第46話  相島笑美と軽部黎

 



「えっ?」


 烏真社長の言葉に、驚きの声を零し一瞬表情が変わった軽部。しかし、そんな彼とは全く対照的な様子を見せたのは隣に座る赤羽社長だった。


「そうですね。本人から気持ちを聞いた方が、黎も色々と納得は出来るでしょう」


 現状、一番どうにかしなければいけないのは軽部の執着心。社長とはいえ、今一番事務所を引っ張っている軽部に対して、厳しい言葉を掛けるのは心苦しいだろう。そんな状況での笑美ちゃんの登場は、願っても居ない事のはず。


 笑美ちゃんが望めば、軽部とそういう関係になれる雰囲気ができ、軽部も落ち着く。記事にも炎上にも対応できる。

 笑美ちゃんがきっぱり断れば、その気持ちを直接軽部に聞かせる事で、諦めざるを得ない状況に出来る。


「入っていただいて?」

「はい。相島様、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」


 どちらに転んでも、この場を収められる事を瞬時に判断している。あとは笑美ちゃん次第って事か。


「こんにちは~! 失礼します!」


 こうして、来賓室に現れた笑美ちゃん。髪型がセットされていて化粧もそのまま。その姿に、仕事が終わって急いで来たんだと申し訳なく感じてしまう。


「初めまして! 赤羽社長!」


「こんにちは~! 来島さん!」


 しかし、当の本人の様子はいたって普通。いつも通りの元気な挨拶は……やはりその場を明るくしてしまう。


「お久しぶりです! 軽部さん!」

「やっ、やぁ。笑美ちゃん」


 って、流石に笑美ちゃん前にしたらすっかりいつもの姿に戻ってやがる。いや、さっきのあれはある意味放送事故レベルだからな。


 こうして何とも爽やかな挨拶を終えた笑美ちゃんは、俺と社長の間へと腰を下ろした。

 すると、井上さん・社長・笑美ちゃん・俺。

 赤羽社長・軽部・マネージャーの来島さんという、関係者オールスターズの出来上がり。


 まぁ、場の雰囲気を知らないのは笑美ちゃんだけとはいえ、ここから大一番……


「そういえばすいません~。色々とご迷惑掛けてしまって。軽部さんもすいません。あの写真って打ち上げの時ですよね? 最後お店の外辺りまでわざわざ見送りに来てくださっただけなのに、写真撮られてしまって。赤羽社長さんも、来島さんも本当にお手数お掛けします」


 えっ、笑美ちゃん?


 ある意味、今までの雰囲気を知らなかった笑美ちゃんだからこその……清々しい程の謝罪。しかしながらその言葉には、無自覚故の一撃があった事を笑美ちゃんを除く6人が理解した。

 しかも、笑美ちゃんのソレは留まる事を知らない。


「三月社長からもお聞きしたかと思うんですけど、私達そんな関係じゃないんですよ。ねっ? 軽部さん。仲が良いのは……って、私から言うのもおこがましいですけど、仲が良いのは本当ですよ? そもそもドラマのに出てた子達全員と仲良くなりましたし、軽部さんもその一員だと思ってるんです。ですから、仲の良いお友達として、世間の皆様や軽部さんのファン。ひいては、グループのファンの皆さんに余計な誤解を招く事はダメだと思います。なので、この件に関しては凛として違うという対応をしていただき、今後も互いが頑張れればと思っているんです」


 決して悪気もなく、純粋な笑美ちゃんの本心なんだろう。そんな言葉が来賓室に響き、一瞬にして沈黙が訪れた。


 うお……笑美ちゃん。ある意味凄いぞ? 恐らく俺も含めて、笑美ちゃんの考えに驚いている人は居ない気がする。多分皆が言葉を失っているのは……その言葉一言一言が、的確に軽部にダメージを負わせている事だと思う。


「あれ? どうしました皆さん? あっ、すいません! 出過ぎた事言っちゃいました?」


 周りの雰囲気のおかしさに、笑美ちゃんが慌てて言葉を漏らす。そんな様子を見て、ようやく口を開けたのは赤羽社長だった。


「えっ? いや、そんなことは無いよ。気持ちを話してくれてありがとう」


 若干上ずった声の赤羽社長。その様子は、笑美ちゃんの言葉の破壊力を知るには十分なものだ。そもそも、あまりにも的確故に、俺を含めて烏真社長も井上さんも赤羽社長が声を出すまで、無言で笑美ちゃんを見つめていた。


「とっ、という事で本人からの気持ちも聞けました。これでどうするべきかは……決まりですよね? 赤羽社長」

「あっ、あぁそうですね。じゃあ従来通り……」


 そして、何ともあっけなく結論が出たかと思った時だった。


「ちょっ! 待ってください!」


 どうも奴は……まだ諦めきれないようだった。


「まっ、まだ俺の気持ちを言ってない! もしかしたらって事もあるじゃないですか! 社長!」

「黎……」


 こいつ、自分が好きだって言えば笑美ちゃんの気持ちが変わると思ってるのか。まぁその可能性は……あるのかもしれないけど、とんでもない執着心だな。ただ、笑美ちゃんは自分の気持ちをちゃんと伝えているんだ。それもかなりオブラートに包んで。これ以上はダメだろう。マネージャーとして、守らせてもらう。


「軽部さん。失礼ですが、笑美ちゃんはしっかり自分の気持ちを話しました。これ以上は、お互い何のメリットもないと思いますよ?」

「なっ!」


「来島さん? マネージャーなら分かりますよね? 不用意に事を進めて、結果として担当している人が傷ついたり、疲弊したり、それこそ炎上なんてするのは一番やってはいけない事だって」

「それは……重々承知してます」


「ですので、俺としてはさっきのお話通り……」

「えっ、笑美ちゃん! 俺、君の事が好きなんだ!」


 なっ! こいつっ!

 俺が話をまとめ上げようとしていた最中だった。突如として軽部は立ち上がると、自分の気持ちを口にする。


「えっ?」

「れっ、黎!」

「止めないでください! 笑美ちゃん。俺、一目見た時から好きだったんだ。こんな気持ち初めてで、だから勇気を出してご飯にも誘ったんだよ?」


 しかも、赤羽社長の制止も振り切り……ある意味吹っ切れた様子で、笑美ちゃんに訴えかける軽部。その姿は、先程のものへと近づいていた。


「けど、このままじゃもうご飯にも誘えない。俺はそんなの嫌なんだ。今は好きじゃなくても、遊んでデートを重ねたら好きになってくれるかもしれないだろ? その機会さえ奪われるんだ」

「ちょっ、黎くん……」

「来島さんも黙ってよ。だから、笑美ちゃん? 君が少しでも俺という存在に興味があるなら、清らかなお付き合いをしないか? そうすれば事実として堂々と公表できるし、皆に知って貰える。批判だってないはず。それでも俺を好きになれなかったら、その時は関係を止めればいい。若い2人の価値観の違いで破局ってなれば、世間も納得してくれる。だろ? だから、俺と……付き合ってくれないか?」


 自分のすべてをぶちまけた軽部。それを目の前に少し驚いた表情を見せる笑美ちゃん。


「えっ……と……」


 それもそのはずだ。いきなり好きだとか付き合ってだとか言われて、驚かない人なんて居る訳がない。俺と社長の顔をキョロキョロと見回す笑美ちゃんに、社長は静かに言葉を添えた。


「笑美? 突然で驚いたかもしれないけど、大体の雰囲気は察したよね?」

「うっ、うん」


「軽部さんの気持ちも分かったよね?」

「まっ、まぁ……」


「だったら、それに対する返事をすれば良いよ? の気持ちをね?

「気持ち……きっ、君島さん?」


 おっ、俺か!? 

 社長の言葉を耳にした後、俺の方へ顔を向ける笑美ちゃん。ただ、その表情は少し困惑している様だった。


 そんな困った顔は見た事ないぞ。もしかして迷っているのか? 実は気になって……って、笑美ちゃんは正直な子だ。もしそうだったら、最初に烏真社長に聞かれた時点で正直に言ってる。

 とすれば、笑美ちゃんの性格的に、事務所的な関係を考えて受け入れた方が良いのかも? みたいな事で迷っているのかもしれないな。だとしたら、俺も社長と同意見だ。


「大丈夫だ笑美ちゃん。素直に答えたら良い。俺が言えた立場じゃないけど、事務所とか抜きでさ? 自分の……正直な自分の気持ちを言えば良い」

「……うん」


 俺の言葉に、笑美ちゃんはゆっくりと頷いた。

 そして、真っすぐに前を向き……


「えっと、軽部さん? 突然でしたけど……軽部さんの気持ち嬉しいです」


 力強く、言葉を放った。


「えっ!? じゃっ、じゃあ……」

「でも……ごめんなさい」


「えっ……」

「三月社長にも言った通り、私自身軽部さんはそういう気持ちはありません。それに、さっきの話しぶりだと好きになる機会を作るために、付き合って欲しいって事ですよね?」


「そっ、そうだよ。そうすれば堂々と……」

「私にとって、付き合うっていう行為は、好き同士がするべき事だと思うんです。そうなる為にお付き合いするのは、ちょっと違うと思いんじゃないでしょうか。それに、それを公表するって事は、ファンの皆さんに嘘を言う事になりますよね? 世間一般的に付き合ってるとなると、好き同士だという認識だと思いますし。私はそれが些細な事だとしても、世間の皆さんやファンの皆さんに嘘なんて言えません」


「いっ、いやでも……」

「それにこの仕事に就いた時点で……やたらむやみに遊べない、行動に気を付けないといけないって分かりませんでしたか? 私はその覚悟を持って事務所に入りました。だから……ごめんなさい。軽部さんの気持ちには応えられません」


 笑美ちゃんの言葉は……心に響くものだった。

 付き合うという行為の大事さ。一般的な認識。そしてこういう業界へ就く時の覚悟。


 それはある意味で当たり前の事だった。

 ただ、この場に長く居るにつれて……薄れていく部分なのかもしれない。


「なっ……」

「そうか。だそうだ黎。これで分かっただろ?」

「なっ、なんで! 顔だって人気だって申し分ないだろ? なんで俺じゃダメなんだ」


 ……例外ありか? それとも異常なほどの愛か。軽部黎。


「すっ、好きな人でも居るのか? じゃないと俺の提案を断るはずがない」


 ついに笑美ちゃんの前でも取り乱すか。別に答えなくても良いぞ? ハッキリ言って、もう勝負はついたからな。


「どっ、どうなんだよ笑美。答えないと、俺は……」

「……そうですよ?」


「へっ……」

「好きな人……居ますよ? だから、軽部さんの気持ちには応えられません」


 えっ、笑美ちゃん?


「なっ……だっ、誰だってんだ。嘘言っても通用しないからな? 名前言わなきゃ信じられるか」

「心外ですね。嘘なんてついてません」


「じゃっ、じゃあ言ってみろ」

「れっ、黎! いい加減に……」


「良いですよ?」

「なっ……」


 おいおい笑美ちゃん。社長良いんですか?


「私が好きなのは……」


 その瞬間だった。隣に座る笑美ちゃんと、視線が合った気がした。そしてその行為に疑問が浮かぶまもなく、笑美ちゃんは答えを口にした。


「君島さんです」


 ……はい?



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