第54話 おっさんと女子大生の帰郷

 



「うわぁ~」


 隣から聞こえる嬉しそうな声。

 視線を向けると、まるで子どもの様に笑美ちゃんが外を眺めていた。


 新幹線から見える景色は、それはそれは綺麗だ。それを含めて、笑顔を見せる笑美ちゃんの様子に……いつもなら俺も嬉しさを感じるはず。ただ、今だけはそうとも言い切れない。


 ……この調子だと午後には新青森駅到着だな。今の所、笑美ちゃんに変な様子はない……か。でも、本当に来ても良かったのか? 笑美ちゃん。


 新幹線に揺られながら、俺達は東京から青森へと向かっている。目的はもちろん、笑美ちゃん主演のホラー映画の撮影だ。

 ホラーに耐性が無かった笑美ちゃんも、俺と回を重ねる内になんとか悲鳴を出さずに1本見終えられるくらいに成長を遂げた。まぁ、その後のお風呂は相変わらずだけど……ほとんど毎日一緒に入ってるから問題じゃない。


 そんな努力を胸に……こうして撮影に迎えてはいる。ただ、俺は……少しだけ不安を感じていた。

 スケジュール案をもらった時から、それは消えない。どうすれば消えるのかすら見当もつかない。その原因は、撮影場所にある。青森県……奇しくも、俺と笑美ちゃんの地元だ。


 俺にとってはただの地元。けど、笑美ちゃんにとっては地獄の様な出来事があった場所。そりゃ今回の撮影場所である石白せきしろ市は、俺達の住んでた場所から離れてはいる。ただ、山を隔てているとはいえ、地図的には隣。そんな場所に笑美ちゃんは行けるのだろうか? 情緒不安定にならないだろうか?

 それだけが不安で仕方がない。


「見てみて? 綺麗な山~!」

「そうだな」


 けど、当の本人を見ると……そんな雰囲気はないんだよな。

 スケジュール案をもらった夜に、俺は笑美ちゃんへ全部話した。当然、最初は顔を曇らせるかと思ったけど、



『えぇ~? 青森ですか? 2人揃って帰郷じゃないですか君島さん』


 第一声は予想外なものだった。


『いや、そうだけど……』

『えっ? どうかしたんですか』


『……あのな? いくら市町村は違ってても、まず第一に青森は俺の地元だ。そして……笑美ちゃんの地元でもある』

『そうですねぇ』


『そうですねぇって……あれだぞ? その……』

『ふふっ。丈助さんってやっぱり優しいですね?』


『なっ!』

『だって、なるべくオブラートに包んで話そうとしてくれてるじゃないですか。あれですよね? 私が昔のこと思い出さないか、心配してくれてるんですよね?』


『そっ……そうだよ。俺は別にいい。けど、笑美ちゃんにとっては大事なことだろ?』

『まぁそうかもしれませんね? でも、正直どうでも良いですよ?』


『えっ?』

『昔がどうであれ、今の私は幸せなんです。今更過去がどうとか関係ないですもん』


『笑美ちゃん……』

『それに丈助さん? 1つ忘れてませんか?』


『忘れてる?』

『そうですよ? 丈助さんマイナスなことばっかり考えてますけど、よぉ~く考えて下さい?』


『よぉ~く?』

『はいっ! よく考えたら分かりますよ? だって……青森は私と丈助さんが初めて出会った場所でもあるんですよ?』



 ……確かにそうだけどさ? 色々と心配な訳だよ。その心の中は不安でいっぱいじゃないかとか、無理してないかとか?

 それと……場所的に大丈夫だろうけど。正直、その後の行方も分からないけど……万が一、笑美ちゃんの母親と出会わないかってさ?


 笑美ちゃんの性格は分かってる。だからこそ、余計に心配なんだよなぁ……


「あっ! 丈助さん!?」

「なっ、なんだ!」


「車内販売です! 駅弁ですよ!? 食べても良いですか~?」

「おっ、おう」

「やったぁ」


 できればずっと、この笑顔を見ていたいよ……




 ★




 こうして、道中何事もなく……俺と笑美ちゃんは青森へと到着した。

 一歩足を踏み出すと、何とも言えない空気感に包まれ……変わってしまった周りの景色に、しみじみ長い間離れていたのだと実感する。


「ん~着きましたね? 青森」

「だな」


「どうです? 久しぶりの帰郷は」

「結構駅周辺が様変わりしてるな。浦島太郎気分とはこういうことかもしれない」

「ふふっ」


 本当にいつも通りだな。


「そういう笑美ちゃんは? 記憶に……あるか?」

「残念ながら、この辺の記憶はないかな? 家とかの記憶はあるけどね? それでも……どこか懐かしい感じはするよ」


 そりゃそうだよな。あの時4歳だろ? それに……周りを見ている余裕なんてなかった気がする。


「そうか。あのさ? 笑美ちゃん……」

「なぁに?」

「俺は笑美ちゃんが大事だ。だからこそ、隠し事はしないでくれよ?」


「丈助さん……」

「少しでも具合が悪かったり、不安を覚えたり……とにかく身体的にも精神的にもキツくなったら、絶対に言ってくれ? お願いだから」


「……うん。てか、最初からそういうつもりだよ? それこそいつもの通りにね?」

「そうか」


 そう言いながら、俺を見つめる笑美ちゃん。その微笑みに、少しだけ安心を覚える。

 ……直に言ったし、大丈夫だよな? じゃあ、ちょっと切り替えるか。


「じゃあ……いつも通り、NGなしでお願いするよ?」

「おっけぇ! 任せなさい!」


「じゃあ、ここからはタクシー。準備は良い?」

「はぁ~い。確か宮原旅館みやはらりょかんって名前でしたよね? 出演者と撮影スタッフがお世話になるのって」


「だな。なんでも源泉かけ流しの温泉があって、サイトでは高評価の嵐だったぞ?」

「本当ですか? 楽しみだなぁ」


「あまりの心地よさに、映画のこと忘れないでくれよ?」

「分かってますってぇ」


 とりえず、笑美ちゃんの様子は注意しないと。

 温泉やら何やらで、上手くリフレッシュできれば儲けもの。じゃあ、俺も覚悟を決めていきますか。


「じゃあ、行こうか?」

「了解ですっ!」


 撮影場所……石白市へ。



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