第48話 鈍感おっさんと社長の驚き
PAI事務所に出向いてから数週間。
サンセットプロダクションは意外にも平穏な日々を送っている。
あの記事については、予定通りゴシップ大衆に掲載され、発刊当日は色々と電話やらが鳴っていた。ただ打ち合わせ通り、こちらとPAI側は足並み揃えた回答。総務の皆さんにも、
≪あれは打ち上げで、相島が帰宅する際に見送ってくれた場面であり、それ以上のことはありません。≫
報道各社にはそう言ってもらうようにしていた。
まぁゴシップ大衆自体、日頃から数多くのゴシップを掲載しているせいか……エンタメとしての評価は高いものの、信憑性には欠けているという世間一般の方の認識なんだろう。その日の午後にはいつも通りの仕事場に戻っていた。
画して、一件落着。元通りの日常が戻っていたはずだった。
……俺を除いては。
えっと、今月のスケジュールは良いな? 目玉は初のホラー映画……っと、もうお昼か。
いつも通り一仕事終え、時計を見るとお昼。俺は鞄を漁ると、中から弁当箱を手に取った。黄色い包みに包まれた弁当箱。もちろん俺の手作りじゃない。
相変わらず可愛い包みだな笑美ちゃん。
そう、数日前からなぜかお昼を笑美ちゃんが作ってくれている。まぁいつもの流れで、今後の役作りの為らしいけど……俺としては今まで通り、はいそうですかとは思えない。
全てはあの日の、笑美ちゃんの言葉が原因だ。
『私が好きなのは君島さんです』
最初は驚き、演技だと気が付いて冷静になった。けどその夜の、
『あれは演技じゃないよ? 丈助さん』
笑美ちゃんの一言で、ひっくり返った気がする。
あの瞬間……俺は確かに笑美ちゃんに対して、心が揺らいだ。
……はぁ。でもな? 結局次の日は何事もなかったかのように普通だったんだよな。けど、呼び方は名前だし……正直、笑美ちゃんが俺なんかを好きな理由が見当たらないのも事実。けど、それに対してドキッとしたのも事実だ。
「ん……どうしたもんか」
「なぁにがどうしたんだよっ?」
「うおっ!」
その突然の声に、別の意味で心臓が飛び出しそうになる。ただ、それが聞き慣れたモノだと分かると、冷静になるのは早い。
「ふふっ。よぉ~! 丈助」
「その登場の仕方止めて下さいよ? 烏真社長」
「いやぁめんごめんご」
「ったく、それに毎度の事ながらそこ佐藤さんの席ですよ?」
「佐藤ちゃんはいつも食堂だから大丈夫~。よいしょっと」
なんて言いながら、迷いもなく佐藤さんの席に座る社長。しかもその手には、食堂のトレーに置かれたランチ。
「だったら社長も食堂で食べれば良いじゃないですか。てか、トレーでわざわざ持って来ないで下さい」
「良いじゃん良いじゃん。今日は、丈助と食べたい気分なのぉ」
「はいはいどうぞー」
「おい~随分冷たいじゃないか!」
……まぁ、ある意味いつもの社長だ。それに、今日に限った事じゃないしな。社長は空いた時間があれば、積極的に俺達と話す機会を作っている。それが社長との距離に近さを感じられる……良い所だ。
「慣れと言ってもらいたいですね?」
「親しき仲にも礼儀ありだぞー?」
「以後気を付けますよ。ははっ」
「本当かぁ? 頼むぞぉ? ふふっ」
そんな雰囲気にも慣れて来た所を見ると、俺もサンセットプロダクションの一員になれた気がしてくるよ。にしても、社長……それAランチの大盛りじゃ? 前から気になってたけど、女性なのに結構食べるよな。
「社長は今日も大盛りですか?」
「そうそう。そう言う丈助は……はっ! お弁当!?」
まぁそんな反応になりますよね。
「はい。笑美ちゃんが作ってくれたんですよ」
「なに? マジか。料理上手いからなぁ。美味しいだろ?」
「そりゃもうかなり美味しいですよ?」
「いやぁ……」
ん? なんかニヤニヤしてるな?
「おかずはあげませんよ?」
「おっ、辛辣ぅ。それにしても……一体どこまでいったんだ? この感じだと、もうヤッちゃったんだろ?」
「ぶっー!」
その突拍子もない言葉に、思わず口のおかずが飛び出しそうになる。
なっ、何ちゅう事言ってんだよ社長っ!
「ごっ、ごほっ。何言ってるんですか!」
「えぇ? だって手作りのお弁当作ってもらえる仲になったんだろ? いやてっきり」
「これは、そういう役が来た時の為に作ってくれてるんですよ? 演技の一環ですって」
あぁ、びっくりした。何を言い出すんですか全く。
「演技の一環?」
「そうですよ!」
「えっ? 丈助?」
「はい?」
「それ本気で言ってる?」
「えっ……」
そう言う社長の顔は、目を見開き驚きを隠せない様なそんなモノだった。いや、というより……何か引いてるようなモノにも見える。
「いやいや。PAI事務所で笑美の言葉聞いただろ?」
「言葉……ですか? もしかして好きな人とか……」
「そうだよ! その時言っただろ? 丈助の事が好きだって!」
「いやいや、アレってあの場を凌ぐ演技なんじゃないですか?」
「おい~! 笑美の性格は知ってるだろ? あの子は嘘つかないんだよ。絶対」
それは重々承知だけど……あれはそうだろ? そうに決まってる。大体、笑美ちゃんが俺を好きになる理由がないだろ。そりゃ言われた時にはドキッとしたけど……こんなおっさんで、恥ずかしい姿も沢山見せた男だぞ? 釣り合わないって。
「でっ、ですけどそれは社長の考えですよね? そもそも笑美ちゃんが俺を好きになる理由が見当たりません」
「……はぁ。なぁ丈助。もしかして今まで女性と付き合う時、丈助からぐいぐい行ってただろう?」
「えっ? まっ、まぁ……」
「くぅ……Sか。だからこそ、攻められるのに慣れてないってかぁ。にしても鈍感過ぎだろっ!」
「なっ、何言ってるんですか社長」
「あのなぁ? どういう経緯でどのタイミングで笑美が丈助を好きになったかなんて分からないよ。けどなぁ……好きでもない人とキスなんてしないし、お弁当なんて作る訳ないだろっ!」
えっ……けど演技の練習じゃ……
「いやいや、けど演技をとして経験を積む為じゃ……」
「バカかぁ! いくら演技でも、マネージャー……それも異性と練習する人なんて居ないっての!」
「そっ、そうなんですか!? じゃっ、じゃあなんで笑美ちゃんは……社長は何でそれを許したんですか」
「んな事も分かんないのかよっ! あのなぁ? 笑美の表情とか行動見てれば、誰だって丈助にホの字だって分かるんだよ。てか、会社の中では皆周知の事実だぞ?」
はっ? えっ? 会社の皆の……周知の事実!?
「はい!?」
「笑美だって恥ずかしいだろうし、色んな口実付けてるに決まってるって! だから私は、演技の練習として丈助とあんな事やあんな事をするのをOKしたんじゃないかっ! そして止めのあの告白……まさか全部演技だと思ってたのか!?」
社長の言葉は……どれも身に覚えがある事ばかりだった。
そもそも何処から笑美ちゃんがそういう行動をしていたのかは分からないけど、あの演技の練習をお願いされた時は確かに変だとは思った。
キスも抱擁も……重ねる内に笑美ちゃんを見る目が変わっていく。
ただ、笑美ちゃんにとっては本当に経験を積む為の行動なのかもしれない。
そう思うと……変な感情を抱く自分が嫌になった。だからこそ、ある意味割り切って……それに応えて来たつもりだった。
けど目の前の社長の言葉は……それを全部ひっくり返す。
「じゃ、じゃあ笑美ちゃんは本当に俺を?」
「当たり前だろっ! 女の子が人前で好きな人を言うなんて……どれだけ勇気がいると思ってるんだ」
「笑美ちゃんが俺を……本当に……」
「だから丈助。ちゃんと……応えてやってくれよ?」
★
『ちゃんと応えてやってくれよ?』
その社長の言葉が1日中頭に響く。
そして、それは家に帰って来た今も変わらない。洗い物をしている笑美ちゃんの姿を見ながら、俺はボーっと考えていた。
笑美ちゃんは可愛い。スタイルも良い。性格も明るくて優しい。それに料理も上手い。
まさに女性として完璧なのかもしれない。そんな子が彼女なるのは、男として嬉しい限りだ。
それに……これが家庭になったらどれだけ嬉しいだろう。
「あっ、丈助さん?」
「えっ? あぁどうしたんだ?」
って、やばい。洗い物終わったのも気付かないくらい、めちゃくちゃボーっとしてた。
「あの……丈助さんにお話があるんです」
「お話?」
なっ、なんだ? 答えを聞かせてとかか? けど、ちょっと待ってくれ。
「はい! あのですね。今日一緒に……」
女々しいとは思うけどまだ、現実を……
「ホラー映画を見てくれませんかっ!?」
ん?
「ほっ、ホラー?」
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