第6話 お遊びはここまで

 イオンモールのフードコートで、なおがお気に入りだったクレープを買い、スマホと共に無事届けた。


「三田は確実に浮気してると思うけど、君にも執着してるみたいだから気を付けて。電話は着信拒否にしておいた方がいいよ。ラインもブロックしなよ」という警告も忘れない。

 なおは、「うん、わかった」と力強くうなづき季節外れのあまりおいしくないであろういちごを頬張った。

「で、何をしたの?」と、いうなおの質問にしばし答えを探す。


「うーんとね、まいた」

 色々とね。


「まいた?」


「うん。この辺うろつかれても困るから」

 そういうと、「はぁ~ん、なるほろ」と口の横にはみ出した生クリームをペロリと舐めた。どうにか納得したようだ。


「じゃあね」

 用が済み、玄関に向かうと、なおはまた僕を追いかけて来て服を引っ張った。


「どこに行くの?」

「どこだっていいだろう」


「今夜も戻らないの?」

「戻らないよ」

 恨めしそうな目で僕を睨む。その表情が意味する物は一体――――?


「私、いつまでここにいていいの?」


「まぁ、新しい行先が見つかるまでいていいよ。くれぐれも三田には見つからないようにね」

 僕がそういうと、なおは、何か言いたげにもごもごと唇を動かし、そっぽを向いた。

 付き合ってる頃なら、見逃すわけにはいかない『ちゃんと話を聞いて』あるいは『察して』のサイン。

 だが、もう今の僕には複雑ななおの心を読み取り、先回りする必要はない。

 少々かわいそうにも思えたが、袖を握るなおの手をほどき、玄関を出た。

 何かはわからないが、バンっと玄関ドアに何かがぶつかる音が聞こえた。

 靴かな?


 全く、自分勝手だな。そう呟きながら再び車に戻り、次の作戦を決行する。


 お遊びはここまで。本番はこれからだ。


 エアコンを18度設定にして、マックスの強風を浴びながら電話をかける。

 1コールですぐに通話は繋がった。

「はい。アイエスサービスでございます」

「お疲れ様です。営業の池平です。調査課の木戸さん出勤されてますか?」

「あ~、お疲れ様です。木戸さん、いますよ。繋ぎますね」

 時は金なり、命なり、が社訓のアイエスサービスは社員間の伝言も簡潔でスムーズだ。

「木戸です。お疲れ様です」

 すぐに目的の人物に繋がった。木戸ひとみ。吉井が伝手に使った人物で、僕が入社したての頃から、何かと世話をやいてくれる優しい年上の女性調査員だ。


「三田コーポレーションっていう会社の調査依頼って受けた事ありますか? 資料ないですかね?」


「三田コーポレーション? ちょっと待って。急ぎ?」


「できれば」


「確認して折り返します」


「すいません。お願いします。あー、それと! ジュールっていう動画の制作会社を調べたいんですよ」


「ん? 調べたいとは? 依頼案件じゃないの?」

「はい。個人的な事で、すいません。なので資料だけ準備してもらえたら自分で調べます」


「何を調べたいの?」


「反社繋がり」

「なるほど。了解! それ関係の資料準備しておく。月曜日になると思うけどいい?」


「大丈夫です。助かります。ありがとうございます」


 さすが、話しが早い。

 基本的には、私情で調査資料を閲覧する事は禁じられているが、社員はみんなやっている。写メを撮ったり、社外に持ち出したり、口外したりしなければ、どんな資料でも閲覧する事ができる。


 三田の会社が過去の調査対象になっている事を祈る。


 時刻はもう3時を過ぎている。

 電話を切り、あきのマンションに向けて車を走らせた。


 駐車場に車を停め、猫用のトイレを脇に挟み、ミルクや子猫用の猫缶、おもちゃなどが入った大袋を右手に。私物が入ったスーツケースを左手に持ち、マンションのエントランスをくぐった。

 それだけで滝のような汗が流れ始める。

 ようやく部屋に辿り着きインターフォンを押すと、すぐにあきが出て来た。


「遅かったね」

 声が上ずっている気がした。


「買い物にてこずってて。それと自分の荷物も取ってきた」

 そう言って猫用品の数々と大型のスーツケースを見せると、脇に挟んだ猫用トイレを受け取ってくれた。


「ありがとう」


「ねぇ、早く上がって、こっちに来て」

 その表情には、まるで怪奇現象でも見たかのような得体のしれない恐怖が混ざっている。


「なになに? 何があったの?」

 荷物を玄関に置き、リビングのソファにちょこんと座るあきの隣に腰かけると、あきはスマホを操作し、その画面をこちらに向けた。


 ツイッターのタイムラインだ。

 この頃のツイッターと言えば、画像よりもショートムービーの方が目に付く。あきが見せているのも、ショートムービーだ。

 そのムービーに僕も思わずぎょっとした。


 黒いレクサスの周りに野良猫が3匹。車を睨みつけるように座っている。その脇で汗だくになりながら野良猫を追い払おうとしているいかつい男。

 地面に這いつくばり、細い木の枝で車の下をしきりにつついている。

 背中の方から撮影している動画で顔は見えないが、これはまごうことなく、三田だ。

 外は38度超えの酷暑。猫たちも熱いのだろう。陰になっている車の下に入り込みなかなか動こうとしない様子。

『猫さんに気に入られた高級車』というコメントに思わず吹き出しそうになる。


 この動画を撮ったのも、アップしたのも僕じゃない。

 ホームセンターを利用していた全く無関係な客だろう。

 おもしろい光景に突発的に動画を撮ってアップしたのだと推測できる。既に3桁のリツイートが付いていた。


「これ、三田だよね?」と、あき。


「そうだね、三田だね」と、僕。


「どうしてこういう事になってるんだろう? ここってどこの駐車場だろう?」

 重大なミステリーを解き明かそうとしているかのようなあきの表情にも笑いが漏れそうになる。


「さぁ? 何があったんだろうね? 万バズしてるね」

 そう言って、買って来た荷物の中身を取り出した。


 動画を何度も繰り返し見るあきの膝にはハル。あくびをして体を伸ばしてはスカートにじゃれて遊んでいた。


第三章完

第四章に続く

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