第33話 女子大生の凛々しい答え
あのやりとりから数十分間。
ヤバい。どんな雰囲気で、どういう流れでラストの話をするべきか。
そんな事で頭が一杯の俺と、こう言っちゃあれだけど、腕を組み滅多に見せない悩み顔を見せる社長。
おそらく頭の中は同じ事で一杯なのかもしれない。その証拠に、なんとも言えない静けさが社長室を包み込んでいた。
発した言葉も、数少ない。
コーヒーのお代わりを確認しに来た伊藤さんへの返事と、持って来てくれた時のお礼。互いがそれしか口にしていない。
伊藤さんもこの変な雰囲気に驚いた事だろう。ただ、異変を察知しあえてコーヒー以外の事には触れないでくれた辺り、流石としか言いようがない。
それでもなお、双方が抱える問題が解決する事はない。そう、当の本人が来るまでは……
「烏真社長?」
「なんだい?」
「大まかな説明は、社長お願いします。ラストの件は……振ってもらえれば、俺が切り込んでいきますよ。ただ、笑美ちゃんの反応次第では社長もフォローお願いします。とりあえずは笑美ちゃんの意見を尊重しましょう」
「前半は任せろ。後半は任せた。それに笑美の意見を尊重するのは大前提だな。どっちに転んでも、落ち込むのは無しだぞ?」
「もちろんです」
コンコン
その時だった。何ともタイミング良く、社長室の部屋がノックされる。笑美ちゃんからはさっき向かっているとの連絡があった。大学からの時間を考えると……間違いない。
社長と目を合わせ、頷くと……社長が声を上げる。
「どうぞー」
「すいませーん! ちょっと遅くなりましたぁ!」
するとどうだろう、現れたのはやはり笑美ちゃん。俺は1つ息を飲むと、一気に気合を入れた。
柔らかく軽やかに……でも優先すべきは笑美ちゃんの意見。いくぞっ!
「全然だよ。急がせて悪かった笑美」
「なんで社長が謝るんですかっ。ふふっ。隣座りますね? 君島さん」
「あっ、あぁ」
「さて、笑美。早速だけど、今日は話があって来てもらったんだ」
「話ですか? あっ! それって良い話と悪い話どっちです?」
……間違いなく良い話だ。それに、今日までこの話は笑美ちゃんに伏せて来た。今日の話し合いで、他のヒロイン候補の話が出たりする可能性もあったし、結局違う子がヒロインになる可能性もあった。先出しして、ぬか喜びさせるのが嫌だったからな。
「多分良い話だよ? なぁ丈助」
「はい。もちろんです」
「えっ? 本当? なになに~楽しみっ!」
「それでは社長。お願いします」
「了解だ。良いかい? 笑美」
「はっ、はいっ!」
「君に、ドラマのヒロイン役のオファーが来ている」
「えっ……えぇ!?」
ははっ、マジでお手本みたいな反応だ。
「本当ですか?」
「あぁ本当だよ」
「受けますっ!! むしろお願いしますっ!」
って、早っ!!
「まぁまぁ笑美。話はちゃんと最後まで聞いて、返事を聞かせてくれよ。なぁ丈助」
「そうですね。ドラマの名前やら放送の時間帯やら聞いてからでも大丈夫だろ? 笑美ちゃん」
「あっ……えっへへ。ごめんなさい。つい嬉しくて」
……想像以上の反応だ。でもあの話をしても、そんな笑顔でいてくれるか……それだけが心配だよ。
それからは烏真社長によるドラマの説明が始まった。
土曜9時のドラマ枠で、その他予定キャストも豪華。そんなヒロイン役と言う事もあって、目がキラキラしている。
あと、放映されたのががちょっと昔と言う事で、やっぱりリアルタイムでの流行りは分からないらしい。ただ、映画やライトノベルは見た事があるそうで内容もバッチリ。更に顔が輝いた。
その他、社長によるドラマについてのあれこれが話され……笑美ちゃんのテンションも上がって行く。そしてついに……
「んで、最後に丈助からだよ」
俺の出番がやって来た。
「なになに君島さん? スケジュールなら任せたよ? 私頑張るからさっ!」
「あぁ、その前に……ドラマのヒロイン役について、最後1つだけ笑美ちゃんに確認があるんだ」
「もう~ぱぱっと言っちゃって下さいよ」
……行くしかない。
「えっと、さっきも言った通り……このドラマは過去の映画をリメイクした作品になる。その件で1つ……映画版とはラストを変更したいってプロデューサーさんから話があったんだ」
「ラスト?」
「あぁ。原作のライトノベルにアニメ版、それと映画版ってラストが違うんだ。映画版は最後手を繋いで歩いて終わり。でも原作は……」
「あぁ! 確か結婚式で終わってましたよね? 感動したなぁ。ラストはそっちの方が良い気がしましたもん」
ん? 知ってる? だったら話は早いか。
「知ってるなら……分かるよね?」
「えっ?」
「いや。原作のラストシーンにするって事は、最後は結婚式だ」
「そうですよ?」
「結婚式で、最後重要なシーンで終わるじゃないか。その……だから、そういうのしても良いのかって……」
「そういうのって……あぁ!」
気付いた! 後はどんな反応かだっ!
「分かった? その、社長から色々と聞いてて、その変更の件で笑美ちゃんどう思うかなって……」
「ごめんね笑美。丈助は笑美のマネージャーだから、あの事話したのよ。その……」
「ん? なんで2人共そんな余所余所しいんですか? あれですよね? 社長が君島さんに言ったのって、私が誰とも付き合った事が無いって事ですよね?」
「あっ、うん……」
「それで丈助さんは、そんな子に最後のキスシーンが出来るかって心配してくれてるんですよね?」
「おっ、おう……」
「はぁ~2人共優しいなぁ。でも、子ども扱いしないで下さいっ!」
そう言い放つと、腰に手を当てドヤ顔を披露する笑美ちゃん。その様子は……それこそ想定外のモノだった。
「えっ?」
「はい?」
「女優を目指す以上……そういうシーンも大丈夫です。あと、こんな有名なドラマに出演できるのは光栄ですし、何よりサンセットプロダクションの宣伝にもなります。あと……色々入り回ってくれてる君島さんの自信にもなるじゃないですか!」
なっ、笑美ちゃん?
「いやでも、社長の話だとキスもまだ……」
「だから、大丈夫ですって。むしろ女優とプライベートは別ですし、他のキャストや監督さん達が私がキスした事ないって……それこそ社長や君島さんが言わない限り分からないじゃないですか」
「でも、それでいいの笑美?」
「心配症だなぁ。大丈夫です。てか、そんな事より……初主演で何度もセリフ間違えて、他の人達の迷惑にならない様にする事の方が心配です」
「笑美ちゃん……」
「笑美……」
「だから2人共。私、相島笑美……是非ドラマのヒロイン、匙浜花役をやらせて下さいっ!」
その笑顔と力強い言葉は……心に響いた。
そして何より、自分の事よりもまず、サンセットプロダクション。そして俺なんかの事を考えてくれている、笑美ちゃんの気持ちにある良モノを感じた。
その言葉を聞いた瞬間、思わず社長と目が合った。そしてその眼差し同士……笑美ちゃんのお願いに対する答えは決まっていた。
……だったらやろう! 初出演、初ヒロイン役っ!
★
笑美ちゃんに話をし、正式に承諾を得てから……月日が流れた。
その旨をプロデューサーさんへ話し、監督さんとも挨拶を済ませるととんとん拍子に話は進んだ。そしてヒロインとしての配役が決まり、その他豪勢な顔ぶれそのままにドラマの制作が決定した。
水着の撮影も無事終わり、そのスタイルの良さから続々と撮影依頼も増えた。更にはドラマの撮影も始まろうとする夏の日の夜……俺は例の如くタブレットと睨めっこをしていた。
えっと、この日は水着の撮影で……この日からドラマの撮影だな? でも流石に前日は休みを入れないとな。明るく振舞ってても精神的に疲れるだろうし。
それにしても、笑美ちゃん体強いな。二日酔い以外で体調不良は見た事無いぞ? 風邪も引いた事無いしな。
にしても、撮影日まで気は抜けない。栄養バランスに気を付けた食事を作らないと。あとは……
「ねぇ……君島さん?」
「ん? どした?」
なんて今後の予定を考えていた時だった。お風呂から帰って来ただろう笑美ちゃんがソファーの前に立っていた。
それだけならいつも通り……なのだが、今日に限れば少々様子が違う。その表情が何時になく暗いような、何かを考えている様なモノだった。
まっ、まさか体調不良か!?
「あのね?」
「なんだ? どこか具合でも悪いのか?」
「ちっ、違うって! そんなんじゃない……」
「じゃあどうしたんだ? 明らかにご飯食べてた時と様子が違う」
「えっと、あのね? 本当に具合は悪くないの。ただ……」
「ただ?」
「えっと、君島さんにお願いがある……」
お願い? いやいや、俺が出来るお願いならいくらでも叶えてやるぞ? てか、ご飯やリクエストやら2人パーティー以外のお願いってされた事無いけど。
「なんだなんだ? 言ってみな? 可能な限り叶えるぞ?」
「本当? じゃぁ言うね? あのね……」
でもこの感じ、結構重要な事か? はっ! まさか……かかっ、彼氏が出来たのか!? まてまて、そんな雰囲気の人は居ないは……
「私とキッ、キスしてくれませんか?」
えっ?
「ん? 聞き間違いかな?」
「もっ、もう! ふざけないで下さい。こっちは真剣なんです」
真剣って……あれ? なんかキスって聞こえたような……
「いやごめん。自分の耳を疑ってる」
「きっ、君島さんのバカっ! だから……」
「わっ、私と……キキッ、キスしてくれませんかっ!?」
……マジで言ってる?
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