第38話 相島笑美の練習成果

 



 ここ最近、笑美ちゃんの練習頻度が高い。

 まぁあの一件以来、ちょいちょい練習と称してあらゆるシチュエーションの相手をする事が多くなり、結果として、壁ドンやあごクイと呼ばれる動作を行わざるを得なくなった。


 恥ずかしいといえば嘘になるが別に嫌じゃない。むしろ俺なんかで役に立てるなら、いつでも言って欲しいと思ってる。

 ただ、そんな俺でも最近の頻度には少々疑問と言うか……本当に良いのかと思ってしまう。


 そして今日もまた、その機会が訪れるのではないかと内心やきもきしている。


「おぉ~こうなるのかぁ」


 夕食を終え、まったりとした時間。ドラマが放送される時間には、いつも一緒に見ている様になった。

 ……流石今話題のドラマだな。


 もちろんそれには理由がある。まず第一にそもそも笑美ちゃんはドラマが好きだという事。それと、自分の演技の為に役者さんの表情や動作を見て、勉強したいそうで……欠かさず見ているそうだ。

 それに俺としても、どんなドラマが流行るのかその傾向は押さえておきたい。それにどの役者さんがどの位の芝居レベルなのかを見極める為には最適だ。特に笑美ちゃんのライバルに成りえそうな人は要チェックしている。


 そんなこんなで、時間が合えばドラマの時間帯はほとんど一緒。それ自身に不満はないのだけど……このドラマ視聴が、さっき言った笑美ちゃんの練習問題に繋がっている。と言うのも……


「あっ! 行ってきますのチューだ! これは練習しないとっ! 君島さん」


 ドラマで自分が経験した事のない場面を目にした時、必ず笑美ちゃんによる練習のお願いがあるからだ。


 ……でた。しかも行ってきますのキスって、そんな場面があるドラマ滅多になくないか? 


「いや、これは流石に……」

「これも今後の為だよ? 君島さんっ!」


 うっ、そう言われるとぐうの音も出ない。いやはや、出会った当初の警察へ連絡する発言並みの威力を持ってるよその言葉は。でも本当に良いのか?


 ここだけの話、最初に練習のきっかけとなったドラマのラストシーン。それ以外でも、実はキスの練習はしている。それも目にしたドラマのワンシーンの影響で、幸い軽いキスだけど……それはそれはシチュエーションは豊かだった。


 いや軽くても、キスはダメだろうと思ってはいるものの……先程の事を言われるとどうにも断れない。

 ……はぁ。こりゃ明日の朝早速決行だな。


「わっ、分かったって。じゃあ明日の……」

「あっ!」


 うおっ、今度は何だ? 

 病室で……女の人が嬉し泣きしながら抱擁されてる? まさか……


「君島さん! 嬉しさをにじませながら、好きな人に抱擁される……このパターンは初めて見たよ! これは早速練習しないと!」

「えっ? 早速?」


 やっぱりかよっ!

 そんな俺なんてお構いなしに、颯爽とソファーから立ち上がる笑美ちゃん。そして手を広げると、


「ささっ! 君島さん!」


 さっさと来てと言わんばかりに、準備万端な様子。

 ったく、俺も一応男だぞ? って、男じゃなくて練習に付き合ってくれるマネージャーって感覚なんだろうなぁ。まぁ信頼されてると思えば、それはそれで悪くない。……仕方ないな。


「はいはい。よっと……でも、さっきの人は嬉し泣きしてたぞ? どうせならそこから真似しないと」

「はいっ! では…………じょっ、丈助? 私……私……」


 いや……この切り替えの早さ、日々早くなってるな。こんだけ役に入りこめるなんて……やっぱり凄いな。だったら、俺も……


「笑美……」


 ギュッ


「丈助……」


 応えるしかないっ! ……って思いたいけど、胸当たっててそれどころじゃないんですけど? 


 ほっ、本当に俺……こんな事続けて良いのかぁ?




 ★




 なんて常々考えに耽っていても、いざ現場に来るとその考えは吹っ飛ぶ。

 今日も今日とて、ドラマの現場に来ているのだけど……笑美ちゃんの調子は抜群だ。


「いやぁ、本当に笑美さん凄いですね。演技もですけど、セリフもバッチリじゃないですか。初出演とは思えないですよ」


 プロデューサーさんから、お褒めのお言葉を頂くのはこれが初めてじゃない。現に撮影は終盤も終盤。その間、笑美ちゃんは自分の出番を完ぺきにこなしている。


「そうですか? その言葉を聞いたら、笑美ちゃんも喜びますよ」

「ホント、役に入るのが上手いですし……動作の一つ一つが自然体なんですよね? 恐ろしいですよ」


 ……ドラマに登場するシチュエーションは練習済みだよ。それこそ色々と全部ね。その当時は、悩みに悩んでいたし、今もそうだけど……こういう言葉をもらえると、やって良かったと思える。


「ねぇ……待って!?」


 それにこうして堂々と演技が出来ている笑美ちゃんを見てると、尚更だよ。


「はいっ、カットー! 良いよ良いよ?」


 よっし。今日も撮影スケジュール通りだな? えっと、この後は出演者によるドラマの取材だったな? 早速呼んで……ん?


「お疲れ、笑美ちゃん」

「軽部さんもお疲れ様です」


 かなり早い段階で他のキャストの人達とも仲良くなってるのも、笑美ちゃんの強みだな。しかも軽部黎とは主人公ヒロイン同士だから必然的に一緒の現場も多い。そりゃ仲良くなるはずだ。しかし……


「本当に笑美ちゃんってセリフ間違わないよねぇ」

「たまたまですよ? 家で焦りながらめちゃくちゃ暗記してます」

「そうなの~?」


 見れば見るほど美男美女だな。

 それに軽部黎。人気アイドルグループのリーダーという事もあって、その裏側はどうなのか警戒してたけど……悔しいがテレビで見る姿とマジで変わらない。スタッフや俺になんかもちゃんと挨拶してくれるし、常に笑顔で気が利くナイスガイ。


 いわゆる表と裏の顔を持つ人なんて、この仕事始めてから結構見て来たんだよなぁ。意外な人がっ! だったりしてさ? まぁもう慣れたけど……軽部黎に関しては一切そんな話を聞かない。ただ……


「そういえば、ご飯の話考えてくれた?」

「う~ん。もうちょっと待ってもらえますか? ほら私、まだまだ努力しないといけないから、お芝居の稽古とか結構ミチミチで」


 さすがに笑美ちゃんを放っておかないか。

 ただ、そういう系の話についても、悪い噂を聞かないんだよな。つまり本気か? はたまた、本当にただのご飯?


 まぁどっちにしろ、節度のある範囲でなら俺が無理に止める道理はない。それでも、今この状況で週刊誌にすっぱ抜かれたら視聴率は元より、おそらく知名度で上回る軽部と付き合ってるって事で、笑美ちゃんの方が叩かれる可能性の方が高い。


 今のところ笑美ちゃんにはご飯に行こうって気はないみたいだけど……俺も気を付けて見ていないといけないな?


 軽部黎の動向を。



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