第31話 女子大生の勝負所

 



 ゴクゴクッ


「ふぅ」


 とある夜。俺はなんとも贅沢にビールを飲みながら、ソファーに座りタブレットと睨みっこをしていた。

 その理由は1つ。笑美ちゃんのスケジュール調整に他ならない。

 モデルとしての仕事は幸い好調をキープしていて、雑誌の撮影がかなり多くなった。更に夏も近付くとあっていつも以上にスケジュール管理に気が引き締まる。


 あと少しで大学は夏休みに入る。長期の休み=講義が無いということは、普段講義に行っている時間帯に仕事が入れ放題。

 もちろん、笑美ちゃんの体調や体力を第一に考えるのが当然だけど……その間にどれだけ知名度を上げられるか、モデルとして女優として力を付けられるかがポイント。他のライバルに差を付けるか付けられるか……非常に重要な時期。マネージャーとしても責任が重大だ。


 えっと、ここは撮影だな? ここも行けるか? でも、3日連続はダメだろ。笑美ちゃんはロボットじゃない。もちろん組んだ後確認はしてもらうけど……笑美ちゃんの事だ、笑顔で了解ですっ! って言うに決まってる。気になるスケジュールがあったら、遠慮なく言って? なんて言っても、変更した試しが無いよ。


 それにこの夏は、笑美ちゃんにとって飛躍を遂げる時期かもしれない。社長の元に来た……笑美ちゃんのドラマ出演の話。本決まりではないけど、製作側はなんとヒロインに笑美ちゃんを第一候補で考えてるそうだ。明日、プロデューサーさんとの顔合わせで俺だけの出席だけど……必ず良い知らせを持って帰るからな? 笑美ちゃん!


「ねぇねぇ~君島さーん」


 っと、どうした笑美ちゃん? お風呂行くって言ってなかったか?


「どうしたえ……うおっ!!」


 それは完全な油断だった。いや、確かにさっきお風呂に入りに行くと言った手前、油断をしない方がおかしいタイミングだった。

 何か話があるのでは? そんな考えの元、何の気にも留めずに顔を上げると、そこにいたのは……


「どお~? 似合う?」


 水着姿の笑美ちゃんだった。


「なっ、なんで水着着てるんだよ!」


 突然の登場に、慌てて視線を外してしまった。いやはや仕方がない。今までタンクトップ等の極めて際どい服装は目にしてきたものの、ここまで露出の高いモノを目の前で見るのは初めてだった。

 しかも……


「どうどう?」


 ビキニタイプとなれば、その恥ずかしさにも似た驚きは計り知れない。

 おっ、おい! なんで水着? 


「ちょちょちょっと、なんで水着着てるの!?」

「なんでって、今年から水着のモデル始めるじゃんか? てか、スケジュール組んだの君島さんですよぉ?」


 ……ぐっ! たっ、確かに入れました。社長と笑美ちゃん同席の元、メーカーさんから依頼があった事を報告。モデル活動2年目で、新しい事にも挑戦したいって笑美ちゃんの気持ちを尊重して……入れました! けど、いきなりは……


「けど、いきなりは……」

「あのですね? 君島さん……君島さん私のマネージャーさんなんですよ? 他の夏に向けた撮影とか、そういうお話あったらなんて言うんですか? 担当の水着姿のイメージも出来ないで、話進めるんですか?」


 ぐおっ! 確かに……確かにド正論。イメージに合うかどうかも分からず返事なんて……マネージャー失格だ。


「たっ、確かにそれは言えてる」

「だから見てくださいよぉ。今度の撮影の水着なんですよ?」


 男の心は……変わりつつあった。

 最初こそ驚き、おっさんとはいえ情けない行動と、恥ずかしさを感じてしまった。ただ、笑美ちゃんの言う通り。男と女以前に、笑美ちゃんは俺の大事な担当タレントさんだ。言わばパートナー・一心同体。そんな人の服装のイメージや雰囲気をパッと言えないなんて……マネージャーとして失格。仕事に影響が及ぶのは間違いない。

 これは仕事の為、今後の笑美ちゃんの活躍の為だ。だから俺は……


「わっ、分かったって」


 大きな決意をし、俺はゆっくりと視線を笑美ちゃんへと向ける。次第に露わになる肌と……鮮やかな水色の水着。

 仁王立ちする笑美ちゃんの全身を捉えた途端……思わず頭の中に、1つの言葉が走り去った。


 ……えっ? スタイル良過ぎじゃね?


 最初に出会った時から、その良さは感じていた。しかも最近薄着が増えた結果、以前より顕著にそう思う事はあった。ただ、今まで見て来た中で、最高潮に肌の露出が高い水着。その格好は……更にそう思わざるを得ない。


「どうどう? 似合う?」

「にっ、似合う」

「やったぁ」


 その瞬間、少女の様に少しジャンプする笑美ちゃん。しかしながらそれに呼応するように、その胸もまた大きく揺れる。


 いや……ヤバくないかこれ?

 笑美ちゃんのプロフィールは、マネージャーになった時に社長から詳しく聞いた。身長は見た目通り、女性としては少し大きい166cm。スリーサイズは公表こそしてないものの……社長によると、85・57・85。

 それ以上は分からないが、そのスリーサイズを持つ人の水着姿がこれだ。正直、出ている所は出て、引っ込んでる所は引っ込んでいるの意味そのもの。

 いやはや……こうして見ると、やっぱ……


「大きくなったな……」

「えっ!!! ややっ、やっぱりちょっと太っちゃったの分かります!?」


 そう言いながら、なぜかお腹をつまむ笑美ちゃん。

 なぜそんなに焦っているのかは分からない。そもそも、それは世間一般的に見て、お腹の皮を掴んでるだけだと思う。そのくびれたお腹に余分なお肉は見当たらない。


「いや、そんなんじゃなくてさ? 色々と……」

「ん? あっ、やだなぁ! じょじょ冗談ですよぉ。てか、やっぱこっちですよね?」


 なぜか慌てる様に声を上げた笑美ちゃんが、今度はなぜか胸に手を当てる。


「なんか、年々おっきくなってくるんですよねぇ。色々バランスが悪くなるから、スクワットとかしてお尻鍛えてるんですけど……こっちがすぐ先行っちゃうんです」


 なっ、何言ってるんだ? なんか勘違いしてる様な……でも年々成長してるだと? まだまだ伸び代だらけだと?


「でも、何とか頑張って……って、君島さん?」

「美しい体のラインだよ。確かワンピースタイプの水着は体のラインが出るって本で見たような……そういう水着も、スタイル抜群の笑美ちゃんには合ってるかもしれない」

「きっ、君島さん?」


 水着のモデルだって、並みの精神力じゃ務まらない。それをやると言った笑美ちゃんの気持ちと、この絶対的なスタイルの良さを俺自身が信じれば……もっと活躍の場が増えるはず。


 待ってろよ笑美ちゃん! 俺、もっと笑美ちゃんの色んな姿を見て学んで勉強して……もっと活躍の場を増やしてみせるから!


「お~い、君島さ~んっ!」




 ★




 次の日、俺は予定通りプロデューサーさんとお会いし、様々なお話をした。

 この場には居ないけど、監督さんも今話題の笑美ちゃんを起用する事に賛成の様で、プロデューサーさんは、笑美ちゃんの芝居の練習風景を内緒で見に行ったらしい。その実力と努力する姿に決心したそうだ。


 その言葉に、笑美ちゃんの努力が実ったんだと嬉しく思った。


 ……やったな笑美ちゃん。

 ちなみにこのドラマは……≪俺は君の片隅に、君は俺の心の中に≫という題名で、ライトノベルが原作だ。以前に映画化されていたんだけど、それをテレビドラマ化するにあたり、笑美ちゃんに白羽の矢が立ったわけだ。


 俺君か……俺が中学だったかの時流行ったな。若年性アルツハイマーと言う病気をテーマに、それに抗う主人公とヒロインの甘酸っぱい青春恋愛映画。ライトノベルからアニメ化、映画化されて一大ブームを起こした。


 主役は人気アイドルグループの中でも、特に人気のある軽部かるべれい。その他キャストも本決まりではないにしろ、有名どころばかりだ。

 一大ブームのリメイク作となると……期待値もあるだろうな。ただ、これをやり切ったら、間違いなく笑美ちゃんのキャリアに拍が付く。


「というわけで、是非相島笑美さんにヒロインの匙浜さじはまはな役をお願いしたいんです」

「了解しました。烏真社長及び、相島に再度話してみます。このようなお話、本当にありがとうございます」

「とんでもない」


 一応概要等は聞いたな? それこそ社長が聞いたものと同じだったけど……笑美ちゃんにも聞いて、返事を聞かないと。


「あっ! 君島さん? 一点だけ、不安要素と言うか……」

「不安要素?」


「あの……君島さん、映画の方はご覧になりました?」

「えぇ。そりゃ大流行しましたからね」

「では、ラストのシーンなんかも覚えてらっしゃいます?」


 ライトノベル版、アニメ版と映画版ってラストが違ってたんだよな。原作は、最後結婚式でキスして終わり。映画版は確か……


「最後は二人で手を繋いで、幸せそうに思い出の桜まつりに行って……桜の花びらが画面一杯になって終わるんですよね?」

「そうです。それで今回なんですが、ラストを原作の様にしたいと思ってまして……」


「原作……ですか」

「はい。だからその……あるんですよ」


 ある? ……あっ!


「あるって……キスシーンですか!?」

「はい。その点は必ず聞いて頂きたいです」

「分かりました」


 キッ、キスシーンか……



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