第19話 女子大生の知らない君島
楽しくて嬉しかったはずの夕食。
それが嘘の様に、部屋の中は静まり返る。そんな状況を作り出したという自覚も、なぜ空気の読めない事をしたんだという後悔の念もある。
けど、仕方がなかった。
目の前の笑美ちゃんにだけは嘘を言いたくない。まだ何も終わって無い、変わっちゃいない……いや戻っちゃいない。その事実が頭の中を駆け巡る。
あの会社に再就職したのだって、奴ら3人だって……あの事から逃げて、忘れようとした結果に過ぎない。
……そうだ。自分でも無意識に忘れようとした。その為に早く働いて気を紛らわせようと、月給の項目だけ見て会社を決めた。
夢を捨てた、諦めたという自分の選択から。
「君島さん。どう言う事ですか? 夢を捨てたって……それにあの時の俺じゃないって」
ごめんよ笑美ちゃん。君は本当に無邪気で、本心で話をしてくれてる。だからこそ、痛いほど感じるんだ。君が求めているのは高校生の俺。そして今の俺に、あの時の俺を見る様な……尊敬と感謝の目を向けてくれてる。
それが眩しくて仕方がなかった。
嬉しさと同時に、胸が痛くて仕方がなかった。
自分自身が、君の見ている俺が……君の望んでいる俺じゃないって分かっているから。
「そのまんまだ。さっきも言ったけど今日、俺をクビした3人とケリを付けて来た。あの時の……高校生の俺だったらそうするって思ってさ?」
「3人って、先輩とか元恋人さん……ですよね? でも、ケリを付けたって事は、ギャフンと言ってやったんですよね? だったら……」
「思い出したんだ。そもそも何であの会社に入ったのか……」
「思い出したって……別に君島さんは君島さん……」
「違うんだ!」
「えっ?」
「俺は笑美ちゃんを助けて……夢が出来た。笑美ちゃんの様な境遇の子ども達を助けたいって! けど、その夢を諦めて捨てたんだ。その時点で俺はあの時の俺に戻れない」
「…………教えてください。あの会社に入る前の君島さんを。私を助けてからの君島さんを……」
あの後の俺? ……ははっ、自分で枷にしていたモノが無くなると、いとも簡単に溢れて来る。
「助けてからの俺? それこそ……大層な事はなかったぞ?」
「大層な事あったから、私に対してそんな申し訳なさそうな顔してるんじゃないんですか? もしそうなった原因に私の存在が少しでもあるなら……聞かない訳にはいかないじゃないですか!」
……大丈夫。笑美ちゃんはなんにも悪くないよ。でも、聞きたいなら教える。断る理由も何もないし……君になら全部を聞いてもらいたいかもしれない。そして思いっ切り罵倒して、情け容赦なしに俺の選択を貶して欲しい。
そうでもしないと、俺は君の前に堂々と居れないから。
「分かった。いつからが良い?」
「全部です。私を助けた後の……君島さんの全てが知りたいです」
「分かった」
テーブルに置かれた皿の音。スプーンが擦れる音。その後に訪れた静寂を待つと……俺はゆっくりと口を開いた。
笑美ちゃんを助けた俺は、さっきも言った通り夢を抱き、目標が出来た。単純な話だけど……児童相談所の職員になりたいってね。直接見た現実と、それを防ぐ為の機関。そして何より、自分が役に立てたという達成感が……ここには自分の居場所があると思わせてくれた。
俺は単純だからさ? 次の日には、色々調べて……進学の決意を固めた。児童相談所の職員って事は公務員だし、知識を得るには大学へ行った方が良いと思ったから。
その進学先も、どうせ福祉を学ぶ為に行くんだから評判の良い所を目指したかった。んで選んだのは、評判も就職率も頭一つ抜けてた、東京にある
「ほっ、鳳瞭大学って有名どころじゃないですか!」
「そうだね。必死だったとはいえ、良く入れたと思う」
「けっ、けど……そんな有名大学に入って福祉の勉強したんですよね?」
「まぁね? その当時付き合ってた子には遠距離無理だって振られたりしたけど、別にショックでもなかったよ。とにかく、大学合格ってのが目標だった」
「つっ、付き合ってた子って……それを覚えてる時点で少なからず思い入れがあると思いますよ?」
「……そうかも。今思えば自分勝手だったって後悔かもしれない」
「君島さん、彼女さん居たなんて……感じてはいましたけどモテるんですね……」
「茶化すなよ。まぁ無事に大学には合格したんだ」
父さんと母さんは上京する事に関して、全力で応援してくれた。まぁ、あの笑美ちゃんの件もあったし、何にせよ俺が興味を持てる何が出来た事が嬉しかったらしい。
快く送り出してくれてさ? だから俺も頑張ろうって決めた。一人前の……誰かを救える人になってやるって。
それから俺は大学に。幸い寮があったし、早々にバイトも決めたから……お金の面でそこまで苦労はしなかった。あとは講義を受けまくって……知識を詰め込んだっけ。もちろん勉強だけじゃなくて、大学生らしく友達と遊ぶ事もあったし、居酒屋で飲み明かすことだってあった。
それに大学でも良い出会いがあってさ? その子とは大学2年から付き合ってたよ。まぁ家が厳しいみたいで、門限とかヤバかったけど。
「やっぱりモテてるじゃないですか……けど、その人は例の裏切り彼女さんではないんですよね?」
「そうだな。結局そいつにも、美浜と同じ事感じたっけ……所詮こんなもんか。俺じゃなくて肩書き目当てだったのかって」
「えっ? それって……」
「まぁその後、美浜みたいなクソ選んでる時点で説得力はないな」
「聞かせて下さいっ!」
うおっ。久しぶりに見たぞその冷たい眼差し。けど、美浜の印象が強くて忘れかけてたけど、こいつもなかなかヤバかったな。
「そいつとは、大学卒業してからも付き合ってた。とにかく大人しい子だったよ。俺が入学して仲良くなった奴と同じ……いわゆる進学組でさ? 鳳瞭って基本エスカレーター式ってのは知ってるよね?」
「はい。保育園から小中高大。都内でも有数の名門校です」
「そう。鳳瞭学園からの進学組で、友達の友達って間柄。学部は違えど、何かと一緒に居る時間が多くてさ? その小動物みたいな姿に惹かれたって訳」
「しょっ……小動物……どうせ私は……」
「ん? なにか言った?」
「なっ、何でもないです! それで? そんな小動物みたいな子が、肩書き目当てだったんですか?」
「正直分からない」
「えっ?」
「言っただろ? 問題はその親御さん。主にお父さんかな。とにかく厳しくてさ? その女の子って、なにも願望とかがなくて、ご飯食べに行くのもデートも全部俺が決めて……それに頷く子だった。最初は合わせてくれてる優しい子って思ってたけど……家族の話聞いて、何となく彼女の性格の理由が分かったよ」
「もしかして……全部ご両親の指示に従う系とかですか?」
「正解。多分小さい頃からそんな感じだったんだと思う。でなきゃ大学生で門限7時とか反抗もんだろ?」
「それはヤバいです」
「まぁそんな感じでも、付き合ったまま大学卒業したよ。けど、社会人になっても同棲は反対。2年経っても3年経ってもな?」
「うわ……なんとなく結末がキツそうです」
「まぁ、最悪なタイミングやらかすよ。話の中に出て来るからさ」
「なっ、なるほど……」
まぁそんなこんなで、大学生活は……一部を除いて順調だった。知識を蓄え、取れる資格は全部取った。
そして、就活の時期がやって来た訳だ。
最初は地元の……あの人達の居る児童相談所に行きたかったけど、求人がなければ行けない。やっぱり募集はしてなくてさ? そんな時、比較的近くの場所での求人を見つけて、見事合格したんだ。
「じゃっ、じゃあ児童相談所へ!?」
「あぁそうだよ。夢の一歩は踏み出せた訳だ」
あの時はめちゃくちゃ嬉しかったよ。色んな意味でさ?
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