第4話 Side-智也 さよなら、なお――
三田の悪行の一部を、二人にひとしきり聞かせると『何の真似だ』と地を這うような声が聞こえた。
「やぁ、三田君。久しぶりだね。この間はわざわざ電話ありがとね。ご丁寧に録音データをメールで送ってくれてたんだね。ついさっき気付いたよ。これを聞いて僕が耳を塞いで悶絶してるとでも思ってた? アイフォンってさぁ、通話録音できないじゃん。証拠がなくて困ってたんだよね。だからちょうど良かったよ。これ持って明日警察に行こうと思ってるよ」
僕は3日ぶりに戻った自分の部屋で、なおからのメッセージが書かれたメモを指先でもてあそびながら、そう
三田から送られた音声データは、以前の会社で使用していたGmailで、殆どアクセスする事がなかったのだ。日時からして、ちょうど僕がタクシーを求めて必死で走っている時間帯だった。
『そんな事したらどうなるか思い知らせてやる』
という三田の見苦しい脅しの後、『一体どういう事なの? 説明して』という、なおの金切り声が聞こえた。
「三田君、説明してやんなよ。なおが家を出た日、僕の彼女を部屋に呼びつけようとしてた事とか、応じなかった彼女の家に押し掛けて、レイプした事とか。それをわざわざ僕に電話で、その声を聞かせて嫌がらせした事とかさぁ」
『酷い……』と、なお。
「あ、そうそう。忘れてた。僕の通報で駆け付けた警察に、合意の上だったと彼女に嘘の証言をさせたってのもあったね。警察に本当の事を言ったら、過去に出演したAVをばらまくとかね」
『違う! ばら撒くなんて言ってない』
「え? 違った? なんて言ったの?」
『
よし! 誘導に引っかかった。
「なるほど。立派な脅迫だね。言うの忘れてたけど、この通話はBluetoothでICレコーダーに飛ばしてるんだよね。これで十分強姦罪の証拠が取れたよ。ありがとう。明日には警察のお迎えが来ると思うから、今夜はせいぜい震えて眠れよ」
『ちょっと待って!!』と、今にも泣きそうな声を上げたのは、なおだ。
『私が悪いの。あの日、体調が悪くて三田君をいつも通りに受け入れる事ができなかった。悪いのは私なの。ごめんなさい、ごめんなさい……』
泣き出しちゃったかな? ちょっと刺激的過ぎたか。
「そっか。じゃあ、なおにも罪を償ってもらう。今から僕の言う通りにしてくれる?」
『わかった』
「まず、三田のスマホとプライベートのパソコン。それぞれパスコードを聞いてロックを解除して」
『スマホ出して!』
というなおの声。三田の顔をキっと睨みつけ、天井に向けた手の平を鼻先に突き出す姿が、目に見えるようだ。
続いて『バカ言え。ダメに決まってるだろう』とごねる三田。
「三田君、勘違いしないでね。さっき言った事はほんの一部だよ。大好きな彼女の前で、もっと暴露してあげてもいいけど、どうする?」
『クソっ』と言う声の後、数秒間があって、なおが言った。
『スマホは顔認証で解除されたよ』
「オッケー、じゃあ動画のフォルダーを開けてみて」
『開けた』
「エッチな動画がたくさん保存してあるでしょ?」
『うん。たくさんある』
「片っ端から削除して」
『わかった。パソコンもそうすればいいの?』
「そうそう」
『パソコンのパスコード教えなさいよ』
と、三田に詰め寄るなお。頼もしい。
「その間、ちょっと男同士の話があるから、スピーカーを通常の通話に切り替えて、三田に渡してくれる?」
『わかった』という声の後、『もしもし』と力を失くした三田が電話に応じた。
「君んとこの会社の事も色々調べさせてもらったよ。君の会社と取り引きのある東西警備保障株式会社。君が無理やりあきを出演させたAV制作会社のジュール制作……。なんの事かわかるよね? どういう企業かって事を銀行にリークしたら、君の会社は融資を受けられなくなるね。そうなったら、会社も終わりだ」
『池平……』
すでに虫の息の三田。
「なに?」
『悪かった。頼む、許してくれ』
「その場しのぎで謝られてもね。それに本当に謝罪しないといけない相手は僕じゃないだろ」
『どうしたらいい?』
「一週間待ってあげるよ。あきに謝罪文を文書で送れ。それから直接の接触は電話、メール、SNSも含めて今後一切しないと約束してほしい」
『わかった。約束する』
「もし、件の動画がネットで出回った場合、僕は君の仕業だと判断して動くからね」
『そ、そんな……。俺は絶対しない』
「元はと言えば、君があきに無理やりやらせた事だろう。後片づけまできっちりやれよ」
『わ、わかった。出回るような事があれば、こちらの伝手で削除要請して片付ける』
「それも含めて、誓約書として文書を送れ。捺印も忘れずにね」
『わかった』
「それを見た上で誠意が伝われば、警察に通報もしない。ジュールに交渉してあきの動画を全て削除してもらえれば、反社との交際も目をつぶる。一切口外もしないし大ごとにもしない」
『わかった。明日にでもジュールに連絡を入れて、俺が全てデータを買い取ると言う事で削除させる。それでいいか?』
その声に嘘はなさそうだった。
「ああ、買い取ったデータはなおの前で全て処分する事。それが全て終わったら、再度連絡をくれ。それで示談成立としよう」
『あ、ありがとう。池平』
その声は、張り詰めていた空気が緩む音に聞こえた。
ふーっと、息をつき、僕もこわばらせていた肩を回した。
『もしもし』
となおの声。
「できた?」
『うん。全部消して、ゴミ箱も空っぽにした』
「ありがとう。こっちの話は全部終わったから、後は二人で話し合いな」
『わかった』
「もし、別れるなら住む所の手配ぐらいしてもらうんだよ? 付き合いを続けるなら三田の言いなりになっちゃダメだ。三田は君の事は愛してるようだから、何でも好きな物買ってもらって、一生馬車馬のように働かせるってのもありだね」
男として、これほど屈辱的な関係はない。がっつりと弱味を握っている女に首輪を付けられているような物だ。
三田は一生、なおに頭が上がらない。
『そうだね。ちゃんと話し合って、ゆっくり考えて決めるよ』
これを乗り越えられるなら、二人の愛は本物だ。僕は毎日、申し訳なさそうに俯いていたなおを見ている事ができなかった。
傍にいる事が苦しくて虚しくて――。
心から許す事ができない自分をいつも責めていた。
今度はなおがそんな思いをするのか思うと、かわいそうな気もしたが、これ以上彼女のために、僕にできる事はもう何もない。
今度こそ本当に、さよなら。なお――。
そう心の中で呟き、電話を終えた。
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