第47話 相島笑美の本音?

 



 その言葉に、前方から視線を向けられる俺。

 なんとなく真ん中の人物からの視線がより強く感じられたけど、正直1番驚いているのは自分自身だった。


 ちょっ、笑美ちゃん!

 思わず笑美ちゃんへ視線を向けると、そんな俺の行動を見越していたかのように、既にこちらに顔向け、待ち構えていた。そう、さっきとと全く同じ表情で。

 ん? さっきと同じ表情? まるで俺の行動を分かっているかのような……はっ!


 その表情を目の前に……俺はなんとなく察した。


 待てよ? 穏便にこの場を収める為には、軽部を諦めさせるためには、笑美ちゃん答えてもらうのが1番。

 でも、引き下がらない軽部。その結果飛び出した問いが、好きな人の有無。だったら別に好きな人が居ると答えるのが良い。

 けど、名前まで言えと言われ……他人だと嘘だと言われる可能性もある。て事で、身近で男性、仲も良いマネージャー……適任が俺って事かっ!? つまり、


 ―――演技お願いね?―――


 そういう事か!? 笑美ちゃん! 全ての謎が解けた。だったら、任せろ。


「なっ、なんだって! 嘘だろ? 笑美ちゃん」

「本当です。すいません三月社長、井上さん。黙ってましたけど、私君島さんの事が好きなんです」

「えっ! えぇぇ?」


 うおっ、井上さん迫真のリアクションじゃないか。


「そっ、そうなのー?」


 社長? なんか棒です。


「なっ、なんでだ。そんなおっさんのどこが……」


 てめぇ軽部! おっさんとはなんだ! お前に言われると腹が立つんだよ!


「私にとっては魅力的で、素敵な人です。スケジュールだけじゃなく、すべてを管理して欲しいくらいですから」

「すっ、全てぇ!?」

「君……うぅん。自分の気持ち言っちゃったからには、もういいですよね? 丈助さん? 突然、こんな事言ってごめんなさい」


 ……ぐっ! 演技とはいえ名前呼びは結構くるぞ?


「正直驚いてる。まさかって気持ちだよ? けど、今すぐに返事は……」

「大丈夫。これからゆっくり聞かせて欲しい。お願いだから、マネージャーを辞めるなんて言わないでくださいね?」


 その瞬間、俺の手の上に自分の手を重ねる笑美ちゃん。いくら演技とはいえ、若干ドキッとしてしまう自分が恥ずかしい。


「それは……烏真社長?」

「そんな理由で、積年の信頼関係を壊せる訳ないだろう? もちろん続行だ」


 いや、だから棒なんですって! しかも積年も何も1年も経ってませんよ!


「嘘だ……嘘だ……」

「これで分かっただろう、黎? 相島さんに好きな人が居るんだ。それを邪魔する事は、いくらお前でも無理だ」


「私は、小さい頃に丈助さん助けてもらって……憧れの人物だったんです。ずっとその背中を想って来て、そんな人と偶然再会してマネージャーをしてもらってる。これって運命だと思いませんか? 十数年以上想い続けた気持ちは……簡単に変えられません。うぅん、変える気がないんです。だから、ごめんなさい軽部さん」

「そっ、そんな……でも……」


 まだ諦めないのかよっ!

 笑美ちゃんの迫真の演技を目の前に、意気消沈の軽部。ただ、まだ縋る姿に……正直敬意すら覚え始めたその瞬間、それは思わぬ人の声だった。


「失礼承知で言いますけど! あなたそれでも男ですか!?」

「ひっ!」


 いっ、井上さんっ!


「さっきから聞いてれば、未練がましくウジウジウジウジ。話聞きました? 小さい頃から憧れていた人と偶然再会して、一緒に働いてマネージャーをしてもらってる。運命じゃなくて何だっていうんですか? そんな2人の間を邪魔するなんて、男じゃないですっ!」

「運命……」


「大体、男なら好きな女の恋路を応援するくらいの気概を見せるべきです! それが……人気アイドルの軽部黎じゃないんですか!?」

「好きな女の……はっ!


 未だかつてない井上さんの興奮した姿。

 そしてそんな辛辣な言葉に、何を感じたのか……軽部はついに俯いてしまった。


 これは……勝負あったな。


「えっと、赤羽社長?」

「お騒がせしました。それでは、当初の予定通りいきましょう」

「宜しくお願いします。あと、この来賓室カメラ有りますよね?」


 えっ? カメラっ!?


「……っ! 気付いてましたか」

「大手事務所となると、記録も含めてカメラは必需品ですからねぇ?」


「その通りです。この場での話が外部に漏れた際の証拠になりますしね。もちろん、データは差し上げますよ」

「ありがとうございます。こちらとしては笑美の恋愛に関する事をお話ししたので、非常に助かります」


「いやいや、こちらとして黎のお恥ずかしい姿をお見せしてしまいましたからね」

「お互い、この事は他言無用で行きましょう? 赤羽社長?」

「もちろんです。烏真社長」




 ★




「ふ~」


 安堵の溜息が零れたのは、これで何回目だろうか。

 無事に事態を収められた安心感と、いつもの部屋が醸し出す雰囲気に……緊張の糸が緩みっぱなしだ。


 そんな中、俺はビールを片手にソファーで感慨に耽っている。

 ……良かったぁ。


 とりあえず、記事に関しては互いに無関係だという主張で一致。

 問題の軽部の件についても、一段落。

 思い返せば思い返すほど、丸く収まって良かったと思える。


 にしても、笑美ちゃんの演技は凄かった。あの軽部が完全に心折られたもんな。


「また笑美ちゃんに救われたなぁ」

「えっ? 呼びました?」


 その声に、ふと視線を移すと……ソファの前に笑美ちゃんが立っていた。お風呂から上がり、髪も乾かしたその姿は……今日の事もあって、いつにもまして色っぽく見える。


「いや、何でもないよ」

「本当かなぁ?」


 そんな俺の気持ちも知らず、躊躇なく近寄り顔を覗き込む笑美ちゃん。

 おいおい、そんなにおっさんをからかうのが楽しいのか?


「ねぇ?」

「なん…………んっ!」


 それは突然だった。何気ない呼び掛けに、応えようとした途端、唇に感じる柔らかい感触。

 あっけに取られる俺を前に、顔を離した笑美ちゃんは……


「あれは演技じゃないよ? 丈助さん」


 若干顔を赤らめ、微笑みながら……そんな言葉を零した。


「えっ? 笑美ちゃ……」

「じゃあ、おやすみなさい。丈助さん?」

「お~い!」


 そして颯爽と部屋へと行ってしまった笑美ちゃん。

 なっ! 行っちまった。にしても、演技じゃない? それに丈助さん……名前呼び? あの場限りじゃないかったのか?


 いやいや、そんな訳ないだろ? 

 いや……だよな?


 34歳、独身。

 柄にもなく、顔が少々熱くなる。



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