ただ、流石にそのまま負けっぱなしは嫌だという意地があり……攻守交替。今度は俺が笑美ちゃんの後ろになった訳だけど……色々とやり過ぎたらしい。


「お互い様だろ?」

「全然ですよっ! 明らかにっ! もう……丈助さんのエッチ……」


「なっ!」

「でも嬉しかったぁ。ふふっ。最後までしても良かったのに」


「それはダメだろ? 今はちゃんと付けるべきだし、流石にご厚意で貸し切りにしてもらったお風呂でそれはダメだろ?」

「やっぱり丈助さんは大人だなぁ」


 それを抜きにしても、透也さんに後で掃除させてくれって言わないとな。


 なんて話もそこそこに……気が付けば俺達は他愛もない話で盛り上がっていた。

 もちろん声自体は小さかったけど、露天風呂で隣に笑美ちゃんが居る。そんな状況で話が出来るのがとにかく嬉しくて仕方がなかった。


 撮影の話やら何やら、仕事の話はもちろん。

 家での惚気話も、普段の何気ないことについても……話題は尽きることはない。顔を見合わせては笑顔を見せる。そんな幸せな一時を全身で感じていた時……それは唐突だった。


「ねぇ丈助さん?」

「ん?」

「ここってさ? 私達の……出会った場所から少し離れた場所なんだよね?」


 いきなりだな。確かにここは石白市。そして俺達が出会った……言わば故郷と呼ばれる場所は青林市あおばやし。一応県庁所在地ではあるけど、俺も笑美ちゃんも割と端の方に住んでいた。

 こことは地図的には隣り合ってはいるけど……山を越えないと行けない距離。いや? 逆にそれだけしか離れていないと考えるべきか?


「だな? 山道で繋がってはいるけど、結構時間は掛かる」

「そっか……」


「どうかしたのか?」

「うぅん。そう言えば、前に言ってた丈助さんのおばあさんって、青林市に住んでるの?」


「そうだな。結構市街地寄りに住んでるよ」

「なるほど……ねぇ? 丈助さん?」


「うん?」

「撮影が終わったらね? ご挨拶行きたいな」


「あっ、挨拶!?」

「だって、丈助さんの家族でしょ? それに、おばあちゃんの家に……その……ご両親……」


 たっ、確かに今はお婆ちゃんに一旦預かってもらってはいる。それに、俺だって欲を言うなら笑美ちゃんを紹介したい。

 そう思っていても、どこか引っかかる気持ち。その理由は……自分でも良く分かっている。


「そうだな。俺も……笑美ちゃんを紹介したいよ。でも……」

「でも……?」


 そうだ。いくら市街地とはいえ、笑美ちゃんが地獄を見たあの団地との距離が近くなる。記憶は曖昧でも、近付けば体が反応したり具合が悪くなることも考えられる。それに一番最悪なのが……笑美ちゃんの母親と遭遇すること。

 距離は離れている。ただ、買い物で市街地に行くことはザラにある。そうなったらと思うと……


「色々不安だ。あの団地にめちゃくちゃ近付くことになるし、それにもし……」

「丈助さん?」


 その時だった。自分の気持ちを話そうと、笑美ちゃんの方へ視線を向けた瞬間……そこには今まで何度も見てきた笑美ちゃんの笑顔があった。


「えっ?」

「心配してくれてありがとう。でも、私もう大人だよ? それに……丈助さんだけじゃない。私も、自分の過去と決着はつけないといけない。だから……もし出会ったなら、面と向かって立ち向かってやります」


「笑美ちゃん……」

「それに、隣には丈助さんがいてくれる。それだけで……どれだけ心強いか。だから、大丈夫だよ?」


 そう言い放つ笑美ちゃん。その表情はまさしく、いつもの笑美ちゃんそのものだった。

 そしてその瞳の奥には……過去と決着をつけようとする、強い意志を沸々と感じ取れた。こうなったら……止めることなんで出来ない。


 ……そうだよな。笑美ちゃんは立派な大人に成長したんだ。それを一番よく知ってるのは俺じゃないか。だったら、隣に寄り添って……どんと構えていればいい。もし何かがあったら、もう一度身を呈して守れば良い。


「ったく、本当に立派になったよ」

「そりゃ、常日頃から丈助さんに見合う女を目指してますからねっ」


「言うねぇ。実は俺も笑美ちゃんに釣り合う男を目指してるんだよ?」

「えぇ!? そうなんですか? じゃあお互い……もっと良い男女になれますね? ふふっ」


「だな。じゃあ笑美ちゃん……」

「はいっ」


「映画の撮影終わったら……俺の家族の所に、挨拶に行かないか? いや、一緒に来て欲しい。結婚を前提に付き合ってる大切な女性だってさ」

「けっ……もっ、もう! やっぱり丈助さんはずるいです!」


 だから……その恥ずかしがってる顔も反則級の可愛さなんだって。


「えっ? だって、違うのか?」

「ちっ、違うくないですっ! うぅ……じょ、丈助さん?」


「なんだい?」

「えっと、その……一緒にご挨拶行かせてくださいっ! 結婚を前提にお付き合いしてる、大切な女性としてっ!」

「うん。一緒に行こう」



 そう呟き、少し赤みを帯びた頬を見せる笑美ちゃんに……俺は優しく口づけをする。

 それに応える様に、笑美ちゃんは俺の手を優しく握った。



 ……今日の露天風呂は、どうやらいつもより少しだけ……熱いらしい。



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