第27話 女子大生と相島笑美

 



「ったく! 驚かせないでよね?」

「いやぁ、すいません」


 なんてやり取りが響く中、俺と社長はビルの階段を下りている。

 その行き先は1つ下の階にある撮影スタジオ。なんでも、サンセットプロダクションと提携を結んでいるらしい。


 あちらとしては定期的な仕事がある。こちらとしては撮影やオーダーのし易さ。

 まさにウィンウィンの関係でありつつ、効率がいい。


 本当ならエレベーターで向かうとこだけど、日頃の運動不足を兼ねて階段をチョイスしてみた。ただ……先程見せた立ち眩みが、社長は気になってるみたいだ。

 仕方なくない? あまりにも福利厚生が充実してるんだもの。


「ほんと大丈夫? 1つ下のフロアとはいえ、ここで倒れたら病院行きよ?」


 大分落ち着いたんで大丈夫ですよ。


「大丈夫ですよ。あまりの輝きに眩しくなっただけですから」

「なんか意味が分からないけど……心配だわぁ」


 そんな社長の心配を受けつつ、1つ下のフロアへと到着。扉を開けると、そこにはサンセットプロダクションに似た明るい雰囲気が広がっていた。


「はい。ここが撮影スタジオのサンライズフォトさん。うちのモデルさんや宣材写真なんかをお願いしてるんだよ」

「入口からして大手って感じがしますよ。しかもこの距離でスタジオがあるってのは、色々と便利で効率的ですね」

「そそっ、分かってるねぇ」


 ここへ来たのは、もちろん関係企業の案内ってのもあるだろう。ただそれ以外にも、社長には見せたいものがあるようだ。


「丈助も今後通う事になるだろうし、挨拶は早い方が良いよね。あと今の時間、丁度笑美が撮影してるんだよね。その光景も見せたかったんだよ」

「笑美ちゃんが?」


 雑誌では何度か見た事はある。ただ、そこに至る工程を現場で見れるなんてマネージャーでなければ無理な話だ。

 その光景が今後は当たり前になるだろうし、早くに雰囲気を味わえるのはありがたい。


「そそっ。撮影の雰囲気も感じて欲しいしね?」

「なるほど。ありがとうございます。烏真社長」


 そんな粋な計らいに感謝を覚えつつ、社長の後に付いて行く。この先で笑美ちゃんが撮影していると思うと、何とも不思議な気持ちに包まれた。嬉しさにも緊張にも似た感覚。

 ただ、そんな状況のせいかは分からないけど……


 ……あっ、ちょっとトイレ行きたいかも。

 突如として襲い掛かる尿意。

 スタジオ入ってからだと、タイミングなさそうだな。えっと……あっ! エレベーターの横にあるじゃん!


「あっ、社長? スタジオ入る前にトイレ行って来ても良いですか?」

「トイレ? そこにあるからいっといれ……なんてね」


 ……社長のギャグに苦笑いを浮かばせながら、俺は急ぎ足でトイレへと向かった。余裕の無さから、渾身の逆をスルーしても良かったのかどうか、若干の不安はあったモノの……


 ガチャ


 思わぬ先客に、その不安はどこかに消し飛んだ。

 やばっ。誰か手洗ってる。そもそもここに居るって事は、スタジオの関係者かな? だとしたら、挨拶はしないとだよな?


「ん?」


 なんだ? とんだイケメンじゃないか。身長は同じくらいだけど、それ以外は完敗だぞ? さすが撮影スタジオの人だ。外見からして完璧だな。


「あっ、初めまして。今日付けで上のサンセットプロダクションに入社しました、君島丈助と言います」


 あと……あっ、早速用意してもらった名刺の出番か。こういうところから地道に挨拶していけば、自然と顔も名前も覚えてもらえるんだよね。


「こちら名刺になります。今後とも宜しくお願いいたします」

「あぁ! なるほどね~! いや、これは丁寧にありがとう。ちょっと待ってね? 手を拭いて……っと。こちらこそ宜しくお願いします。えっと、これ名刺ですので」


「わざわざありがとうございます」

「とんでもない。それでは……頑張って下さいね?」


 よっしゃ! 初っ端の挨拶としては良いんじゃないか? トイレってところがあれだけど……そこから上手くスタジオのスタッフさんの間で広まってくれれば御の字。えっとちなみに、さっきの人は……


 好感触の手応えを感じた俺は、先程もらった名刺に目を向ける。するとどうだろう、そこに書かれていたのは想像とは違う内容だった。


 ……ん? プロトレーナーズカンパニー サン&ムーン? そこのスタジオの人じゃないのか。名前が月城つきしろれん? なんか聞いた事のあるような……って! 代表取締役!?


 その瞬間、尿意とは別の意味での冷や汗が頬を伝う。

 あれ? スタジオに来てるって事は、もしかしてサンセットプロダクションとも関係ある? もしそうだとしたら、そんな人に……代表取締役にトイレで名刺渡した?

 ……ヤバいかも?


 そんな不安が過る中、そそくさと用を足すと……俺は重い足取りで社長の元へと戻った。

 やばい。社長に言っておかないと……


「遅いぞ? 大きい方なら先に言ってよねぇー」

「いや、すいません。あの、しゃ……」


「早くしないと、笑美の撮影終わっちゃうって。行くよ?」

「えっ! 待ってくださいよっ!」


 さっきの事を言う間もなく、急ぎ足で中に入る社長。

 そんな姿を前に、遮ってまで言葉を言える状況じゃなかった。しかも、スタジオに入ればスタッフさん達や代表の方との挨拶。顔と名前を覚えるのに必死で……さっきの出来事は押し出されるようにどこかに消えてしまった。


 そして……


「さて、このスタジオで笑美撮影してるよ?」

「笑美ちゃんが……」

「じゃあ開けるよ」


 スタジオAと書かれたプレート。その横にはどこか重々しい黒い扉が待ち構える。そして社長が押し出すと、ゆっくりとその先の光景が姿を見せた。

 少し暗めの室内。短い間隔で聞こえるシャッター音に、絶え間なくたかれるフラッシュ。


 そして大勢の人と照明に囲まれ、注目を浴びるだろう真ん中に居たのが……


「は~い! 良いよ笑美ちゃん」


「良い表情」


「もう一回視線もらおうかな?


 笑美ちゃんだった。


「ほら、もうちょっと近付きましょ?」


 社長に手を引かれ、スタッフさんが待機しているテーブル付近まで足を運ぶ俺達。気付いたスタッフさんにとに軽く会釈をし、俺達は笑美ちゃんの姿を見ていた。


 ただ、見れば見るほど……目の前に居るのが自分の知っている笑美ちゃんとは別人に思えて仕方ない。


 それくらい……美しかった。


 家ではどこか子どもっぽく、可愛い一面が多い。けど、仕事モードに入った笑美ちゃんは……大人の女性そのものだった。

 イメージとしては、最初に出会った時のクールな雰囲気に似ている。それに普段はしてないメイクも相まって……その姿はとんでもなく綺麗だった。


 嘘だろ? あれが笑美ちゃん?


「驚いた? 普段のままでも可愛いけど、モデルの相島笑美になるとテーマによって見事に変身しちゃうのよねぇ。今日のテーマはクールビューティー。一緒に家に居た時間が長いから、普段とのギャップに驚くのも無理はないけどね」

「いや……変わり過ぎて驚いてます」

「ふふっ。良い反応~」


 凄すぎる……




 ★




 それから数分後。無事に撮影は終了した。

 すると、


「あっ、君島さん! 社長も~!」

「やっほ~丈助連れて来たよ?」


 終了直後だというのに、俺と社長に気付いた笑美ちゃんが服もそのままにこちらへ来てくれた。


 近くで見ると、その変貌はより一層濃く見える。

 しかも大人っぽいタイトで胸元の空いた衣装が、大人の色気を醸し出す。

 どこかで思っていた、子どもの雰囲気は……綺麗さっぱり消えていた。


「へへっ。君島さん。どうですか? 私の仕事っぷり」


 その恰好で話し方がいつも通りって言うのも、なんかあれだな。でもここは素直に……思った事を言って褒めるしかない。というより、それ以外の言葉が見当たらない。


「美人だ……」

「えっ?」

「ちょっ、じょう……」


「驚いて頭の中真っ白になるくらいだった」

「なっ、そんな事言って! からかおうなんて……」


「冗談なんか言うわけないだろ? 笑美ちゃんは光り輝いてて、凄く綺麗だったよ」

「えっ、なっ……うぅ、バカッ」


 あれ? なんで顔を俯けるんだ? 本心を言ったのに……


「おいおい丈助~。さては貴様、なかなかのモテ男だな? 不意打ちでその発言はヤバいぞぉ?」

「えっ?」


「君島さんのバカバカっ! 三月社長もニヤニヤしないで下さいっ!」

「いやぁ、めんごめんご。それにしても笑美? 化粧のせいか顔が随分赤いような~」

「んっ? もしかして熱か? それなら薬……」


「もうっ! 2人して! 全部君島さんのせいだからね?」

「えっ? おっ、俺何かしたか?」

「いやはや、無自覚系モテ男か……」


 笑美ちゃん。こうして仕事の風景を見て改めて思った。

 どれだけ、想像の上を行くんだ? どれだけ驚かせるんだ?


「社長何言って……」

「君島さんのバカぁ!」

「はははっ」


「えぇ~!?」


 君は本当に……凄い子になったよ。



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