第25話 女子大生のマネージャー

 



 未だ信じられない、採用という言葉。

 自信ありげなドヤ顔の三月社長。

 笑顔を見せる笑美ちゃん。


 その両名に見つめられながらの俺の答えは……


「じゃあ、君島くんの採用祝いに~」

「君島さんの就職祝いに~」


「「かんぱ~い」」


 ほぼ1つしか残されてはいなかった。

 ……てか、なんでこんな状況になっているんですかね? 笑美ちゃんの家に三月社長がいて、お酒等々バンバン飲んでるんですかね?



『よっ、よろしくお願いします』


 こんなあっさりとした採用に申し訳なさを感じつつ、返事をしたのも束の間、


『じゃあ、今日は笑美のとこでお祝いだな』

『賛成です社長~!』


『酒やジュースは任せな?』

『おつまみ等々は私が作りますね?』


『良いよな? 君島くん』

『良いよね? 君島さん?』


 なんてとんとん拍子に話が進み……



「ぷは~、仕事終わりのビールって最高っ!」

「うわぁこのお酒、ジュースみたいで飲みやすいですねぇ」


 今に至る。

 いや、あの……良いんですか? 社長自らこういうのに参加というか……社長ってイメージからは想像もできないんですけど?

 あと笑美ちゃん! それカクテルだからな? そんな一気飲みするとすぐ限界来るぞ?


「おや? 君島くん、全然飲んでないじゃんか。奢りなんだし飲め飲め~」

「そうですよぉ?」


 ……けど、なんかこういう雰囲気も良いな。それに三月社長も、おそらく笑美ちゃんに何か言われたからここまで色々してくれてるのかもしれない。それに甘えるのは悪いと思ってる。でも、せっかくしてくれた厚意を無下には出来ないし、それに見合うくらいに仕事で貢献するしかない。


 というわけで、今日は楽しんでも良いのかな? いや、むしろ社長の命令だし、従わない訳にはいかないよ。では……


「ははっ。じゃあいただきます」


 今日は無礼講という事で。


「おっ、じゃあ改めてやるか。君島くんのマネージャー採用を祝って、せーのっ!」

「「「乾杯~」」」




 ★




 それから数時間。俺と笑美ちゃんに加え、三月社長という奇妙なメンバーの元、俺の就職祝いがスタートした。

 正直三月社長がどういう人物なのか……まぁ今日会ったばかりの人の性格なんかは分かるとは思えなかったけど、このお祝いの席で感じたのは話しやすい人だという事だ。

 まぁ社長室で会った時も感じてはいたけど、言動が良い意味若くて、笑美ちゃんの反応を見る限りはなんでも言い合える……そんな人柄なんだろう。

 ただ、そんな雰囲気の人物を俺は知っている。その人は、人としては良いかもしれないけど、会社の社長としてはどうなのかという疑問を感じていた。


 とはいえ、せっかく用意してくれた席で、そんな疑問は犬も食わない。俺は純粋に楽しんでいた。そして……


「す~す~」

「あっ、笑美ちゃん寝たのか。えっと、タオルケットは……よいしょ。これで良いな」

「おっ、なかなか手際が良いな」


「そんな事ないですよ」

「でも、笑美がお酒に弱いのは知ってるって雰囲気だけど?」


 あの光景を1度見たら、こうなるのは分かるって。けど、社長さんも笑美ちゃんとの付き合いは長いからもちろん知ってるよな? それにしてはアルコール度数が低いとはいえ、カクテル系の酎ハイ結構買って来てたような。


「まぁ、前に1度お酒に付き合ってもらった経験がありまして」

「なるほど。じゃあ……もっと慎重に酔わせるべきだったかな」


 その瞬間、三月社長と目が合った。表情は今まで通りに笑っている。しかしその目は……何かを探るような、そんな雰囲気を感じた。

 この感じ……それにもっと慎重に? もしかして、飲みやすいが故に知らず知らずのうちに酔っぱらうカクテル系の酎ハイを買ってきたのも、あの楽しい雰囲気に合わせてお酒が進む様にしていたのも……計算の内? 言い方はあれだけど、笑美ちゃんが早く潰れるようにしたって訳か? 

 ……じゃあその理由は? なんとなく分かる。


「慎重にというと……カクテル系の酎ハイで、笑美ちゃんを酔わせる作戦ですか?」

「なんだ筒抜けかぁ。本当に君島くんは何というか観察力が鋭いね」


「ありがとうございます。それで、笑美ちゃんを先に寝かせて2人きり。その方が都合が良いって事ですよね?」

「まぁそう言う事かな。いきなり2人で会うってのも、笑美に怪しまれそうだしね。自然の流れの方が良いと思って」


 やっぱりな。確かに社長室での話だけじゃ、信用に足りる訳がない。その為に聞きたい……ただ、笑美ちゃんに聞かれると色々都合が悪いって内容か。


「ですね。俺だって、あの会話だけで信じてもらえるとは思っても居ませんよ? どうぞ好きなだけ聞いてください?」

「……その落ち着き。やっぱり凄いな。まぁ信用してないってのは半分正解ってところ。まぁ履歴書や笑美の話だと分からない部分もあるし、補完的な感じで聞きたい事があるんだ。いいかな?」

「もちろん」


 今更隠すモノなんてない。全部ちゃんと話しますよ? 社長。


「じゃあ、社長室でも言ったけど今がそのタイミングだと思う。前職……児童相談所と、ホーリョーソフトウェア。その辞めた理由を聞いても良いかな?」

「児童相談所に関しては単純な話です。理想と現実のギャップに悩んで……自分でも理解しようとしたんですけど、それが無理だったんです」


「なるほどね……理想と現実のギャップ」

「笑美ちゃんから聞いてますよね? 彼女が小さい頃虐待されてたって」


「もちろんだとも。そして、それを助けたのが君島くん。君だろ?」

「自分で言うのもあれなんですけど、そうです。その時俺は、自分でも役に立てるんだって嬉しくなりました。それと同時に、この世の中には笑美ちゃんの様な子がもっと居るんじゃないかって思うようになって……」


「鳳瞭大学で福祉を学び、児童相談所へ入職した」

「えぇ。頭の中にはあの時の光景があるんです。でも現実は違って……親御さんとの信頼関係が第一でした。普通に考えれば、それが重要だって分かるんですよ。でも、夢が出来たキッカケとの違いがどうしても埋めきれなくて……」


「夢が出来た事と、現実との落差に苦しんだわけだね? なんとも他人事とは思えない話だよ」

「俺が弱いだけなんですよ。幻滅しました?」


「いや? むしろ、悩むのは当然だと思う。そして君は選択した……それだけの話だろ? じゃあ次は……」

「ホーリョーソフトウェアですよね? 誤発注書と取引先への打ち合わせをスッポかした件で解雇になりました。まぁ信じてもらえないかもしれませんけど、発注書を渡したのは元彼女で、その打ち合わせに当初行く予定だった先輩。その2人は裏で出来てまして……」


「うおっ。そっちもそっちで昼ドラにありそうな展開だな。ホーリョーソフトウェアと言えば、会計ソフトや企業システムでそれなりの有名企業だ。そこを辞めた理由も気になったけど……」

「信じられませんよね? 自分でも言ってておかしいと思います。ただ……それで落ち込んで、飲んだくれてた時に笑美ちゃんと出会ったんです」

「……なるほどな」


 なるほど? いや、やけにあっさりしてないか? もっと追求とかしても良いんじゃ……


「じゃあ最後だ……」

「はい」


 目の前の三月社長はそう言うと、なぜか立ち上がり俺の所へと歩いてくる。その突然の行動に俺は視線で追う事しか出来ない。

 ん? なんだ?


 しかし、そんな疑問なんて関係なしに、三月社長は俺の前へ来ると……なぜかソファに座る俺に跨がった。

 はっ?


 そして顔を近づけ……


「ねぇ……君島くん?」


 その姿からある意味想像もできない、大人の色気を出しながら甘くつぶやく。


「なっ……」

「正直、一目見た時からタイプだったの。もう、久しぶりにウズウズしちゃってね? どう? 社長とそういう関係なら、君の今後も安定だと思わない?」


 なっ、何言ってるんだ……


「なに冗談を……」

「冗談でこんなことすると思う? それなりにスタイルは良い方だと思うけど……」


 そう言いながら、服の襟口を指で下げる三月社長。その間からは、黒い下着と谷間が垣間見える。


「ねぇ……笑美は酔ったら、朝まで起きない。気付かれない。だから……一緒に気持ち良くならない?」


 なっ、マジで冗談にしてはヤバい。酔ってるからか? そりゃ綺麗で美しいとは思うけど、近くで笑美ちゃんが寝てる。起きないなんて確証もない。大体、その役職を餌にするって…………己ヶ為あいつと一緒にしないでくれ。

 それに、そういうのは好きな人とって決めてるんだ。おっさんでもそれくらいのプライドはある。


「飲み過ぎですか? 三月社長?」

「そんな訳……ねぇ、良いでしょ?」


「答えを言わなきゃいけないのなら……ノーですよ? 大人の関係とか俺には分かりません」

「なんで……魅力感じない?」


「感じますよ? けど、それとそういう関係をするのとは訳が違います。それに役職を餌に……しかも寝ているとは言え、事務所に所属している子の目の前でそういう事をする人が社長なら……俺は採用を辞退します」

「えっ……」

「それに甘いかもしれませんけど、そういうのは好き同士でするもんです。それだけは自分に嘘はつけません」


 正直、甘いかもしれない。

 このまま関係を結んで、社長のお気に入りになって……安定した地位を得ることが最善なのかもしれない。


 ただ、そういう行為に対しての考えだけは……曲げたくはない。

 そして何より、己ヶ為の様にはなりたくなかった。


「そう……」


 ただ、その返事に後悔がないと言えば嘘になる。三月社長の呆れたような声と、冷めたような眼差しは……今後の俺にとって最悪な結果をもたらす前兆だと思った。

 当たり前だ。雇用主である社長の誘いを断ったんだ。下手したら採用自体無かった事になるかもしれない。


 あぁ……やっちまった。

 そんな後悔が頭を過り、次の就職先を探さないと……なんて思っていた時だった。


「やっぱ君島くん。君を採用して良かったよ」


 途端に現れたのは、いつもの社長の表情だった。


「はい?」

「ごめんごめん。馬乗りになって重かったよね? ……よっと」


 えっ? その……何事もなかったかのように元の場所に戻るの止めてくれません? あの……


「えっ? 三月社長?」

「いやいや、ちょっと試してみたんだよねぇ。下が緩いか、上の圧力に負けないかどうかとかね?」


 たっ、試したぁ!?


「まぁ、笑美ちゃんが君島くんを部屋に入れたって聞いた時は流石に驚いたけど……今の反応を見て、確信に変わったよ」

「えっ、演技だったって事ですか!?」

「そうそう」


 演技か。良かった……って! ヤバい! なんか滅茶苦茶恥ずかしい事言ってないか? あぁ思い出すだけで顔あっつ!


「げっ……めちゃ恥ずかしい事言いました」

「いやぁ格好良かったよ? まぁ断られて若干のショックはあったけど……」


「すっ、すいません!」

「謝る必要ないって。改めて、君島丈助の中身が知れたからね?」


 中身って……ただの格好つけ男って事じゃないですよね?


「君島く……いや、ここまで来たら丈助」


 えぇ!? 名前呼び? 1日でそれは急展開過ぎるんですけど!?


「君には専属のマネージャーとして、笑美の事を支えて欲しい。仕事面でも私生活でもね? さらに欲を言えば、用心棒の様に有害な虫を追っ払って欲しい」


 専属マネージャ……仕事面でも私生活でも? 公私共々って奴か? ……三月社長、そんなの決まってますよ。こちらからお願いしたいくらいです。笑美ちゃんは未だに救われたって思ってるかもしれないけど、今は逆に俺が救われた。じゃあ次は……あらゆる面で笑美ちゃんに恩返しするのは当たり前だ。


「専属マネージャーで、公私共々ってやつですか? もちろんそのつもりです。モデルとしても、女優さんとしても活躍できるように支えます」

「おぉ~力強い言葉だ」


「本音ですからね」

「ふふっ、それじゃあ丈助。改めて……笑美のマネージャーとしてこれからもよろしくお願いします」


「はい! こちらこそよろしくお願いします」


 君島丈助34歳。無事無職から卒業。











「ちなみに丈助。笑美から聞いた話だと、就職をしたら部屋から引っ越すらしいね?」

「そうですね」


「社長としては、マネージャーと同居の方が都合が良いのだけど?」

「えっ?」


「つまり、これは確実にお酒の雰囲気無しでの社長命令。暫く一緒に住んでくれない?」

「えっ、いや……それは……」

「良い言わなきゃ、今日襲われたって笑美に言うぞ? 採用もなしにするぞ?」


 なっ! そのニヤニヤ顔。その脅迫の仕方……笑美ちゃん、もしかして社長に影響されたんじゃないですか!? ぐぬぬ。しかも、圧倒的断れないじゃないですか。


 ……やられた。


「わっ、分かりました」

「さすが丈助。話が分かるぅ~。じゃあ笑美にも言っておくから……今日はまだまだ飲むぞぉ~!」


 ……やられたよ社長。ただ、酒の強さでは負けません! 


「分かりました。付き合いますよ」

「いいねぇ丈助。じゃあしつこいようだけど……」


 潰して恥ずかしい姿、記録させてもらいますよっ!!


「「乾杯!」」

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