第3話 復讐の計画
手触りのいいタオルを敷き詰めた段ボールで子猫のベッドを作り、そっと入れるとすぐに目を覚まし、みゃあみゃあと声を上げる。体は自由が利かないようで、ぐったりとしたまま、もどかしそうに頭を上げて鳴き続ける。
――本当に酷い事しやがる!
マンションの5階と言えば高さおよそ15メートル。その距離からいたいけな子猫を放り投げるなんて人間の所業じゃない。
憤りをかみ殺し、指先で頬をそっと撫でてやると鳴き止んで目を閉じた。
「生きててくれてよかった」
シャワーを浴びたあきは、髪先に残った雫を大判のタオルでふき取りながら、僕の隣に体を寄せた。
「この子は僕が見てるから、あきはお休み。疲れたでしょ?」
先にシャワーを浴びさせてもらった僕も、体は臨界点に達していたが、脳は冴え渡っていて、横になった所で眠れない気がしていた。
「大丈夫。もう少しこうしてたい」
あきはそう言って、更に体を密着させた。
「名前つけてあげなきゃ」と、あき。
僕も同じ事を考えていた。
「ハルにしよう」
僕がそういうと「いい名前!」と優しく笑った。
子猫の頬を撫でながら、頭の中では三田への復讐プランを思い描く。幸い、僕が勤める会社は調査会社だ。
明日は土曜日。営業の僕は休みだが、調査課は動いている。
先ずは会社の情報を集めるか。
確か、三田の会社は社員数10名ほどのベンチャー企業だ。社員は殆どが女性で、しかも全員そこそこ見栄えのする容姿の持ち主らしい。容姿で採用するという噂さえ流れている。
先ずは社員名簿を入手するか。
そして元経理の勘が訴える。あいつの羽振りの良さには違和感がある。金の流れも掘り起こしてみる価値はありそうだ。社会的に抹消してやる。二度とデカい顔はさせない。
「ねぇ、智也」
甘くて切ない声に我を取り戻した。
「ん? なに?」
「秘密って苦しいね」
あきは
前後にゆらゆらと体をゆらしながらこう続けた。
「もう言っちゃってもいいかな? 私の秘密を知っても嫌いにならない?」
「当たり前じゃん。何を聞いても嫌いになんてならないよ」
「助けて欲しい」
「絶対助けるよ。だから安心して打ち明けて」
あきを苦しめているのは過去にまつわる何か。それをネタに脅されていたのだ。秘密が秘密でなくなれば、怖い物はない。
僕自身が平常心でいられなくなるかもしれないという一抹の不安もあるが、吐き出してあきの心が軽くなるなら、それ以上の良案はない。
「何でも話して」
そういうと、あきはぽつぽつと話し出した。
「私ね、AVに出た事あるの」
え? マジかぁー。という心の叫びはかみ殺した。
「そうか。今でも観れちゃうの?」
「うん。でも観ないで」
「わかった。絶対見ない」
ちょっと観たい気もしたが、たぶん、平常心でいられない。見ない方がいいに決まっている。
「三田に命令されて――」
「三田に?」
「三田はAV女優の斡旋もやっててね、手ごろな女優さんがいなくて何度か私が行かされた」
「なるほど。それをネタに脅されてたのか」
「そう。その動画を智也に送り付けるって」
全く、なんてヤツだ。再び怒りが稲妻を落とす。
ん? 待てよ。
AV女優の斡旋――。
裏業界という事は、反社会的勢力。
繋がりがあるかもしれない。その線でも探りを入れてみるか。
「話してくれてありがとう。そのAVを撮った制作会社、なんていう会社だったか覚えてる?」
「うーん、確かジュールっていう会社だった」
「ジュール。聞いた事ないな。ギャラとかは? ちゃんともらった?」
「うん、一応」
「いくらだったか覚えてる?」
「撮影当日に即払いで5万円」
「それだけ?」
「そうそれだけ」
安すぎる。まともな制作会社じゃなさそうだな。
「それって、どうにかネット上から消す事できないかな」
あきは、顔をこわばらせる。
「できなくも、ないかも。同意書みたいなの書かされた? 契約書とか」
「いや、そんなのはなかったな」
「そっか」
「動画出演はあきも同意したの? それとも三田に強要された?」
「その時は付き合ってたし、彼が好きだったから逆らえなかった。強要っていうのとは違うかも知れない」
「なるほど。わかった」
僕を親友と呼ぶ吉井は、確か国立大の法学部出身だ。同意のないアダルト動画の削除。そういうのに強い弁護士とか伝手があるかもしれない。
「消す方法、調べてみるよ」
そういうと、少し色がさしたように微笑んだ。
問題は、三田がその動画を保存している可能性があるって事だな。
脳に悪魔が住み付いたように、次々と三田を陥れる方法が浮かんで来るのに、どうしようもない壁が立ちはだかる。
「なんか、言っちゃったらスッキリしたな」
あきは晴れ晴れと両手を天井に向かって突き上げた。
その様子に安心する。
「もう、ベッドに入りな。おやすみ」
「うん」とうなづき、部屋の隅に佇む小さなカラーボックスから薬袋を取り出した。
病院でもらう、薬の袋だ。
「具合でも悪かったの?」
「私、精神科にお世話になってるの。睡眠薬、飲まないと眠れないんだ」
そう言って、薬を一粒口に運ぶ。まるで靴を揃える程度の習慣であるといわんばかりに。
「10分ぐらいで寝ちゃうと思うから、それまでそばにいて」
「わかった」
僕は、そっとハルから手を離し、あきに続いて寝室に向かった。
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