第3話 灼熱の夜に燃え上がる ※R15
「三田になんて言われたの?」
ミネラルウォーターを飲み終わる頃、運転席から智也君がこちらに振り向いた。
水分を取ったせいだろうか。体力回復? 止まっていた涙が再びあふれ始めた。
「ごめんなさい。言いたくないの」
彼は慌てた様子で、ハンカチを差し出す。
「ごめん。何も聞かない。けどこれだけは教えて。三田の事が忘れられないって、あれは嘘?」
智也君がくれたハンカチで、目をぎゅっと抑えてうなづいた。
「今すぐ来なければ秘密を智也君にばらすって言われたの。絶対に知られたくなかったの」
「ひどいヤツだな」
憎々しそうに彼はそう吐き捨てた。
「君にどんな秘密があったって、僕はそれで気持ち変わったりしないよ。あいつの言う事なんて聞かなくていいから」
その言葉に、
泣きながら無言で何度もうなづいた。
その様子を見届けて、智也君は車を発進させた。
自動的に涙はこぼれるが、吐き気もめまいもなくなった。
運転席からのぞく背中が、ここは安全な場所だと教えてくれている。
「オイスターバー、まだ間に合うよ。浴衣は休みの日に見に行こう」
その言葉に、イマイチ素直にはしゃげないのは、涙と汗でぐちゃぐちゃに崩れたメイクのせいでも、気に入らない服を着ているせいでもない。
もしも智也君があの事を知ってしまったらというひっかかりが、彼から目を反らさせる。
彼が平気でも、私はイヤ……。知られたくない物は知られたくない。
さっきまで太陽が明るく照らしていた町は、もうすっかり薄暗くて、ネオンが騒ぎ出していた。
「あきちゃん、ワインたくさん飲んでいいよ。僕は運転があるから飲めないけど」
こんな恋人然とした会話がいつか日常になるのだろうか。すぐそこでキラキラと輝いているのに、手を伸ばしても私には掴めないものなのではないだろうか。
全てを知ってしまったら、彼は――。
バッグの中で、スマホが何度目かの着信を知らせる。
スクリーンには『三田』の文字。
バイブ音に気付いた智也君が「三田?」と訊いた。
その声は、落ち着いてはいるものの、今まで聞いた事もないくらい尖っていた。
当然だ。こらからデートだと言うのに元彼からの着信を気にするなんて無神経だった。
「ごめんね。電源切っておけばよかった」
慌ててスマホを操作しようとすると「そのままでいい」。
そう言って、彼は狭い路地裏の方にハンドルを切った。
人通りの殆どない裏通りを走り抜けると、のどかな田園風景が広がっていて、小川がせせらいでいる。土手に腰かける仲睦まじいカップルについ視線を奪われる。
遠くのネオンがチカチカとネイビーの空を照らしていた。
あぜ道をくねくねと車は進んでいく。
電話は切れても、またすぐにかかって来る。
田んぼの脇に膨らんだ路側帯で車は停まった。街灯も届かない真っ暗な場所で彼はサイドブレーキを踏み込んだ。
シートベルトを勢いよく外すと、頭を低くして、後部座席に移動する。
「え? なに?」
怒りを含んだ面持ちで、戸惑う私の手から着信中のスマホを奪うように取り上げた。スクリーンに『三田』の名前を確認すると、あろうことか通話を繋げたのだ。
スピーカーにして、それをドアポケットに差し込むと、いきなりキスをした。熱く、荒く、情熱的なキスだった。
スピーカーから三田の声が聞こえる。
『どんだけ待たせるんだよ。お前、ばっくれてんじゃねーぞ』
恐怖で、智也君の首元に腕を回し抱きついた。
彼の唇は、私の不安までも吸い尽くすように、頬から耳へと移動して耳たぶを噛む。
ぞくっとスイッチが入り、呼吸が乱れだす。
『おい、もしもし? もしもし?』
どうしたの? と智也君に聞きたくても聞けない。
三田との通話が繋がっているのだ。声を出したら聞こえてしまう。あいつに智也君といる事がバレてしまう。
息をひそめて、されるがまま受け入れる。
何を考えているのか智也君は胸元に手を入れて、敏感な先端をもてあそぶ。
「あぁン」と思わず声が漏れる。
彼は唇を耳元に近づけ、こうささやいた。
「もっと大きな声出して」
カットソーの裾はまくり上げられ、彼の頭が胸元に潜り込む。
荒々しく愛撫され、熱い息がもれた。
彼の指はふとももに移動し、下着の隙間から中へと侵入してくる。
「ああーン、こんなところで……。ダメ」
「もっと声出して」と彼の囁きが耳をくすぐる。
智也君の機転には驚いたが、声や音が、全てスマホを通してあいつに聞こえているのかと思ったら興奮した。じんじんと体が熱くなる。
プライドの高い三田が、この状況を理解して憤死すればいいと思った。
これからおもちゃにするはずだった女が、見下しバカにしていた男に、気持ちよく抱かれているのだ。
彼にされるがまま。
あお向けで、スマホを差し込んだドアポケットのほうに頭を向け、覆いかぶさる彼を受け入れた。
「あき、愛してるよ」
吐息交じりの声に私も応える。
「私も、愛してる、智也」
気持ちのイイ声をセッションしながら、同時に終焉を迎えた。
余韻を楽しむように彼は優しく何度もキスをくれる。
「好きな人とのキスって、こんなに気持ちよかったんだ」
私のその言葉と同時に、三田との通話は途切れた。
汗だくの顔で、智也君はまっすぐに私の顔を見てほほ笑んだ。
「何も心配しなくていいよ。僕が君を必ず守るから」
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