第44話 おっさんとゴシップ
結果的に、楽しさが勝った飲み会。
あれから1週間が経ち、俺はますます増える笑美ちゃんのスケジュール管理に追われている。
えっと、今度は秋冬のファッションモデル? 撮影は季節よりも前だとは聞いてたけど……ここまで前倒しでやるもんなのか。身に感じる季節感と仕事の季節感の違いを覚えておかないとな。
なんて考えながらも、パソコンと睨めっこしていた時だった。
プルルル
机の電話が鳴り響く。
それも画面に表示されたのは社長室。いつもはこっちに来るのに珍しいと思いながらも、俺は電話を手に取った。
「あぁ、丈助? 今大丈夫?」
「はい。どうしました?」
「良かった。じゃあ、ちょっと社長室来られるかな?」
「えっ? あっ、はい。すぐ行きます」
その内容は、社長室へのご招待。なんとなく違和感を覚えながらも、俺はゆっくりと席を立った。
コンコン
「はーい」
ノックすると、中からはお馴染みとなったフランクな社長の返事。それを確認した俺は、いつも通りにドアを開けた。
相変わらず無駄な物がなく清潔感漂う社長室。そしてそこには椅子に座る社長と、すぐ横に立つ井上さんが居た。
「いやぁ~ごめんごめん。座って」
その言葉に、俺は横のソファーへと腰掛ける。すると、社長と井上さんもこちらに歩みを進めたものの……どうも井上さんの様子が変な気がした。
別に確証がある訳じゃない。勘に近い曖昧な考えに違いはないけど……社長がわざわざ俺を呼ぶ事を考えると、何かしらが起こったと考えるのが普通だ。それも笑美ちゃん絡みか?
「社長室に呼ぶなんて珍しいですね?」
「いや、まぁね。ここの方が何かと話しやすいかと思ってさ」
その言葉のおかげで、自分の考えが限りなく正解に近いのだと確信した。
なるほど……やっぱ笑美ちゃん絡みだよな? なんだろう。
「もしかして笑美ちゃん絡みですか?」
「流石、察するのが早いね。……彩ちゃん?」
「はい。君島さん、これを……」
その雰囲気も声のトーンも、いつもと違う井上さんが俺の前へ差し出した2枚のA4サイズの紙。その1枚目には……大きく
大衆社? 大手出版会社だよな。それも雛森が前に居た所だ。ただ、そんな会社からのメール? まさか……
嫌な予感がした俺は、急いで後ろの紙に目を向けた。すると、そこに写されていたのは……笑美ちゃんと軽部黎が2人でお店から出て来る場面だった。
「これって!」
「あぁ。笑美と軽部黎の2ショット写真だな」
なんだって? まさか2人が? けど……待てよ? この店見覚えがある。確か……ドラマの打ち上げをやった店じゃないか。あの日、皆が良い感じになったところで帰って来たよな? でもこの見出しは……
―――ドラマで育んだのは本当の愛か?―――
なっ……大衆社のなんて雑誌だよっ! えっと、ゴシップ大衆? あの曖昧な眉唾なモノから様々なゴシップ記事を載せてるB級雑誌か。
「社長? これ掲載するってメール来たんですか?」
「あぁ。今週号……明後日発売だな」
「みっ、三月社長? これは記事に悪意がありますよっ!」
確かに井上さんが言う通り悪意がある。?を多用して、あくまで推測の域だと思わせれば事務所側も何も言ってこないってやり口なんだろうけど……それはそれだ。事実でないにしても全国紙にそういう記事が載れば、多少なりとも影響は出る。多分それは、烏真社長も分かっているはずだ。
「社長? これはまさしく笑美ちゃんと軽部で間違いないと思いますよ。ただ、この店はドラマの打ち上げを行った店です。それに、この日笑美ちゃんは2時間もしない内に帰ってきました」
「だろうね。その点については、既に本人に確認済みだからさ。問題だとは思ってないよ」
流石……ん? 本人に?
「えっ? 本人って……」
「まぁ急を要したからね? 仕事の前で助かったよ。本人曰く、絶対あり得ませんよぉ! だそうだ」
なっ、なるほど。その冷静さの理由はそう言うことか。その行動の速さは、味方ながら恐ろしいですよ。
「なるほど」
「逆に迷惑掛けてすいませんだってさ。ったく、どこまで優しいんだかね」
それに笑美ちゃんも相変わらずだな。
「でも社長っ!」
「まぁまぁ彩ちゃん」
「それで社長。一応担当の記事という事で俺を呼んだ……訳じゃないですよね? 2人で居る画像載せるくらいのゴシップ雑誌なんて、シカトが一番だと思ってます。にも関わらず俺を呼んだという事は、他に何かあるんじゃ……」
「正解。とりあえずこんな記事にはなんの価値もないよ。ただ当事者は今をトキメク女優に、人気アイドルグループのリーダーだ。とりあえず、報道なりなんなりが来た時の回答を統一しておこうって、軽部黎の……PAI事務所から連絡があった」
ピース・オール・アイドル事務所か……男子アイドルグループを多く手掛ける、日本を代表する大型事務所だ。まぁ、あちらにとっても軽部はこれからを担う大事な人材だって訳か。
「なるほど……」
「ということで、これから私と彩ちゃんで出向く訳だけど、笑美は仕事だろ? だからマネージャーとして丈助にも来てもらいたい」
俺も? いや、マネージャーとして当然だ。
「分かりました」
「ОK。彩ちゃんも良いよね?」
「はっ、はい!」
初めてのゴシップ記事……根拠がないのは自分が良く分かってるだろうけど、笑美ちゃんが気に病まないか不安だな。
「じゃあ早速行こうか」
「はい」
違う……そこも含めてケアするのがマネージャーだろ?
★
多数の警備員。荷物検査等のセキュリティー。大きな自社ビル。
流石のブランド力を前に、少しだけ足がすくむ。
……ヤバいな。いざ来てみるととんでもないぞ?
なんて感情は流石に表に出せない。隣を歩く井上さんも、流石に緊張した面持ちだ。まぁ、
「いやぁ、おっきいなぁ」
相変わらずの社長を見れるだけで、少し安心はする。
そんなこんなで、通された来賓室。黒光りする見た目も豪華なソファーに座ると、キリっとした女性がコーヒーを運んでくれた。
そしてそれから数十秒後……ついに事務所のドンが現れる。その見た目は若々しくもあるが、経営者としての風格が溢れ出ていた。それにまるで還暦とは思えない姿に、思わず息を飲んだ。
「いやぁ、わざわざすいませんね? 烏真社長」
「いえいえ。お久しぶりです。赤羽社長」
これが……PAI事務所社長、
その後ろから、姿を見せたのは軽部黎。関係者だけの話し合いだとばかり思い、驚く俺達をよそに赤羽社長が口を開いた。
「あぁ、すいませんね? こちらに来てもらったからには、黎にも話を聞いて貰おうと思いまして。良いですよね? 烏真社長」
「もちろんです。こんにちわ軽部さん」
「初めまして。烏真社長。噂にたがわぬお美しい方ですね」
「あら、冗談でも嬉しいわ」
「嘘は言いませんよ?」
……おいおい。コミュ力高いのか、ただのバカなのか……いやこういう何気ない発言が若い子だけじゃなく中高年をも虜にしてるんだよな。天性のモノか、キャラ作りの賜物か……どっちにしろ凄いという訳か。
こうして揃い踏みした関係者。サンセットプロダクションからは烏真社長、井上さん、俺。PIA事務所からは赤羽社長、マネージャー、軽部。各々が軽く挨拶をし、早速本題へと話は進む。
まぁ実際、社長同士の話し合いが主な感じで……俺達が出る間もない気がした。
「いやぁ、正直またかって感じですよ。確定的な表現をせず、曖昧な表現で読者の関心を買う。困ったもんですよ」
「確かにそうですよねぇ」
「うちは他の子もしょっちゅうターゲットにされて、気にするなって言ってるんですけどね? 相島さんが心配ですよ」
「うちも出来るだけフォローはするつもりです。それに彼女は強い子ですから」
「お互い、今後も苦労しそうですなぁ。がっはっは」
「そうですねぇ。ふふっ」
「という訳で、この件については事実無根。記事も単なる噂程度の眉唾物という事で、お互い凛として対応するという事で」
「はい。それで行きましょう」
……なんだ。大手事務所の社長って事もあって、もっとガツガツしてると思ったけど……なかなか話しやすそうな人か。まぁ独裁的か、余程しっかりしてるか、親しみ易さがないと社長なんてなれないもんな。
それに今までの経験か。まっ、なんにせよ互いの意思疎通は出来……
「あの、ちょっと良いですか?」
ん? 軽部?
「どうしたんだ? 黎」
「社長……俺、社長には嘘言えません」
「嘘?」
「はい……この記事、あながち嘘じゃないです」
おいおい! 何言ってんだ?
「えっ? 軽部さんそれって……」
「すいません。烏真社長、赤羽社長。俺……」
「記事の通り、本当に笑美ちゃんの事が好きなんです!」
……はっ、はぁぁぁ?
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