第23話 女子大生とおっさんの日常

 



 目を開けると、辺りは薄暗かった。

 見慣れた天井と、寝起きだというのに冴える頭。

 別に今日に限った事じゃないし、マイナスな兆候でもないだろう。その証拠に体に疲れなんて微塵も感じない。


 ……朝か。

 枕元のスマホを見るとアラーム10分前。今までの俺なら、その10分を考える間もなく二度寝に費やしていただろう。ただ、今の俺は違う。布団から起き上がり、丁寧に片付けると……ささっと着替えを終える。


 目覚めが良い。

 体が軽い

 故にアラームの10分前には目が覚める。


 これが、君島丈助の日常だ。


 ガチャ


 さてと、今日は何を作るか。


 笑美ちゃんのマンションに居候させてもらってから、数週間が経った。

 結論から言うと、俺はまだ引っ越し先が決まっていない。というより、決められないといった方が正しいのかもしれない。


 というのも、笑美ちゃんとの約束で、引越しをするなら安定した……強いて言うならブラックではない一般的な企業への就職を言い付けられたからだ。


 その結果は……この状況を見れば分かるだろう。

 まぁ、当の笑美ちゃんは今のところ嫌がる素振りもないし……大丈夫だと思いたい。


 それにこれだけ同じ空間に居るとあって、結構仲も良くなれた。十数年ぶりの再会だったけど、過去の事もあって普通の人達より打ち解ける時間は早かったよ。

 冗談なんかは結構最初から言い合えてたけど、今は良い意味自虐的な事も交えて言える。大体、お互いの心の奥底の部分を曝け出せる相手なんてそうそう居ないだろう。

 雰囲気というか同じ波長と言うか……とにかく俺からして見れば、一緒にいて楽で落ち着く人物だ。


 変に気を使わなくなったのも大きいかもな。いやいや、本当はダメなんだろうけど……笑美ちゃんが譲らない。1コマ目のある曜日は俺がご飯担当。それ以外は笑美ちゃんが担当する事で落ち着いている。一応その他家事は俺が引き受けているけど、割合的に釣り合ってはいないとは思う。


 食費なんかはちゃんと出してるけど、家賃に関しては頑なに受け取ろうとしない。大体、ここの物件情報はネットでも出てこないし、笑美ちゃんも話してくれないから相場も分からない。

 笑美ちゃん曰く、居候<過去の救出らしいけど……いいのか? 


「……っと、いけないいけない。そういう話はもうしないって約束だったな。だったら、少しでも美味しい料理を作るだけだ」

「ふぁぁぁ~おはようございます~君島さ~ん」

「おはよう。笑美ちゃん」


 なんて、申し訳なさはまだ感じるものの……笑美ちゃんの前では、そういう態度及び言動は厳禁だ。それはあの日……俺が醜態を晒し、自分自身と向き合った時に言われた事だ。


 頼ってくれて良いんですよ……か。お言葉に甘えているし、この日常が当たり前になって結構経った。寝る場所だって、ソファから笑美ちゃんが物置として使っていた1室になり、良い事ずくめでやはり申し訳ないよ。

 ソファの形が崩れる事を心配しただけかもしれないけど、個人の空間が出来るのは正直言ってありがたい。


 ……もちろん感謝しか浮かばないし、何をどう言おうと足を向けて寝れないけど……あのさ? 慣れにも限度と言うものがあるんじゃないかな? 笑美ちゃん。


「って、おいおい笑美ちゃん! いくら暑くなってきたからって、その格好で部屋から出るのはどうかと思うぞ?」

「えぇ~? ただのタンクトップですよぉ?」


「ただのって……いや、肌の露出っ! しかも何だその短パン! 超短パンじゃないか!」

「えぇ~? ただのホットパンツですよぉ?」


 ……ただのタンクトップもホットパンツも見りゃ分かるんだよ! けど、色々とマズイだろ? 俺一応男だし、最初はちゃんとパジャマらしき物着てませんでしたぁ?


「あのなぁ、タンクトップだかホットパンツだか知らないけど、俺も一応男だぞ?」

「知ってますよぉ? ふふっ」


「ん? 何笑ってんだ?」

「ぷぷっ。時間差で超短パンってのがツボに入っちゃって。超短パンって……ふふっ、例え方がオジさんみたい」


「なんだ? ジェネレーションギャップだってか? オヤジさん上等だ。いいか? オジさんは若い子の肌や、谷間なんかに耐性ないんだよ。もっとこじらす前に、肌を隠せ若輩者」

「耐性って……あぁ~君島さんそういう風に見てたの?」


 ぐっ……そのニヤリとした顔。良からぬ事を考えてないか?


「モノの例えだ」

「本当かなぁ? でも、君島さんなら全然良いけど?」


「はぃ?」

「首元びょ―ん」


 なっ……何してんだよっ!!


「ふっ、ふざけてないで、さっさと顔洗って来いっ! 遅刻するぞ?」

「ふふっ。はぁ~い」


 ったく、自分のモノの大きさを分かっての行動か、分からずの行動か判断付きにくいぞ。スタイルは、最初に見た時から良いの知ってる。ここに来てからは、その良さを再確認してる。


 あちらがふざけてるつもりでも、こっちは1回1回痛恨の1撃レベルのダメージ受けてるんだぞ? こうなれば……


「絶対働き口、探すしかないな」




 ★




 ……ダメでした。


「はぁ~」


 目の前に夕食が並ぶ中、俺は何とも言えない失意の中に居る。決意を胸に出掛けたくせに、何の成果も得られなかった自分への失望か、決め切れない自分の奥手さか……はたまたその両方に溜め息しか出て来ない。


「溜め息なんか付いて、どしたんですか~?」

「いや……今日も職を決めれなかったって思うと……」

「何だそんな事かぁ。通りでいつもの君島さんの料理とは若干味が違うと思いました」


 げっ、料理にまで出てた? これは最悪だ。


「マジか……ごめん」

「別に溜め息を否定するつもりはありませんけど、そんな君島さんの顔は見たくないですね」


「面目ない」

「まぁ、その理由をパッと言ってくれたって事でプラマイゼロにしますよ? それに、しみったれた顔じゃ自分で作った美味しい料理が台無しじゃないですか」


「えっ、けど味が違うって……」

「誰もマズイなんて言ってませんよ? 美味しい中でも、テイストが違う……どんだけ君島さんの料理食べて来たと思ってるんですかっ! えっへん!」


 そう言いながら、颯爽とドヤ顔を披露する笑美ちゃん。

 よくもまぁ、自分が口にしたらこそばゆくなりそうな言葉を、こうもあっさり言えるものだと感心する。そして同時に……不思議と笑みを浮かべてしまう程、その言葉が温かく感じた。


「ありがとう。笑美ちゃん。ちょっと焦ってたかも」

「まぁ職探しは慎重になればなる程決め切れなくなりますし、即決の恐ろしさは身に染みてますもんねぇ」


「全くその通り。福祉関係はさ? 引く手数多状態なんだ。役所の契約社員、社会福祉協議会、児童相談所の臨職もあった。あとは高齢者施設に自立支援施設とか……けど、分かってはいてもまだ福祉の道に戻る1歩が出ないんだよな」

「そりゃそうですよね。一旦覚えた傷は、治ったと思っても古傷みたいにジワリと痛むもんですよ?」


「おっしゃる通りです」

「けど、今後も職探しで君島さんが辛い思いをするとなると……色々大変です」


「いや、そこまで心配……」

「ご飯諸々に影響が出るのは、死活問題ですっ!」


「そっちかよっ!」

「ふふっ。冗談ですよぉ」


 いや、目がマジだった。半分ぐらいはマジで思ってそうな目だったぞ?


「そうですね……あぁぁ!!」

「うおっ、なんだよ大きな声出して!」


「ちょっと、電話して来ても良いですか?」

「おっ、おう」


 そう言うと、笑美ちゃんはスマホを持って自分の部屋へと言ってしまった。その突然の行動に、何のこっちゃ状態だった。するとどうだろう、ものの数分もしない内に、部屋のドアが開いた。

 そしてそこに立っていたのは……何やらニヤニヤしている笑美ちゃんだった。


 ……なんだ? その顔に良い思い出ではない気がするけど?


「お待たせしました~」

「なんか用事か? もしくはその顔……ニヤニヤしながら来るんじゃないよっ」


「なんでですかぁ~よいしょっと。さて、君島さん突然なのですが……」

「なんだ?」


「明日って暇ですか? 暇ですよね?」

「なっ、人を暇人みたいに……」


「暇ですよね?」

「暇……です」

「ですよね? じゃあ明日、一緒に来てもらえませんか?」


 来て? しかも一緒に? 何を言ってるんだ。そもそも何処にだよ。


「いやいや、一緒にって……場所は?」

「場所ですか? サンセットプロダクションです」


 ん? サンセット……


「サンセット……プロダクション?」

「はい。事務所のサンセットプロダクションです」


「はぁ……笑美ちゃんの事務所ね?」

「はいっ! そうです」


 なんだ、笑美ちゃんの入ってる事務所か。心配して…………!?


「えっ!? 俺がぁ?」

「はい。そうです! 一緒に来て下さい?」


「なっ、なっ……なんでぇ?」



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