第52話 おっさんと温かい朝
気が付くと、そこには見慣れない天井が広がっていた。
一瞬、その光景に違和感を覚えたものの、隣に感じる温もりにすべてを理解する。
何も着ていない裸の状態。
腕に感じる髪の毛。
横っ腹に感じる柔らかさ。
耳元に聞こえる寝息。
すぐ横にある可愛い寝顔。
俺、笑美ちゃんと……
「んっ、ん~」
すると、気持ち良く寝ていた笑美ちゃんがゆっくりと瞼を開ける。隣でこんな姿を見ているのは、少し不思議な感覚だった。ただ、
「おはよう。笑美ちゃん」
「ん~? あっ……おはよう。丈助さん」
とんでもなく幸せだった。
「なんか不思議です。朝起きて隣に丈助さんが居るの」
「俺も同じだよ」
「ふふっ。丈助さん」
そう言いながら、笑美ちゃんは俺の体に顔を埋める。それに応える様に、俺は右手を笑美ちゃんの背中に回し抱き寄せた。
ほのかに香る良い匂いと温もりは、いつまでも……もっと感じていたいモノだった。
「笑美ちゃん……」
「丈助さん……」
「ちゅっ……んんっ……」
互いに見つめ合い、軽いキスを何度もする。それだけでも、体全体を幸福感が包み込んだ。
「ふふっ」
「ん? どうした?」
「やっぱり、好きな人とこうして居られるのって、素敵だなって」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
何もかもを失って、自分の存在意義さえ見えなかった俺が……必要とされる、求められていると実感が出来たから。
「俺もだよ? 笑美ちゃん」
「やった」
そんな言葉を交わしつつ、俺と笑美ちゃんは起きてからも暫くの間、布団の中で抱き締め合っていた。
「それにしても丈助さん、鈍感過ぎます。私結構アプローチしてたじゃないですか」
「ごめんごめん。けどさ、笑美ちゃんが俺をそんな風に思う訳ないって思っててさ?」
「どうしてですかぁ。私は……ずっと前から丈助さんを想ってましたよ?」
「えっ?」
「私にとって地獄の様な日々。そこに現れたのは丈助さんです。あの時、最初は驚きましたよ? でも、丈助さんは怪我をしても私を守ってくれて……あの時の丈助さんの温もりが忘れられなかった。部屋から出ていく丈助さんの大きな背中も、私に見せてくれた笑顔も……頭の中から消える訳無いんです」
「笑美ちゃん」
「施設に行ってからも、それは変わりません。それこそ……学生の時は自慢じゃないですけど何人かには告白されたんです。けど、どうしてもそういう気持ちにはなれなかった。だって、私の頭の中には……うぅん。私の心の中には、ずっと丈助さんが居たんです。それは自然と、命の恩人から憧れ。大切な人から好きな人へと変わって行きました。だからあの時、あの公園で丈助さんに出会えたのは奇跡で運命だって思ったんです」
そっ、そこまで俺を思っててくれたってのか?
「あの日から……ずっと?」
「はい。信じてもらえないかもしれませんけど本当です。だからあの日、丈助さんに出会って、悲しそうな顔をしている丈助さんを放ってはおけなかった。正直、今の丈助さんがあの時のままだって保証はなかったですけど……それでも良いから家に呼んだんです。金品奪って、逃げられても良い。襲われたって良い。それだけ、丈助さんとまた2人で居たかったから」
「そこまで……嬉しいよ。笑美ちゃん」
「ふふっ。でも、丈助さんは変わってなかったですよ? 酔っぱらってるのに、必死に家に行くの拒否してましたし……力ずくで襲いもしなかったし」
「あのなぁ……命の恩人にんな事する訳ないだろ? それに、そういうのはやっぱ好き同士がするもんだ」
「そんな事言ったら、丈助さんも私にとっては命の恩人です。それに……そういう関係になったから、してくれたんだよね?」
「……当たり前だろ? 笑美ちゃん……」
「丈助さん……んっ……」
軽くキスをすると、俺達はもう1度体を寄せ合う。できれば、この時間が何時までも続いて欲しいと思っては居るけど……そんな状況でもチラチラ見えるベッド周辺の惨状は、ベッドの中とは違ったモノだった。
「それにしても……夢中だったとはいえ、ベッドの周り凄いな」
「たはぁ。確かに」
無造作に置かれた無数のティッシュの塊。コンドームの空。
冷静になって考えると、昨日の自分が恐ろしい。
「てか、笑美ちゃん大丈夫か?」
「ん? 何が?」
「だってその……初めてだったろ? けど俺、歯止め利かないて……」
「あぁ~最初はちょっと痛かったけど、直ぐに収まったよ? それにバスタオル敷く作戦はナイスですねぇ」
「いやぁ、雰囲気壊す感じだったよな……」
「全然。敷布団とかいろいろ考えてくれたんだよね? それにしても……最初丈助さんすごく早かったよね? ふふっ」
……げっ。
段々と記憶が蘇る昨夜の出来事。確かに久しぶりすぎて、最初はあっけなく暴発してしまった。
「いや……ごめん」
「全然だよ? それだけ私で興奮してくれてたってことでしょ?」
「そうだよ。じゃなきゃ、こんなにも出来ないって。だからこそ、笑美ちゃんが……」
「大丈夫。丈助さん上手だから……その前に何回もイッちゃってたもん」
「えっ?」
「丈助さんのエッチ……」
その恥じらう顔は……部屋の明るさもあってバッチリ見える。そしてそれはハッキリ言って、最高に可愛いモノだった。
「なっ……」
「ふふっ……あれ? 丈助さん? 固いのが……」
やばっ。
「いや、これは……」
「昨日あれだけしたのに元気ですね」
「いや、しょうがないだろ?」
「もちろんです。それだけ、私に魅力を感じてくれてるんですもんね?」
「当たり前だろ?」
「嬉しいです……って、やっぱりめちゃくちゃ固い……えいっ」
「うおっ、いきなり触るのは……」
「へへっ」
「このっ……笑美ちゃんだって」
「んあっ!」
「かなり濡れてないか?」
「もっ、もう……だってこんなの感じたら……」
「ねぇ丈助さん? 今日は仕事休みですよね?」
「お互い完全フリーな日だな?」
「だったら……ねっ?」
交わった次の日が休みとは……ある意味奇跡かもしれないな。それに、たまには自分の欲求のままに過ごせる日があっても良いよな?
「そうだな。今日1日くらい……な? 笑美ちゃん……」
「丈助さん……んっ……んんっ……」
この日は、俺達がここに住み始めてからもっとも堕落した1日だったかもしれない。
まぁいくら堕落していても……
「好き好き……大好き……」
「俺も好きだ……笑美ちゃん」
1日中、求め合う日はあっても良い気がする。
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