第28話 広がるホワイトと忍び寄るブラック

 



 正直に言うと、俺はマネージャー業というものを良く知らなかった。

 単純なイメージとしては、担当してるタレントさんやモデルさんスケジュール管理、事務所との連絡の橋渡し。それが主な役割の様な気がした。


 サポートして笑美ちゃんの力になる。

 そんな気持ちを昂らせながら、俺は様々な事を目で見て耳で聞き……学んだ。


 俺の担当は、今は笑美ちゃんただ1人。でも、他の先輩方は2~3人の担当を兼務していたりしている。この辺りが、社長の言っていた人手不足って事なんだろう。信用に値する人……その為に採用も慎重になる。


『まぁ、社長の気持ちは皆知ってるからね。それに社長自ら動いてくれると、こっちもやる気になるし』


 俺に指導してくれる佐藤さんは、そう呟いて笑みを浮かべた。

 実際、佐藤さんはかなりのベテランさんで、担当は4人。その人数を自分が担当する事になったら……そう思うと、一抹の不安を覚えた。


 佐藤さん的には、その内の1人が旦那さんで、他3人共付き合いが長いから俺が思っているよりずっと楽だと言ってくれたけど……その言葉は、新人の俺に無用な不安を植え付けない為の優しさだと思う。

 そもそも、旦那さんが柔道元世界王者って……あと調理師免許を持っていたりと、佐藤さん自身も相当ヤバいんじゃないだろうか? 


 とまぁ、そんなベテラン佐藤さんは教え方も抜群にうまい。1つの質問に3つ返してくれて非常に分かりやすく、更にはべらぼうに仕事が早い。俺もそれなりに記憶力はある方だと思うけど、別次元かもしれない。


 大事なのは自分なりのやりやすさを見つける事。

 かなりの説得力ある言葉だと思った。


 そして佐藤さんの手も借りつつ、本格的に笑美ちゃんのスケージュール管理などを行うようになった。大学生という事もあり学業が優先。それは笑美ちゃんと社長からの唯一の要望だ。それを加味しつつ、1週間のスケジュール案を組み上げる。


 直ちに笑美ちゃんの全講義予定を確認してスケジュール表に打ち込み、そこへモデルの仕事や力を入れている芝居の稽古。打ち合わせなんかの予定を入れ……笑美ちゃんに確認。体力的な事も考えて、意見を聞きつつ調整して……出来上がり。そして、マネージャーが参加する会議等々を打ち込めば、俺のスケジュール表にもなる。


 笑美ちゃんが大学行ってる時間や打合せがない日は、事務所に来て他の人のサポートと次の仕事への準備。前職とやっている事は似ているけど……予定さえしっかり組めば、ノルマに追われる恐怖もない。何より、何かあったらすぐマネジメント部のグループストメに送信! 及び、必ず誰かに連絡する事。それを結構強く言われたっけ。


『体調不良やトラブルは誰にでも付きまとうからね。そんな時は1人で悩まず、誰かに即連絡! 対処できずにタレントさんやモデルさん。関係企業に迷惑かけて、会社にも迷惑かけるのが1番やっちゃいけない事だよ? それはマネジメント部……いえ、サンセットプロダクションの皆が持ってる共通認識だから。てか、誰かに頼って……そして頼られないと、仕事は上手くいかないって』


 その言葉は素直に嬉しかったな。けど、そうは言っても新人が先輩方の足を引っ張れないのは事実。ミスは勿論、体調管理はしっかりしないとって思った。

 幸い、人気とはいえど学生である笑美ちゃんは、週に2日は大学オンリーの日がある。その日が俺の休日にもなる訳だけど……早く仕事覚えたくて、ネット通話でマネジメント部の人に話聞こうとしたっけ。

 速攻怒られて、回線切られて……次の日佐藤さん怒られたよ。


『休みの時は休めっ! 良い意味でオンオフハッキリっ!』


 本気じゃないとはいえ、あの時の佐藤さんはマジ怖かった。


 そんな仕事の流れが身についてくると、あとは気を付ける事は……担当、笑美ちゃんとの信頼関係。

 その点については、良いのか悪いのか……ある意味何時もと変わらない。日頃から栄養を考えたご飯は作ってるし、笑美ちゃんも元からそういう考えだった。料理も上手いし、変な偏食もない。まぁたまにはジャンクフードも食べるけどさ? それはご愛嬌。


 ただ、睡眠や健康管理にはちょっと煩くなったかもしれないな。マネージャーとして、健康管理は滅茶苦茶大事。疲れを残さない為に早めの睡眠を促し、朝起きたら体調の確認が日課になっている。


 まぁその点については、笑美ちゃんのやる気が溢れてるお蔭で、今は俺がそこまで注視する事じゃない。それでも目は光らせるけど。


 次の日が休みや、大学の講義が遅い日は簡単にパーティーして、お互いをねぎらったり……ゲームで盛り上がったり。マネージャーになる前と全然変わらない。むしろ自分がホワイト企業で働けて、社長命令とはいえ今まで通り笑美ちゃんと暮らせている事が楽しくて仕方がない。


 今は、マネージャー兼ボディガード的な意味合いで一緒に住んではいる。現状その気配が無いにせよ、今後笑美ちゃんにそういう関係の人が出来るまでなんだろう。

 そう思うと、余計に今が楽しい。


 仕事とプライベート。

 そのどちらも充実した毎日を……送っている




 ★




「ふぅ」


 いつもの様に仕事を終え、ビルから一歩足を進めると……綺麗な夕日が目に入る。

 いつからだろうか、この景色が特別なモノに見えなくなったのは。

 いつからだろうか、仕事終わりに頭も体も軽いのは。


 そう考えると、改めて感じる。サンセットプロダクションに採用されて良かったと。


 マジで笑美ちゃんと社長には感謝しないとな。

 なんてしみじみ感じながら、俺は駅へと向かって歩き出した。


 ……あっ、社長と言えば! あの時は驚いたな。サンライズフォトに行った時、トイレで出会った月城さん! あの人、代表取締って事でお偉いさんだと思ったら、想像の倍以上偉い人だったんだよ。


 それは初めて笑美ちゃんの撮影を見に行った日、笑美ちゃんが着替えに言った瞬間に……烏真社長が不意に口にした事だった。


『そういえば丈助。さっきトイレで誰かとすれ違わなかった?』

『トイレ? ……あっ! 言おうと思ってたんですよ! プロトレーナーズカンパニー サン&ムーンって、サンセットプロダクションの関係企業ですか? 代表取締役の方に挨拶して……でもトイレの中ってヤバいですよね? てっきり、スタジオの人だと思って』


『あぁ、それなら大丈夫。礼儀正しい人だなって、代表が褒めてたよぉ?』

『げっ、やっぱり関わりのある人だったんですかっ! よりにもよってトイレ……』


『まぁ気にしない気にしない』

『いやいや、何を根拠に……』


『ん? そりゃ付き合いも長いからねぇ。大体、代表……って、言いにくいわっ! ツッキーは嘘言わないから』

『えっ? ツッキー? もしかしてかなり仲が良いんですか?』


『仲っていうか……サンセットプロダクション作ったのツッキーだからね?』

『はい?』


『だから、ツッキーがプロトレーナーズカンパニー サン&ムーンを建てて、その過程で引退した人達にも活躍の場を作りたいって立ち上げたのが、サンセットプロダクションなんだよ』

『はっ? えっ、じゃあ月城さんって……』


『私、雇われ社長みたいなものって言ったでしょ? ツッキーが実質、サンセットプロダクションのトップ。元々私もサン&ムーンの社員だったのよ? なのに、いきなり社長やれって言われてね?』

『えっ、えぇ? いきなりですか?』


『そうそう。いくら年上だからって、いきなりは驚いたっての。まぁそれはさておき、ツッキー海外出張の前に様子見に来たみたいだけど……偶然とはいえ挨拶出来て良かったじゃん』

『あの……それって冗談じゃないですよね?』


『あのねぇ、こんなんで冗談言う訳ないでしょ? そもそもここだって、サン&ムーンプロダクションって名前にしたかったけど、同じ名前は……ってツッキーに言われてさ? 太陽と月=朝と夜って事で、その中間、夕暮れって意味のサンセットって名前にしたんだから。信じてくれた?』

『えっとその……はい……』


 マジで驚いたぞ? まさか社長より上の人だったとは。

 最低限の挨拶は出来たし、烏真社長も気にするなって言ってくれたから良かったけど……一歩間違えてたらヤバかった。


 とはいえ、それ以外は……すこぶる順調だ。仕事にも慣れて、笑美ちゃんも頑張ってる。あとは、それを全力でサポートするだけだ。


 となると、早く買い物行って栄養満点の晩ご飯作らないと。基本的にリクエストに答えてるけど、ここ2日オムライスだったからな。

 何食べたい? ってメッセージの返事もオムライスだったから、流石にダメだって送ったよ。さてさて、一体何を作ろ……


「じょっ、丈助君?」


 それは突然だった。晩御飯の献立を考えようと、様々レシピが頭を過りかけていた中に……聞こえてきた声。

 そしてその声が耳を通った瞬間、俺は無意識に足を止めていた。なぜなら、その声には聞き覚えがあったから。


 自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた方へゆっくりと顔を向ける。左……左……そこには企業の入っているビルがあった。そして入口の前に、その人物は立っていた。


 黒髪ロングヘアーの一本結いに薄化粧。

 あの時と何も変わらない。


 大きな瞳に眼鏡姿。

 怖いほど、あの頃と何も変わっていない。


 ただ、そんな久しぶりに見る姿に……俺の心は恐ろしい程冷静だった。


 ……あぁ、そういえばこの辺だったな。勤めてた出版社……てかこのビルか。親のツテで入れたんだし、辞める訳ないか。

 とはいえ、久しぶりだな。まる8年振りか? まさかそっちから声掛けるとは思わなかった。


「……あぁ、久しぶりですね。雛森ひなもりさん」


 雛森香ひなもりかおり

 大学時代から長い付き合いだった人。

 その視線の先には俺じゃなくて、公務員という肩書しか見てなかった人。

 児童相談所を辞める話をした時、第一声で親の事を言い出した……


 元カノ。



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