第49話 女子大生とホラーとおっさん
笑美ちゃんの話。
その言葉に何処か動揺した自分が居た。ただ、いざ口から出たのは……ある意味予想外なモノ。
「ホラー?」
「うっ、うん……」
今までもここで一緒に映画は見て来たけど……ホラーってジャンルはなかった気がする。もしかして……
「次に決まってる、ホラー映画の為か?」
「それもあるんだけど……さ?」
「うん?」
「実は……私ホラー映画というか、ホラー全般が苦手なんだよねぇ」
……マジかっ! テレビ番組も含めて、見ていない事に気付くべきだった。にしても、ホラー映画の出演の話した時、余りにも普段通りにOKしたからな……いや、そんな雰囲気を感じなかった俺のミスだ。
「確かに、いままでそっち系統のテレビも映画も見た事無かったな。じゃあ、あのホラー映画の話も無理してOKしたんじゃないのか?」
「へへっ。でもね? 何事も経験だと思ってさ? こういうオファーも捉えようによっては、自分が成長できるチャンスでしょ?」
「けどなぁ……ごめん。いつもの笑美ちゃんの返事聞いて、何とも思ってなかった。その辺り、把握できていない俺のミスだ」
「なんで丈助さんが謝るのさぁ。私が選んだんだよ?」
いや、そうだけどさ……
「ちなみに、笑美ちゃんのホラー苦手レベルはいかほどなんだ?」
「たはぁ……結構……」
「ホラー映画は?」
「絶対に無理っ!」
「心霊番組は?」
「本気で無理っ!」
「怖い話は……」
「キャー!」
苦手ってレベルじゃねぇ!
「いや、確かに見るのと撮影とじゃ雰囲気は違うとは思うけど……一応お祓いとかするって聞くし」
「えっ……」
「それに正確な打ち合わせはまだだけど、ロケ地は日本三大霊山のある場所だってのは聞いたな」
「はぅ……」
「結構そういう噂もあるって話も……」
「うぅ……」
……こりゃヤバい。絶対無理してるぞ?
「なぁ笑美ちゃん? やっぱ……」
「じょっ、上等……です……」
「えっ?」
「これは神様が私に与えた試練です。女優としての成長を促さんとする試練です。だから丈助さんっ!」
「はっ、はい……」
「一緒に見て下さいっ! まずは、定番のジャパニーズホラー蛇沙子です!」
けど、そんな必死な顔されたら断れないし、止めろとも言えないんだよな。
「分かった分かった」
「やった! じゃあ早速見ましょう」
こうして急遽開催されたホラー観賞会。
いつも通り、お菓子やら飲み物を用意し……お互いの指定席に着席。
そしてついにそれは始まった。
とりあえず、いつも座ってる場所的には俺の方がテレビには近い。ただ、笑美ちゃんのソファーからは真っ正面にテレビがあるから真っ向で映像が目に入る。
それに、いくらホラーに慣れたいと言っても部屋を暗くするのは早くないか? 間接照明だけとはいえかなりの暗さだ。
≪ザザザー≫
「ひっ!」
おい~! まだ始まる前のオープニングだぞ? しかもテレビの砂嵐の演出だ。しかもクッションっ!? クッションで顔を隠してる? 雰囲気だけでもこの様子なのか?
≪ダダン!≫
「あっ、あの……丈助さん?」
「ん?」
映画のタイトルが映し出され、いざ本編が始まるという時だった。明らかに震えた声で笑美ちゃんに呼ばれたかと思うと、視線の端に黒い影が目に入った。何気なく見ると、そこには……何とも言えない表情で立ち尽くす笑美ちゃんが居た。
「なっ、どうした!」
「やっ、やっぱり1人は無理なので……丈助さんの隣に座っても良いですか?」
だから雰囲気とか、初っ端にしてはやり過ぎだっての。でも……それでも頑張る君の力になりたいよ。だったらそれくらいお安い御用だ。
「もちろん。おいで?」
「はい~!!!」
こうして俺の隣に……隣というかもはや密着する様な形で座りこんだ笑美ちゃん。この位置だと、いつもの笑美ちゃんの指定席からテレビまでの距離は短いが、角度的に見えにくい。直接的なホラー度は減ったはず。それに、いざとなれば俺を盾に視界を遮れるだろう。出来れば最後まで……見たいもんだな。
そんな不安を感じながら始まった本編。
想像通りといえばその通りだったけど、笑美ちゃんのホラー耐性の無さは想像以上だった。
≪ミシッ……ミシッ……≫
「ひっ、ひぃ……」
うおっ! 左腕持って行かれる! いや、腕一本で恐怖が和らぐなら安いもんだ。
≪ア……アァ……≫
「うぅ……丈助さん……」
ぬおっ! 背中に顔埋めるのは反則じゃ……
≪キャー!≫
「キャッ!」
ちょっ! 腕が、左腕に胸が! むしろ胸で挟まれてるっ! その見た目通りの大きさに柔らかさ……って! バカ俺何考えてるんだよっ!
そんな何とも幸せな状態が続いたまま、映画も中盤。ただ、ここからが本番とばかりに恐怖度は増してくる。笑美ちゃんが俺の左手を掴む力も心なしか強くなり、何気なく様子を見ると……視線はテレビを見ているけど、体全体が少し震えている。
それくらい必死になっている姿は、素直に凄いと思う。ただ、頭のどこかで……あの日の姿と被って見える自分が居た。
俺が部屋に行った時、思わず肩を抱いた時も震えてたよな? それと同じくらい怖いはずなのに、成長する為に必死になってる。だったら、これくらいはしても良いんじゃないか?
「笑美ちゃん、ちょっと左腕良い?」
「えっ? あっ、ごめんなさい! 痛かったよね?」
普段からは考えられない程の弱弱しい声と俺を見上げる眼差し。それはやっぱりあの時の姿がダブってしまう。
「違うよ。よいしょっ」
「えっ……」
そんな笑美ちゃんを抱える様に、俺は自分の腕を笑美ちゃんの背後に通すと、そのまま左肩を抱き抱えた。
さっき以上に感じる、笑美ちゃんの体温と呼吸。それらを全部噛み締めながら、俺はゆっくりと引き寄せる。
「じょっ、丈助さん?」
「こっちの方が怖くないだろ?」
「うっ、うん」
なんて、個人的にはホラー以上に左半身に感じる幸せな感覚が勝ったまま、ついに笑美ちゃんはリタイアする事無くホラー映画を見終える事が出来たのだった。
「ふぅー」
エンドロールが流れるテレビを見ながら、笑美ちゃんの安堵しきった息遣いが部屋の響く。
いやいや、頑張ったな笑美ちゃん。まぁTシャツはしわくちゃになったけど、努力の証拠だと思えば問題じゃない。
「これで第一関門はクリアかな? 頑張ったね? 笑美ちゃん」
「はは……最後は丈助さんに隠れっぱなしだった気がします……って! 丈助さん、Tシャツしわだらけじゃないですか! あぁ……すいません。私思いっきり握っちゃってましたぁ」
「全然だって。アイロン掛ければ問題ないよ? それに笑美ちゃんが頑張った証拠だから」
「へへっ。そう言って貰えると嬉しいです」
まぁなんだかんだ言って、笑顔の笑美ちゃんが1番可愛いけどな。
「ふっ。じゃあ、一仕事終わったしお風呂入って寝るか?」
「はい! お風呂……はっ!」
ん? 表情が曇った?
「あっ、あのですね? 丈助さん?」
「ん? どうした?」
「おっ、お願いがあるんですけど……」
「何でも言いな?」
「あのですね……その……」
「なんだよ? ハッキリ言いなって」
「うぅ……ひっ、1人でお風呂入るの怖いので、ついてきてくださいっ!!」
……えっ?
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