第32話 女子大生の思わぬ話

 



「……という事でした」

「うんうん。なるほどね」


 場所はサンセットプロダクションの社長室。

 プロデューサーさんとの話し合いを終えた俺は、烏真社長にその内容を報告していた。当の烏真社長も、最初に自身が受けた話とほぼ同じという事もあって、終始笑顔で頷いている。


 今日の話し合いは言わば触り。社長が聞いてた話とほとんど同じだと思う。あとは正式に社長のゴーサインと、笑美ちゃんの了承を得たのち……ヒロインとしてのドラマ出演が決まる。

 あれ? そういえば社長はドラマ版のラスト変更の話は知ってるのか? キスシーン有りって事だけど……笑美ちゃんは贔屓目に見ても美人なあの容姿で、歳も歳だ。今まで何人かと付き合いの経験もあるだろうし、もちろんキスだってした事あるだろう。相手が俳優さんとはいえ、今の向上心と努力を見れば……演技としてのそういうシーンも大丈夫そうだけどな。


「あっ、あと最後に……」

「ん? 何かな丈助」


「プロデューサーさんから、今回のドラマ版についてラストを変えたいとのお話がありまして……」

「ラスト? 確か映画版は、二人で歩いて行ってみたいな終わり方だよね?」


「はい。それを原作と同じラストにしたいそうです」

「原作? となるとライトノベル版ね。確か…………あっ!」


 流石社長。どっちも見てるな? しかもその反応的に違いも理解してるか。


「原作通りだと、結婚式でキスシーン……」


 でも、笑美ちゃんなら……あれ?

 最後の変更点。俺としては、そこまで問題とは思えなかった。だからこそ、社長にも至って普通に報告をしたけど……その反応は予想外のモノだった。さっきまでの笑顔が陰り、少し考え込むような表情の社長。その変わり様に、一瞬嫌な予感が過る。


「えっ、どうしたんですか? まさか笑美ちゃん、キスシーンとかNGなんですか? そこまで踏み込んだ話、した事無かったです」

「ん? あぁ……それはどうかな? ない……と思いたい所だけど……」


「えっ? 思いたいって……どう言う事です?」

「いや、実はその件について、私も笑美がどう返事をするのかが想像できないんだ」


 なぬ? 俺以上に笑美ちゃんの事を知ってる社長が分からない? そんな事があるのか。マジでどう言う事なんだろう……


「社長ですら想像できないって……ちょっと信じられないんですけど。その点に関して、笑美ちゃん何かあるんですか?」

「まぁねぇ……」


「教えてくれませんか?」

「まぁ、そこまで重要でもないと思うんだけど……とりあえず今現在、笑美には彼氏の(か)の字は元より、男の(お)の字も感じないだろ?」


 いやまぁ……でなきゃ俺が一緒に住める訳無いですよね。まぁそれを抜きにして、俺から見ても男の影は見当たらないのは確かだ。


「……大前提として、そういう気配があればマネージャーとは言えど、笑美ちゃんが一緒に住む事を提案しないでしょう。社長だって認めなかったんじゃないですか? それと、ここ数カ月一緒に過ごして……俺視点では全くそんな気配は感じないです」

「ははっ。だろうなぁ。多分……と言うより、ほぼ正解だと思う」


 ……でもそれが、さっきの反応とどんな関係が?


「ですけど、社長……」

「まぁまぁ、話はまだあるよ。私はさ? サンセットプロダクションに採用された人の事は、大体知ってるつもり。最初に話をする段階で、結構根掘り葉掘り聞くからねぇ。もちろんそっち系もさ」


「そっち……系?」

「そうそう。彼氏の存在や、今までのお付き合いした人の数。あと……そういう経験があるかとかね?」


 なっ! さすがにそれは……って、烏真社長の事だ。。個人的な趣味や何やらでそんな質問はしないはず。


「その理由は……」

「単純な話だよ。週刊誌やテレビなんかで、そういう記事が出た時……迅速に行動出来るからさ。そういうのって初動が大事な訳。混乱状態の中、事実確認……結構大変だと思うのよ。だから所属してる子には、彼氏が出来たら名前とかの報告をお願いしてる。社長として、何かあった時にすぐ動ける様にね」


 ……確かに。そういうのは初動が肝心だとは思う。その為の質問か……決して聞きやすい事ではないよな。でもそれは必要で、おそらく皆がそれを理解して、社長に答えている。


 それほどの信頼性を感じる事が出来る雰囲気が、烏真社長にはあるんだ。ホント、雇われ社長じゃないだろ? 月城代表取締役の見る目は恐ろしいよ。


 あれ? だとしても、その話と笑美ちゃんになんの繋がりが?


「なるほど、流石です。でもその話と笑美ちゃんがどう繋がるんですか?」

「まぁ、例の如く笑美にも聞いたよ? まぁ全員が全員本当の事を言うとは限らないけど、笑美の場合は真っすぐこっち見て即答だったからさ、信用はしてるんだけど……」


「なんて答えたんですか?」

「笑美は……今まで誰とも付き合った事が無いそうだ」


 ……えっ?


「ん? 今なんて……誰とも付き合った事が無い?」

「そうだ」


「今まで1度も?」

「そうだ」


 ……いやいや。笑美ちゃんだぞ? あの容姿にあの明るい性格。しかもあのスタイルの良さを、世の男子中学生から高校生。大学生がほっとく訳無い。同級生に居たら注目の的だろ? そんな子が? 漫画の世界じゃあるまいし……


「またまた冗談を……」

「冗談は今まで丈助に結構話したけど、所属タレント……強いて言うなら笑美の事に関して冗談は言った事はないだろ?」


 そう言いながら少し苦笑いを浮かべる社長。

 その言葉は、ハッキリ言って合っている。とりわけ、自社のタレントに関する事に置いて、誤解を招くような事は冗談でも言わない。つまり……


「……マジですか?」

「マジだ」


 本当に、笑美ちゃんは男性と付き合った経験が無い。


「えぇ!? マジのマジですか!?」

「うおっ! 声デカいって!」


 いやいやでかくなるでしょうよ! まさか男性と付き合った経験が無いなんて思う訳無いでしょ!? しかも、その事実と社長の曇った表情……まさか。

 その時、ある1つの仮説が浮かび上がる。その可能性は高い。しかも、もしそうなら……全ての辻褄が合うモノだった。


「すっ、すいません! あの社長? 1つ聞いても良いですか?」

「なんだい?」


「笑美ちゃんは、今まで誰とも付き合った事が無い。そしてキスシーンの話をした時、社長の表情が曇った。それってつまりですけど、もしかして……笑美ちゃんってキスもした事無いんですか?」

「……そうだよ。ファーストキスがまだ。なぁ丈助。私の気持ち分かるだろ?」


 なっ! て事は、ファーストキスがドラマの撮影?

 女優としてなら気にはしないだろうけど、女の子としてはどうなんだ? ただ、相手は人気アイドルだぞ? でも、最初は本当に好きな人と思う人だって多い。


 女優としてか。

 女の子としてか。


 どっちを選ぶかで、ファーストキスの意味合いはかなり違う。


 これか……これなのか……

 烏真社長が、笑美ちゃんの返事を分かりかねる理由はっ!!


「……キスシーンの事は、社長が笑美ちゃんに言って下さいね?」

「おいおい。それはマネージャーの仕事だろ? ……社長命令だ」

「……はぁ~」


 一体どうなるんだろうか……



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