第50話 女子大生と混浴

 



「あのっ! 私あっち見てるので、丈助さんお風呂入って下さい」

「おっ、おう」


 どうしてこうなったのだろう。

 そんな事を考えながら、俺と笑美ちゃんはお風呂場前の……洗面所に居る。基本的にここを使う時は1人が多い事もあって、どことなくいつもより感じる狭さ。とはいえ、これも笑美ちゃんの希望とあれば……断る事は出来ない。


 にしても、こっち見てないとはいえ……脱ぎ辛いな。

 このような状況になったのは、一重に笑美ちゃんのお願いがキッカケだった。第一関門であるホラー映画を全部見終え、一喜一憂して居たのも束の間。お風呂というワードに笑美ちゃんが反応した。

 要はホラー映画を見てしまった手前、お風呂という空間に1人で居るのが怖くなったらしい。さっきの映画でもお風呂場で霊と遭遇する場面もあったのが、より一層その怖さを助長しているんんだろう。それに俺がお風呂に行けばリビングに1人と逃げ場が無くなる。それを打破する為の行動は1つしかない。


 結果として、洗面所に居て欲しい。むしろ、最初にお風呂入って、幽霊の有無を確認して欲しいとの懇願された訳だ。まぁ、1人の空間が怖いと思うのは当たり前だ。もちろん、笑美ちゃんが入ってる時は、俺が洗面所にピッタリ張り付く予定だし……っと、とりあえず脱ぎ終わったけど、念の為タオルを……


「とりあえず服脱いだから、お風呂場入るね?」

「はい! 私すぐにお風呂の入り口に行きますっ!」


 ガチャ


 ふぅ。

 一息つくと、徐にドアに目を向ける。すると曇りガラスには、もはや笑美ちゃんの背中が映っていた。

 その素早さに感心しながらも、俺はゆっくりとシャワーのノズルを捻る。


 温かいお湯が全身を包み込み、その気持ち良さに今日も1日頑張ったのだと実感させられる。そんな感覚に包まれながらも、いつも通り髪を洗っていた時だった。シャワーの音に混じって、笑美ちゃんの声が耳に入った。


「じょっ、丈助さん! ごごっ、ごめんなさい!」


 ん? 笑美ちゃん? なんか謝ってる?


「どしたー?」

「いくらすぐ後ろに居ても、前から誰か来そうで怖いですぅ」


 まてまて、今シャンプー流し始めたからシャワー止めるに止められない。


「えぇ? なんて?」

「もっ、もう無理です! ごめんなさい……」


「なんで謝ってるんだよ?」

「失礼しますっ」


 ガチャ


 えっ? ドアの音!?

 シャワーの音と共に聞こえて来た笑美ちゃんの声。断片的にしか聞こえなかったものの、その音は明確に耳に入った。それはドアが閉まった音。しかも、何処となく後ろに感じる気配。


 まさか……まさか……

 頭の中である事が想像できた。ただ、出来れば幽霊が居て欲しいと思う自分が居る。


「うぅ……」


 そんな呻き声を聞きながら、俺はサッパリした髪を確認するとシャワーを止める。そしてハッキリとした視界の中、目の前の鏡が目に入った瞬間……自分の望みは断たれたのだと思い知った。


 まっ、マジかよ? これは想定外なんですけど?


「えっ、笑美ちゃん!?」

「すっ、すいませーん!」


 俺の後ろには、なぜか正座をしている笑美ちゃん。お風呂に居る事にも驚いたけど、その格好の方に意識を持って行かれた。


「ちょいちょい! なんでお風呂に? しかも正座!?」

「だっ、だって……」


 流石にタオルは巻いてるけど……谷間っ! って、そうじゃない。柔らかい素材とはいえ、流石に正座はヤバい。


「おっ、俺シャンプー終わったから湯船入るよ! 笑美ちゃん椅子に座りな」

「はっ、はいぃ」


 俺はそう言うと、なるべく笑美ちゃんの方を見ない様に、湯船へ体を浸からせた。それを確認してか、笑美ちゃんもゆっくりと立ち上がると、椅子へと座りこむ。そして、シャワーで体を濡らし始めた。


 またしても、どうしてこうなった……

 同じ空間で服を脱いだまでは良い。ただ、何をどうすれば一緒にお風呂に入るなんて想像できただろう。湯船に浸かりながら、そんな何とも言えない感情に包まれる俺。ただ、


「はぁ~めちゃくちゃ安心しますぅ」


 笑美ちゃんにしてみれば、想像以上の安心感らしい。明らかに口調も、口数も多く……いつもの笑美ちゃんに戻りつつあった。

 そんな姿を見ると……気にし過ぎなのは俺だけなのかと思ってしまう。


「少しは怖いのも薄れたか?」

「完全にとはいきませんけど……横に丈助さんが居るってだけで、比べ物にならないくらいホッとしてます」


「良かったよ」

「へへっ」


 大分落ち着いただろう笑美ちゃん。おかげで、大分おかしな感じではあるけど、いつもの光景が戻ってきた。おのずとホラー系の話は避けつつも、何気ない会話に自然と笑みが浮かぶ。


「ふふっ。でも、丈助さんとお風呂なんて不思議な感覚です」

「どう意見だね。そういえば笑美ちゃ……っ!」


 まぁそんな雰囲気が災いする事もあるけど。

 思わず笑美ちゃんに視線を向けると、当たり前だけどそこにはお湯が滴る笑美ちゃんが座って居る。バスタオルを巻いているとはいえ、思わず目はその大きな胸へ。更に濡れたバスタオルが何とも言えない色気を醸し出す。


 その姿に年甲斐もなくドキッとすると、息子が正直に反応する。それらを必死に隠しながら、いつも通り会話をするのは結構キツイ。

 しかし、そんな苦行は……終わる事を知らなかった。


「あっ、丈助さーん?」

「どうした?」


 って、こっちは見るなよ! 隠せてるか? 大丈夫だな。


「とりあえずシャンプーは終わったんですけど、やっぱり後ろのドア……曇りガラスが気になっちゃって……体洗ってる時だけでいいんで、後ろにいてくれませんか?」

「えっ?」


 正直、下半身は通常営業に戻っては居ない。ただ、普通であれば何食わぬ顔で湯船から上がる場面で、もたつくなんておかしい。

 どうする……そうだっ!


「わっ、分かった。後ろ向きで座ってるからな?」

「は~い」


 こうすれば、背中を見せつつ湯船を出ても違和感ないだろう。なんという妙案だろうか。俺は自分自身を褒めつつ、迅速に湯船から上がり、笑美ちゃんと背中合わせになるように座り込む。そしてやっと、何とも言えない安心感を覚えるのだった。


「ふふっ。やっぱり丈助さんが居ると安心します」

「社交辞令でも嬉しいよ」


 でもまぁ、言われてみれば後ろに曇りガラスってのも、ホラー見た後だと怖いよな? 横より後ろにいた方が、安心感は……


「丈助さん……」


 その時だった。耳元に聞こえる笑美ちゃんの声。それと同時に、背中に感じる柔らかい感触。

 突然の事に、言葉すら出ず身動きも取れない中……笑美ちゃんの細い腕が、俺の体を包み込んだ。


 なっ!


 その状況に驚きは隠せない。とはいえ、背中に感じる肌のぬくもり。そこにバスタオルの感触を感じない時点で……不思議と理解に至るまではあっという間だった。


 笑美ちゃんに後ろから抱きしめられている……それも何もつけていない状態のまま。


 耳元に感じる笑美ちゃんの顔。

 優しく包まれるぬくもり。

 背中に感じる柔らかさ。


 鼓動の音が、大きく……激しく……体中に駆け巡る。


「丈助さん……私じゃ……ダメですか?」



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