第45話 軽部黎と悩める2人
「記事の通り、本当に笑美ちゃんの事が好きなんです!」
その突然の告白に、来賓室が静まり返る。そして沈黙が続く中、俺は内心……こう思っていた。
……嘘だろ?
ちょい待て! 色々と言いたいことはあるけど、なぜこのタイミングで? こっちサイドはまだしも、赤羽社長さんやマネージャーさんの顔を見ろ。驚いて固まってるぞ? こりゃ、どちらも知らなかったって事じゃないか。
「ちょ、ちょっと待て黎。それ本当か?」
「黎くん? わっ、私も初めて聞いたんだけど……」
そりゃそうなりますよね?
「すいません。でも、ここまで恋というモノを考えた事は無いくらい……燃えてるんです。そりゃもうドラマの撮影時はウキウキで仕方ありませんでした」
まるでそれは恋に悩める少年の風体。ただ、それが本当に本音なのかと言われたら、疑いたくもなる。しかし……
「いや。でも今まで女性に関して興味ないって感じだっただろ? そんな黎の口から、そんな事いきなり言われると……ちょっと待て。色々と状況を整理するからさ」
「れっ、黎くん! せめて私には言ってくれてもっ!」
「ごめん。でも、いざ言おうとすると恥ずかしくて……ホントすいません。社長、
この雰囲気、演技だとしては出来過ぎてる気がする。てか、マジで女の気配がなかったのかよ。
ちょっとばかしの騒々しさを見せるPIAサイド。それを眺める俺達サンセットプロダクション側は、どうしていいか分からず居た。
「三月社長? なんかすごい事になってますね」
「そうだな。赤羽社長の驚いてる姿なんて滅多に見れないぞ? ふふっ」
「ちょっと社長? でも、正直……撮影中にそんな素振りがなかったとも言えないんですよね」
印象的だったのは、ラストのキスシーンだ。リハでは素振りだけだったけど、本番一発目……台本とは違う激しめのキスはその場にいた誰もが驚いたはず。まぁあの場にあちらのマネージャーさんは居なかったし、撮影はその後無事終わった事もあって、監督もわざわざPAI側には報告してないとは思う。
「あぁ、あの話か?」
「あぁ……あれですよね?」
もちろん報告までに俺は社長に話したし、井上さんも知ってるけどさ?
「えぇ。でも、まさかこうもハッキリ宣言されるとは思いませんでしたよ」
「それは言えてるな」
「この恋は……想いは本物なんですよ! 赤羽社長!!!」
「おっ、落ち着けって黎っ!」
「いやはや……なんか軽部黎のイメージとのギャップが……」
「俺も言おうと思ってたよ。井上さん」
しかしながら、目の前の軽部の様子は俺の知ってるモノじゃない。別にマイナスな事ではないけど……
「まだご飯にも行ってないのに、なんでこんな……くそぅ」
良い意味無垢というかなんというか……
「いやいや……あっ、そうか! あの烏真社長?」
「はい? 何でしょう?」
そんなある意味初めて見る軽部を前に、何かを思い立った赤羽社長が声を上げる。正直、社長として上手い具合にこの場を収めて欲しい。
「ちなみになんですけど、相島さんは黎の事どう思ってるんでしょう?」
ん?
「と言うと?」
「いや、もしですよ? 相島さんも黎に対してそういう素振りがあるなら、逆に振り切って清いお付き合いをしているって公表も出来るのではないかと……今話題とはいえ2人共若いですし、そんな2人が正式にそういう関係だと分かれば両方のファンも、世間の皆さんも認めてくれるんじゃないですかね?」
なっ、なに? いや……逆に公表する事で、全うな清らかなお付き合いをしているというアピール。下手に誤魔化すより、印象は良くなる……方法ではある。流石大手事務所社長、ピンチをチャンスに変える発想を一瞬で思い付くとは。
それは軽部の気持ちを尊重しつつ、互いの炎上を防ぐ為の提案だった。聞こえは確かに良い。しかしながら、その提案には……1つ大きな穴があった。
でも、そうなると一番大事なのは……笑美ちゃんの気持ちだろ? しかも俺達はその答えを知っている。
「しゃっ、社長!? 俺の為に……」
「ですが、ここで重要なのは相島さんの気持ちです。烏真社長の事だ。相島さんの黎に対する気持ち……聞いてるんじゃないですか?」
その辺もやっぱりちゃんと頭にあるか。
「そうですね。大衆社からメールが来た時点で、事実確認として笑美にはその辺りの気持ちを聞いてます」
「ほっ、本当ですか! 烏真社長! そっ、それで、笑美ちゃんは俺の事……」
「それで相島さんの答えは?」
「……そういう間柄になるのは、絶対にありえないとのことです」
「……」
「…………」
このシチュエーションで聞くと、結構な破壊力だな。
「……黎。諦めろ」
「いっ、嫌だぁぁぁぁ!!」
うおっ!
「嫌だって言っても、相島さんにそんな気がなければこの提案は無理だ」
「そっ、それはそうですよ? けど社長? 出会った人がいきなりお互い好きになるなんて、奇跡的な確率じゃないですか! 大体恋愛ってものは、片方が好きになって、相手に猛アプローチして好きになってもらって結ばれるものじゃないんですか!? 違いますかっ! 社長!?」
「そっ、それはそうだけど……」
「違いますかっ! 来島さんっ!」
「えっ? たっ、確かに……」
「どうですかっ! 笑美ちゃんのマネージャー君島さんっ!」
えぇ……俺に振るのかよ……
「まっ、まぁ……」
「ほらぁ! 見て下さいよっ! そうでしょう? それが一般的な恋の行く末でしょう? なのに、このまま行ったら、デートに誘うのもダメ。ご飯もダメ。2人で会うのもダメ。話すのも。笑い合うのも全部ダメって事じゃないですか! そんなのあんまりだぁぁ! やっと好きだと思える子に出会えたのに、初めて芽生えたこの気持ちを、鎮火しろって言うんですか!?」
目の前の軽部黎は、本当に軽部黎なのだろうか。
いや、ある意味これが本当の軽部黎なのかもしれない。赤羽社長の言葉が本当なら、今の軽部黎の言葉が本当なら……相島笑美という存在と出会った事で、初めて好きという感情が生まれたらしい。
それもまた凄い事だけど……こんな姿を見せる程までゾッコンだとは思いもしなかった。男としては、分かる部分もある。だが……今俺が守るべきは笑美ちゃんだ。それに社長はどう考えているんだ?
「落ち着け黎」
「落ち着いていられますか!? そうだ、大衆社を訴えて下さいよ社長。あの記事が出なきゃ……俺、今度は上手く誘いますから。チャンスを下さい。でないと……諦めきれませんよぉ。こっ、こんなにも好きなのに!」
「落ち着きなさいっ! お前の言いたい事は男の俺は良く分かる。だが、グループとして成功し、個人としても成功しつつある今だぞ? こんなゴシップ記事に惑わされないとファンを信じたい気持ちはある。しかし、その行為で悲しむファンもいるかもしれない。それにそうなれば事はお前だけじゃない。相島さんに矛先が向けられる可能性だってあるんだ。自分の好きな人が苦しんでも良いのか?」
「だっ、だからもっと上手くやるって言ってるじゃないですか! せめてデート……ご飯だけでも……ちゃんとお互いの話もしてないのに……」
やべぇ……なかなかの修羅場だ。
「あの……ちょっと良いですか?」
その時だった。一部始終を静観していた、烏真社長の声が来賓室に響く。途端に全員の視線は烏真社長へと向けられた。
「なっ、なんでしょう。烏真社長?」
「なんですかぁ……まだ俺をいじめるつもりですかぁ」
「そんな訳無いじゃないですか。赤羽社長の気持ちも、軽部さんの気持ちも良く分かります。初めての感情を諦め切れない純粋な心。それを理解した上で、乗り越えて欲しいという親心。けど、話は平行線。でしたら……違う人に聞けば良いんじゃないでしょうか?
烏真社長の言葉の意味が分からなかった。
平行線の話を終える為に、違う人に聞く? 一体誰だというんだろう。俺? 井上さん? サッパリ意味が分からない。
「烏真社長? 意味が……」
「もうそろそろかしら……」
ん?
コンコン
その瞬間、来賓室のドアがノックされる。
「なっ、なんだ?」
赤羽社長の返事に、少し開いたドア。そこから姿を現したのは、先程コーヒーを持って来てくれた秘書の方だった。
「どうした?」
「すいません。お客様がいらっしゃいました」
「お客? 一体誰だ」
お客? しかもこのタイミングで……わざわざ秘書の人が教えに来る? 一体誰だ? それに社長のそろそろってのも気に……はっ!
そんな疑問が過る中、ふと社長の方へと視線を向けた時だった。その表情が少し笑みを浮かべている様な気がした。その光景を目にした瞬間……俺の頭の中には一つの答えが浮かび上がる。
そしてその答え合わせは……一瞬だった。
「はい。サンセットプロダクション所属の……相島笑美様です」
「なに?」
「えっ、笑美ちゃんが来てる!?」
……マジか。というよりやっぱりと言った方が正しいか? にしても、このタイミング……いつの間に笑美ちゃんとやりとりしてたんだよ社長。
「どうでしょう? ここは1つ。ウチの笑美に話を聞いてみるというのは? 赤羽社長? 軽部黎さん?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます