第57話 感謝と高揚

 



 朝日が差し込む脱衣場に一瞬の静寂が訪れる。

 それもそのはずだ。誰が清掃中のお風呂に人が居るなんて思うだろう。ましてや男湯に、笑美ちゃんが居るなんて予想外も予想外だ。


 ただ、それはどうも笑美ちゃんも同じらしい。

 ここ数日見慣れた浴衣が、少し着崩れてはいるけど……俺と同じく驚いた表情を浮かべていた。


 なっ……なんで笑美ちゃんが?


「えっと、その……笑美ちゃん?」

「じょっ、丈助さん……? あっ! これは違うんです! 千那ちゃんにこの時間帯だったら温泉貸し切りに出来るって言われて! その……」


 って、やっぱその慌て様……笑美ちゃんもまさか俺が来るなんて思ってなかったみたいだな。


「おっ、落ち着けって笑美ちゃん」

「だっ、だって女が男湯に居るなんて……」


 辺りをきょろきょろ見渡し、慌てふためく笑美ちゃん。正直、その素振りも様子も可愛いの一言だった。それに今の笑美ちゃんの言葉で、どうしてこんな状況になったのか……なんとなく察しがつく。


 ……これが演技だったら恐ろしいけど、千那ちゃんの名前が出たということは、あの兄妹の仕業……というよりプレゼントかもしれないな。


「ははっ」

「丈助さん?」


「あっ、ごめん。実はさ? 俺は透也さんに見せたいモノがあるって言われて来たんだ」

「とっ、透也さんにですか?」


「あぁ。それと笑美ちゃん。千那ちゃんに俺達の関係見抜かれてたりしない?」

「ギクッ!」


 この反応……バッチリ正解だな?


「すっ、すいません。私がべたべたし過ぎたせいで……千那ちゃんにズバリ言い当てられまして……」

「やっぱりか。大丈夫、俺は透也さんに見破られた。それに、おそらく俺達の関係を知ってるのは宮原家の人だけらしいってさ」


「えっ? そういえば千那ちゃんもそんなこと言ってました」

「だろ? だとしたらこの状況。あの兄妹にやられた……というより、作ってもらったって訳だ」


「作って……って、もしかして!?」

「あぁ、俺達が2人でゆっくりできる時間をさ?」


 その意図は、良く分からない。昨日も考えてはいたけど、俺と透也さんは出会って4日しか経ってない。ただ、4日しか経っていないとは思えないほど互いに気が合った。それは笑美ちゃんと千那ちゃんも同じ感じだと思う。

 だとしたら。本当にただの親切心だとしたら……今この状況は紛れもなく、誰にも邪魔されず2人で過ごせる時間だ。


 そしてそれを作ってくれたのは……間違いなくあの兄妹。


「あっ、だからか……」

「ん?」


「いえ。千那ちゃんが女湯の掃除してるから、満足したら声掛けてって言ってくれたんです。連日の撮影で疲れてるでしょ? って話から始まって、最初は自分なんかの為に? なんて思ってたんですけど……今、本当の意味が分かった気がします」


 そりゃ……ここまでお膳立てされたら分かるよな。


「だな。あとでちゃんとお礼言わないと」

「はいっ! ふふっ。でも、本当に丈助さんと2人きりなんですね……」


 笑美ちゃんの言葉に、またしても脱衣場は静寂に包まれる。

 ただ、さっきと違うのは……微笑みながら互いを見つめていること。そして、どっちからともなく、ゆっくりとその距離が近付いて行った。

 状況を理解すれば、自分の求めることが存分出来る。それを笑美ちゃんも感じてくれているんだと、妙な自信が心と体を動かしていた。


 笑美ちゃん……

 そうなったら最後。あとは成すがまま成されるがままだった。


「丈助さん」

「笑美ちゃん」


 ここに来てから、幸せより緊張を感じていた抱擁。まるで家でしていた時の様に、体の隅から隅まで笑美ちゃんの体温を感じる。

 そして、互いに顔を見合わせて、


「んっ……んんっ……」


 重なり合う唇は甘く、蕩けるように柔らかさ。


「……はぁ……」

「笑美ちゃん……」


 それだけで、今までの疲れも何もかも消え去る。ただ、本番はこれからだった。


「やっぱり、こういう2人きりの時の方が……良いですね?」

「あぁ。全身で笑美ちゃんを感じられたよ」


「あのね? 丈助さん……本当に、ここに来てからのこと……」

「いいよ。俺も悪かった。言い方がキツかったって後悔してたし……昨日透也さんにも零しちゃってさ?」


「えっ? 丈助さんのせいじゃないです。でも……嬉しいな……」

「嬉しい?」


「うん。私も、丈助さんに迷惑かけちゃったって……昨日千那ちゃんに話聞いてもらってたんです」

「笑美ちゃんも?」


 なんだ……考えることは一緒か。


「ふふっ。だから、千那ちゃんと透也さん……わざわざ……」

「経営者特権バリバリ使ってもらったな」


「はいっ! でも、感謝は終わってからでも良いですよね? 今は、お二人のご厚意に甘えちゃいます」

「そうしようか? まさか温泉地で一緒に入れるとはね?」


「こんなに嬉しいことはないですよぉ。じゃあ、丈助さん……服脱ぎましょう?」

「そうだね」


 そう話すと、笑美ちゃんはゆっくりと浴衣を脱いでいく。露わになる白い肌と、下着姿は……朝という明るい時間もあって、全てがハッキリと目に映った。

 そんな姿に見とれている内に……目の前にはあっと言う間に裸の笑美ちゃんが現れる。


 その抜群なスタイルに、白い肌が太陽の光に照らされて……まるで彫刻でも見ている様な美しさだった。


「あっ……もう丈助さん? そんなに見られたら恥ずかしいですよぉ」

「いや、その……やっぱりめちゃくちゃ可愛くて綺麗だよ? 笑美ちゃん」

「はっ! もっ、もう……嬉しい。でもこの体は、丈助さんだけの物ですからね?」


 ぐっ! その笑顔にそのセリフは……会心の一撃だぞ?


「丈助さんも……早く脱いで下さい?」

「あっ、あぁ。ごめん」

「ふふっ。そして一緒に入りましょう?」




「お・ん・せ・んっ……」



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