第36話 烏真社長の願望

 



 えっと今日は休みで、明日は打ち合わせ……


「あぁ~疲れたぁ」


 明後日は水着撮影だな。最初に雑誌に載ってからすこぶる好評で、鼻が高くなるよ。


「おいおい~丈助~」


 ただ、油断は禁物。夏休みには入りドラマの撮影も始まった。今のところ順調らしいけど、いつ何が起こるか分からない。だから……


「たまには社長を労ってくれよぉ」


 って、なんで社長ともあろう人が、社員の隣で愚痴零してるんですかっ!


 笑美ちゃんの仕事もなく、事務所のパソコンに向かい、スケジュール等々の確認をしている今日この頃。そりゃいつもよりは楽ではあるけど、隣に社長が居るとある意味集中が出来ない。


 そもそも、なぜ隣に居るのか……まぁ俺の隣に限った訳じゃないけど、基本的に烏真社長はスタッフルームに入り浸っている。なんでも1人はつまらないのだそうだが……いきなり隣に来られる人の身にもなって欲しい。新人さんだったら、緊張して仕事もままらならないぞ?


「社長……そこ佐藤さんの席ですよ?」

「佐藤ちゃんは、今日仕事で居ないから大丈夫ですー」


「だからって……」

「大体、マネジメント部の子で、スタッフルームで仕事してるの丈助だけだって。皆フリースペースで寝ながらやってたりするぞ?」


「俺はこういう決められたところで作業する方が集中できるんですよ」

「ほほぉ。人それぞれあるって事ね」


「そう言う事です。それより、社長の仕事は良いんですか?」

「それが辛くてねぇ……こうしてスタッフとの会話を楽しんで、リフレッシュしてる訳さぁ」


 ……その割には、ここ最近は結構俺のところ来てませんかね?


「ところで丈助。そういえば最近、笑美の奴やけに調子良いじゃない? なんかあった? ふふっ」

「なっ!」


 社長の言う通り、最近の笑美ちゃんは調子が良い。というより、いつも以上に雰囲気が明るく、それが撮影にも良い影響を及ぼしていた。まぁ時期的に、あの練習をした後からなのだけど……それが直接の理由かは分からない。


 あの時の事は、思い出すだけで顔が熱くなる。翌日はやってしまったと、若干の後悔があったけど……普段と変わらない笑美ちゃんの姿を見てホッとしたっけ。


 でも、一応マネージャーとはいえ、練習とはいえ……一般的にはあり得ない事をしてしまっただけに、翌日にはちゃんと社長にも説明したよ。

 まさか事前に笑美ちゃんから、話を聞いてたとも知らずにね。社長なら止めるべき話だったと思いますけど? 

 まぁ俺的には美味しい思いが出来たというか、結果オーライというか……って、話しに行った時と同じニヤニヤ顔だぞ社長。

 俺の申し訳なさそうな顔を、どんな気持ちで見ていたんだろうかねっ。


「白々しいですよ社長」

「ごめんごめん。でも、仕事がキツイのはホント~」


 ……色々と言いたい事はあるけど、仕事がキツいってのは本当だろう。ただでさえマネジメント部は1人あたり複数のタレントさん達を担当している。

 その人達な何かがあった時、最初に動いてくれるのが社長だ。他のマネジメント部の人達は、各々の担当している人の仕事に付いて行ったりしているからね。


 総務部の人も、いくら情報を共有しているとはいえ、そこまで詳しい動きは把握していない。つまり社長の仕事をしつつ、いつでもフォローが出来る様にしているって訳だ。

 俺が今現在、笑美ちゃん1人を担当してるってのも重荷なのかも。


「……社長。俺もう1人担当しますか?」

「なぁに言ってんの! 笑美は今、ものすごく飛躍を遂げようとしている時期なんだぞ? 今丈助がピンポイントでサポートしなかったら、一生に一度来るか来ないかの好機を逃すって事も考えられる。だから、笑美には丈助オンリーで付いて貰わないと」


 正直、いくら慣れてきたとはいえ……今の笑美ちゃんの増え続けるスケジュール管理以外に、もう1人なんて出来る自信はない。社長の意見も分かるけど、それだと何も解決しないんだよな。


「やっぱり誰か採用するべきじゃ……」

「そうなんだよねぇ。でも今は新卒採用の時期じゃないし、中途採用とかになるじゃない? 疑いたくはないけど、よからぬ事しようと入ってくる人も居るかも? なんて疑いの目を向けちゃうのよ。かといって、縁故採用も悪しき風習だと思うし……理想と現実に苛まれてる訳」


 ……実に難しい問題だな。信用に足りる人で、かつ仕事もできる近しき人か。まぁぶっちゃけそんな良い人が居たら、とっくにホワイト企業で働いてるよな。


「社長の秘書的な人でも1人居れば大分違いますよね? 社長、自分の予定も自分で管理じゃないですか」

「そうっ! そこなのよぉ。だからさぁ、どっかに信頼が置ける優秀な人材居ないのぉ?」


 ……そんな事言っても、そんな人材は取り合いですって。けど、今の状況は芳しくないよな。

 知り合いに居るか? 口が堅く仕事も出来て、コミュニケーション能力も高い…………あっ。


「あの社長?」

「なんだー丈助。マッサージでもしてくれるのか?」


「カフェにあるマッサージ機にどうぞ。そうじゃなくてですね? 居るかもしれません」

「居るぅ?」


「はい。条件に当てはまりそうな人がっ!」

「おっ、おぉ! マジか? 絶賛就活中?」


「いや……今は別会社に勤めてますけど、聞くだけ聞くのはありじゃないですか?」

「なるほど。正式な手順を踏めば、再就職にあれこれ言われないからな」


「そうです。じゃあ、早速連絡してみますね?」

「任せたぁ」


 えっと、今は仕事中かな? もしそうだとしても、着信履歴で折り返しくれるだろう。


 プルルル……プルルル……


 ガチャ


 あっ、出た!


「あっ、もしもし? 今電話…………」




 ★




 ……さて、そろそろ来る頃かな?

 お昼過ぎの晴天の元、ビル1階の入り口付近。そのロビーに立っている。


 まさか休みだとは思わなかったよ。それに社長も急だよな……


『だったら今日、一旦会いましょ?』


 行動が早いというかなんというか。それに妹さんとの買い物途中だったみたいだし……なんか妹さんに申し訳ないな。当人はテンション上がりまくってたけど……


「あれ? 君島さ~ん」


 なんて考えていると、目の前に見知った姿の女の子。帽子にサングラスはもはやマストアイテムと化しているけど、その声と見慣れた人物にとっては目印の様にもなっている。


 そろそろ変えた方が良いんじゃないか? 笑美ちゃん。


「よっ、笑美ちゃん」

「やっほー!」


 流石にビル内という事もあって、サングラスを外した笑美ちゃん。ただ、今日は仕事は休みのはず。なぜここに居るのか疑問が過る。確か買い物行くとか言ってなかったか?


「元気そうだな」

「いやいや、朝見たでしょ?」


「だな。それで? 買い物は終わったのか?」

「もちろんっ! 服に……あっ、良い下着も買ったから夜に見せてあげるね?」


「服だけで大丈夫です」

「なっ! 君島さんのバカぁ~」


「なんでだよ。にしても休みなのに事務所に用事か?」

「うんっ! 紋別もんべつさんとちょっとね?」


 紋別さん? 事務所の関連商品をデザインしてる人だな。モデルさんをデフォルメしたキャラが可愛いと評判だ。


「君島さんはなんでロビーに?」

「あぁ、社長の要望で秘書候補探しをしてたんだけど……タイミング良くその人今日休みらしくてさ。急遽会う事になったんだ」


「えっ!? 社長の秘書候補!? めちゃレアじゃない? 君島さんの知り合いの人なんだよね?」

「まぁその肩書で信用してくれたのか、ただの興味なのかは分からないけどね」

「いやいや、三月社長が会いたいなんて……君島さん信頼されてる証拠だよ」


 ……その言葉マジで言ってんのか? にわかは信じられないのだけど。


「だと良いけど」

「そうだって! それで? いつ頃来る予定なの?」


「あぁ、さっきの連絡だともうすぐ……」

「君島さんっ!」


 笑美ちゃんと他愛もない話で盛り上がっていた時だった。自分の名字を呼ぶ声が聞こえ、ふと視線を向ける。その声はどこか懐かしく感じ、その姿は……見慣れた制服とは違っていて新鮮に感じた。


「久しぶり! 井上さん」

「お久しぶりです! 君島さん!」


 そう、俺が目を付けたのは……ホーリョーソフトウェアで受付嬢をしていた井上さんだった。


「いきなりの電話に、買い物途中で来てもらってごめん」

「そんな。全然ですよっ!」


 えっと、隣の子が妹さんか。身長は井上さんとあんまり変わらないな? 一言、謝っておかな……


「えっ!? さやちゃん!?」


 ん? どうした笑美ちゃん。さやちゃんって誰……


「はっ! はい? えっと……あぁ!! せせせっ、先輩!?」


 えっ?


 妹さんへの謝罪と、笑美ちゃんを井上さんに紹介しようとした時だった。そんな予定を狂わせるかの様に、なぜか盛り上がる笑美ちゃんと井上さんの妹さん。

 さやちゃん? 先輩? おいおい、もしかして……


「ん? あれ? 2人ってもしかして……」

「はいっ! この子は井上彩夏さやかちゃん! 京南大学の1年生で、私の後輩ちゃんです!」


 マジかよ!?


「先輩って……あれ? ちょっと待ってください? その整った顔に、キューティクルな髪。そして抜群のスタイル……まさか相島笑美さん!?」


 って! 今度は井上さん!? やっ、やけに興奮してるな……


「えっ、はいそうです! もしかして彩ちゃんのお姉さんですか? いつも話伺ってます! 頭が良くて美人で憧れのお姉さんだって!」

「せっ、先輩! なんでそんな恥ずかしい事、サラっと言うんですかぁ」

「ほっ、本当? 相島さんに言われると嬉しいです。初めまして、彩夏の姉の彩華あやかです。って、こら彩! よく話に出てきた相島先輩が、相島笑美さんだったなんて……なんでもっと早く言わないの?」

「言ったけど、信じてくれなかったじゃぁん」


 ……お~い。女子だけで盛り上がるの止めてくれませんかぁ? それにこの状況、妹さんが何故か可哀そうになってる気がするぞ? ほら見ろ、落ち込んで……って、あれ? よく見ると、どこかで見た事ないか? 妹さん。あれ……って、こっち見た!


「あれ? あの……きっ、君島さんでしたっけ? どこかでお会いしませんでした?」


 やっぱり!? なんかこの雰囲気で会うのが初めてとは思えないんだよな……


「あっ、そうだね。俺もなんかどこかで会ったような……」

「彩ちゃん前までファミレスでバイトしてたから、あながち有り得る話じゃない?」

「そういえば! でも彩、変なお客来るって言って、夏休み前に辞めちゃったよね?」


 ファミレス……変なお客……


『しっ、失礼しますご注文……』

『呼んでねぇよ!!』

『ひっ!』


『あっ、ありがとうございました』

『さっきはゴメンね? 怖かったよね』


『そっ、そんな事……』

『あいつ、ちょいちょいここに来ると思うけどさ? 注意してね? 何かされたら容赦なく通報しちゃいな』


『えっ? あのお知り合いの方じゃ……』

『数日前まではね? 今は赤の他人だから。今度、ちゃんとご飯食べに来るからさ? それで許してね?』


『ははっ、はい。お待ちしてます』

『それじゃあね』

『あっ、ありがとうございました!』


 ……はっ! 

 過去の記憶が呼び起こされ、自分が感じたモノが確かだと確信した。ただ、そんな俺よりも早く……


「あぁ! あの時、色々心配してくれたお人ですよねっ?」


 妹さんは、思い出したようだった。

 やっぱり! あの時のファミレスの店員さんかっ!


「思い出した! レジの店員さん」

「はいっ! 心配してくれてありがとうございました」

「えっ? ちょっと彩? もしかして前に言ってた、変なお客に注意してって心配してくれた格好良いお兄さんって……」

「あれ? 彩ちゃん? 前に言ってた、ファミレスで出会った超絶イケメンのお兄さんって……」


「「君島さんの事!?」」


 うおっ。笑美ちゃんと井上さんの声がハモった!?


「ちょっ! だからぁ~! なんで2人共、私の恥ずかしい事をサラっと言っちゃうのぉぉぉ!」

「ごめんって彩ちゃ~ん」

「ちょっと言いすぎちゃったわね? ごめんね、彩?」


 いやいや、これはどういう事だ? 秘書候補にうってつけだと思って、井上さんを呼んだつもりが……意外や意外、めちゃくちゃ繋がりがあるだと?


 いや、これも社長の言葉を借りるなら運命って奴かな?


 だとしたら……俺の見る目も、案外バカには出来ないのかもしれない。



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