第24話 女子大生の職場訪問

 



 立ち並ぶビル群。

 群れの様な人々。

 そんな懐かしい場所に、数カ月ぶりに舞い降りたおっさん。更にはスーツとなると、何とも言えない心境に陥る。


 ただ、今日の目的は元職場じゃない。


「はいっ。ここですよぉ」


 そう言いながら、不意に顔を上げる帽子とサングラスを着用した女の子。もちろん、その正体は笑美ちゃんだ。仮にも一緒に外に出るとあって、俺が念押しした姿。いや、なぜ普通に行こうと思っていたのか……


『えっ? 大丈夫でしょ~』


 危機管理が甘いぞ?

 とはいえ、何とか無事に到着した安堵感も相俟って、笑美ちゃんの声に俺も反射的に視線を向けた。


「デカッ……」


 そこにお目見えしたのは、何階建てか数えるのも面倒くさいビル。ホーリョーソフトウェアも一応自社ビルでそれなりだったけど、それ以上の大きさじゃないか。


「じゃあ君島さん? これを首に掛けて下さい? 関係者用のプレートです」

「おっ、おう」


「じゃあ行きましょうか」

「おっ、おう……」


 さて……まさか入れるとは思っていなかったサンセットプロダクション。

 いざ、お邪魔します。



 そもそも、事の発端は笑美ちゃんの一言だった。

 電話しに行ったと思ったら、ニヤニヤしながら帰って来て……サンセットプロダクションに一緒に来て下さいだぞ?


『なっ、なっ……なんでぇ?』

『そりゃ、就活ですよ』


『はっ、はい?』

『あのですね? 実はうちの事務所って、今現在マネージャーさんの数が少ないんですよ』


『マネージャー? スケジュール管理とかしてくれる人の事か』

『そうなんです。足りない分は社長自ら動いてる状態です』


『いやいや、人気プロダクションなんだから所属のタレントさんやモデルさんが多くなるのは当たり前だろ? なんで今まで採用してないんだ?』

『それが分からないんですよねぇ。でも君島さんの話は、前から社長知ってますし、電話で聞いてみたんですよ』


『ん? 社長さんが? えっ?』

『やだなぁ。君島さんと一緒に住んでるって、流石に社長には報告するでしょ~? その上で、こうして居るって事は、君島さんは社長公認なんです』


 ……確かに言われてみればそうだけど、社長さん? その判断大丈夫ですか?


『なっ、なるほど。けど、就活って……俺そういう経験は全くないし、男だし……』

『そこは、社長自ら判断するそうです。福利厚生についてはホワイトだと思いますし、過去のお仕事とまたしても他業種になりますけど、どうですか? いや、良いですよね? 採用試験受けるぐらいっ!』


 うおっ! 圧が強いっ!


『けど……』

『良いですよねっ!?』



 そんで結局、押し切られた訳だ。

 一応笑美ちゃんから、月給やら休日の話やら……色々見せてもらったけど、確かに待遇面は良い。あと念の為、履歴書書いて来たけど……大丈夫か?


「ささっ、エレベーター乗りますよ?」

「はいよー」


 受付のゲートを通り、無事エレベータへ。余り見ない階数のボタンと、ごく普通に23階を押す笑美ちゃんに……改めて住む世界が違うのだと実感する。


 ただ、もし間違いがあって……ここで働けたら、少なくとも一歩は同じ土俵へ近付けるかもしれない。そんな事を考えながら、


「は~い。到着!」


 俺はゆっくりと……そのフロアへ足を踏み入れる。


 エレベーターの前には清潔感あふれる受付。そしてサンセットプロダクションの文字がお出迎えする。しかも受付の人も、何処か気品あふれてるな。さすが人気急上々の事務所。入口から見せつけてくれる。


「こんちは~伊藤さんっ!」

「こんにちは笑美ちゃん。あら? この方が……」

「初めまして。君島丈助と申します。この度は……」


「かっ、硬いって君島さん!」

「えっ? いや、初めてお伺いする時はこれが普通だろ?」

「ふふっ。なるほどね……ふふっ」


 なんだ? 俺が間違ってるのか? なんか釈然としないんだけど……


「そんなにかしこまらないでよぉ。あっ、三月社長って、部屋居ます?」

「はい。お待ちになってますよ」


「了解です。じゃあ行ってきま~す。伊藤さん」

「はい。走っちゃダメですよ?」


 先生と小学生の会話かっ! って、すたすた歩くな! 置いて行くなよぉ!


「あっ、その……お邪魔します」

「はい。ご丁寧にありがとうございます」

「君島さ~ん! はやく~」


 こうして受付を横切り、俺はとりあえず笑美ちゃんの後を追った。その最中、ラウンジらしき物や社員さんが働いてるだろう部屋なんかが目に入ったり、所属している人達のポスターやら番組やラジオのパネルなんかも置かれていて、ドラマや漫画の世界が目の前にあるのだと実感する。


「はい。つきました~」


 そして、そんな笑美ちゃんの言葉と同時に、目の前に現れた扉。デザインなんかは、他のドアと遜色はないが横に書かれた社長室の文字は、より一層緊張感をもたら……


 コンコン


「失礼しま~す! 三月社長~」


 おっ、おいっ!! 社長だろ? トップだぞ? なにそんな友達の家行くみたいなテンションで開けてるんだよ!


 自分の中で考え得る、社長と社員の関係。ただ目の前の笑美ちゃんのそれは、その概念を真っ向からぶっ壊す光景だった。

 余りにも非常識では? 初っ端の印象が大事。第一声が重要。それらを生み出す為の最初の行為である、挨拶と部屋への入り方は最重要項目。


 何処からともなく滴る冷や汗を感じながらも、俺はそのドアが開かれるのを見ているしかなかった。

 ぐっ! 笑美ちゃん……俺にも心の準備ってものが……いや、こうなったらここから挽回するしかない。


「しっ、失礼します!」


 ドアが開かれたと同時に、誠心誠意の挨拶と会釈をした俺。そして、ゆっくりと顔を上げると……俺はついに社長さんと対面を果たした。とんでもない疑問と共に。


「おはよー笑美! あと、ようこそ君島さん」


 なぜなら、俺の目の前にいたのは……


「おはよー! 三月社長!」


 想像していた倍以上……若い女性が居たのだから。

 笑美ちゃんから社長さんの名前は聞いていた。その雰囲気的に、女性だと思っては居たけど……事務所の社長と言う事で、想像していたのは少しお歳をめした女帝の様な雰囲気。ただ、目の前のその人はどうだろう。


 ショートカットにパッチリ二重。長い足にスラッとしたスタイル。そしてその佇まいは、笑美ちゃんと同級生と言われても分からないほど若い。

 ん? あれ? 部屋間違ってないよな?


「君島さ~ん? こちらが、三月社長だよ?」


 …………マジかよッ!!


「初めまして? 烏真三月と言います。今日は来てくれてありがとう」

「はっ、初めまして。君島丈助と申します。こちらこそ、ありがとうございます!」


 あぶね。余りの衝撃で噛む所だった。


「君島さん、社長の美貌に驚いたのかなぁ?」

「なっ!」

「おっ? それなら嬉しい限り。私もまだまだイケるね」

「「はははっ」」


 それにしても、なんだこの距離感というか仲の良さと言うか。そりゃ、笑美ちゃんは三月社長自らスカウトしたって話だけど……同級生とか年の近い姉妹じゃねぇか!


 思いのほか若く、その独特な雰囲気を持つ三月社長。

 笑美ちゃんとのやり取りに、戸惑いを隠せはしなかったけど……本題に入るのはめちゃくちゃ速かった。

 会話もそこそこに、横にあるソファへと移動。隣に笑美ちゃん。目の前に三月社長と言うシチュエーションで……突拍子もなく、恐らく採用試験と思われるモノがスタートした。


「さて、じゃあ早速本題に入ろうか。君島さんの話は、笑美から聞いてるよ。一緒に住んでるって事もね?」

「あっ、その……すいません。居候させてもらって」


「何言ってんの。笑美が選んだんだ。なんの心配もしてない」

「さすが三月社長~」


「それで、色々と話を聞きたいんだけど……」

「あっ、一応履歴書書いてきました……これです」

「おぉ、君島さん準備良い!」


「いや、これは普通だって」

「ははっ。じゃあちょっと見させて貰うよ?」


 ……目の前で履歴書読まれるって、なんか恥ずかしいな。


「34歳で、鳳瞭大学卒? エリートじゃんか。今までの職歴2社で、××児童相談所にホーリョーソフトウェア。ほほぉ……」


 その名前を言われると、未だに胸が痛いです。


「あと持ってる資格は……任用資格はもちろん、社会福祉士に精神保健福祉士、介護福祉士。介護事務に福祉用具相談専門員、福祉レクリエーションワーカ-に福祉住環境コーディネーター1級? 福祉に関する国家資格と民間資格のオンパレードじゃんか! すごっ!」

「ありがとうございます」


 取れるものは全部取ったからな……褒めて貰えるのは普通に嬉しい。にしても、なんか口調が……


「なんか多すぎて全然頭に入って来なかったけど……流石君島さんだね」

「まったくだ。こりゃ文句のつけどころがない……採用っ!」

「えっ?」


 それは余りにも突然で、余りにも軽い発言だった。自分でも聞き間違えたかと思うくらいに。


「本当ですか? 三月社長!」

「えっ、いや履歴書見ただけじゃ……」

「いや、笑美ちゃんが信頼してるってのは知ってたし、最後に自分の目で見たかったんだよね。それで、今日の君の姿と様子。更にはこの資格の数々……問題ない」


「いっ、いや! ただの資格ですよ? それこそ、前職の退職理由とか……」

「まぁ、それは後でお酒でも飲みながら聞けば良いじゃん」

「えっ……」


「今の君島さ……いや、年は近いけど年下だから、君島くん。ウチは今マネージャーが足りなくてね? 採用しようにも、今のご時世信用に足りる人じゃないと手が出しにくくてさ。ちょっと苦労かけてるんだよ。そんな中、話が舞い込んで来た訳だ。笑美が信頼してる君を、私が信用しない訳無いだろ」

「社長~!」


「それに数多の国家資格……所属してる子のメンタル面をサポートして欲しいぐらいだね」

「いやいや流石にそれは……」


「ははっ。けど、決めたよ。君島くん、採用だ」

「おぉ! やったね君島さん」


 ちょちょちょ! 良いの? めちゃくちゃ簡単じゃない? 


「そして君は……今日から相島笑美のマネージャーだ!」

「わーい!」

「えっ、えぇぇ!?」




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